非難と後悔
オレンジの髪を追う青年を追いかけ、伯爵とジーナは点々と石造りや木造の建物が並ぶ道を駆け抜けた。そして、村の端を流れる川に辿り着いた。川の水面は、夏の日差しを反射し輝いている。
ぜぇぜぇ、と掠れた息をし咳き込む伯爵の背中をジーナが擦る。日頃自分で走ることなどない伯爵は、今にも膝を落としそうだった。
「オレーナ…?」
恐る恐る、ヴィクトルが湖の前で立ち止まった後ろ姿に声をかける。呼びかけに応じて振り返った彼女は、間違うことなく彼の恋人だった。
「貴方も見ていたのね、あの劇」
オレーナは静かに言った。ヴィクトルは彼女の言葉に言外の意味を感じ、先に弁明する。
「僕は…あの公爵とは違う!」
「そう…私もあの粉屋の娘とは違う。悲劇の娘になんて、貴方の美しい思い出になんて、なるものですか」
オレーナは頭を振り、冷めた目で恋人を見つめた。彼女に非難されているのか、呆れられているのか、ヴィクトルには分からない。彼はゆっくり彼女の方へ歩きながら訴える。
「僕は君を思い出にするつもりなんてない、聞いてくれ、」
「何を聞くの?貴方が貴族の、ふさわしい家柄の娘さんと婚約していること?、私とやっていく自信がないから、夏至の日に村から逃げ帰ったこと?」
明確に棘のある言い方に、ヴィクトルは一瞬言葉に詰まった。彼女は婚約の件を知ってしまったようだ。青年は碧い瞳を真っ直ぐ見つめ、膝まづき、語りかける。
「夏至の夜のことは、本当にすまない…僕は臆病者だ。だけど、婚約のことは…!僕は、彼女との婚約は破棄する、そして、君と結婚したい!」
しかし、情熱的なヴィクトルの言葉に対し、帰ってきたのは氷のように冷たい声だった。
「何を言ってるの」
青年は、愕然として彼女を見上げる。ようやく勇気を出して言った言葉を、恋人その人に否定される心の準備はなかった。彼を見下ろすオレーナの瞳には、いつものような強い輝きはなく、彼女は哀しげな表情を浮かべている。彼女の唇が開く。
「私、貴方の家を見に行ったの。大した貴族じゃないなんて言ってたけど、私からしたら宮殿のようなお屋敷だったわ。偶然、貴方のご家族や婚約者らしき人も遠目に見た。豪華なドレスに真っ白な顔、住む世界が違うわ。」
オレーナの声は震えていた。涙を堪えるような、気丈で弱々しい声色だった。そして、ヴィクトルに向かって、普段の彼女は全く言わない、自虐的なことを言う。
「……村での貴方はくたびれたシャツやカフタンを着ているけど、ちゃんとスカーフを締めたら…とても声なんてかけられない貴公子になるのかしら」
「君こそ何を言ってるんだ、オレーナ、君らしくない…!結婚はしないって、僕とのことは、遊びだったのかい…?」
ヴィクトルはオレーナの眼前まで迫り、肩を掴む。懇願するような彼の瞳を見つめるオレーナは、離せと彼の手首を掴みながら、声を張り上げて言う。
「遊びはあなたでしょう!こんな…、こんないい暮らしをしていて、役人か聖職者になることが決まっている人が、どうしてただの村娘と一緒になる未来を描けるの!」
「オレーナ!僕は君となら、小屋にだって住める」
ヴィクトルは負けじと声高く、オレーナに誓う。しかし、オレーナは瞳を潤ませ、泣きそうな声で反論し、ついに彼が恐れていた一言を口にした。
「ペチカの上で寝たこともない人が…!?、もう、終わりよ、ヴィクトル。貴方がひどい好色貴族でなく、私が哀れな村娘でなくなるには……」
「オレーナ…、もっとちゃんと話そう、」
「いや、」
逃げ出そうとする彼女の腕をヴィクトルは掴もうとする。しかし、彼が腕を掴む前に、オレーナの身体は後ろへ倒れた。足を滑らせたのだ。
「オレーナ!」
落下する恋人を見て青年は絶叫し、自らも流れの中に飛び込んだ。




