想いと迷い
嫌な想像をしながらも、ヴィクトルは渋々実家に赴いた。そこで聞いたのは案の定、貴族令嬢とのいい縁談が見つかった、という話だった。強引な父母に逆らえず会った相手はそれなりの美人で、気立ても悪くなく見えたが、太陽を知ったヴィクトルには、3等星がやっとの輝きだった。
令嬢の香水は鼻につくし、化粧で彩られた顔も、オレーナの鮮やかな笑顔には見劣りした。彼女との話は哲学や社交界の噂話や芸術品のことなどで、ヴィクトルは重い瞼を閉じないように堪えていた。半分意識を飛ばしていた夢の世界では、彼はオレーナと栗色の馬に乗って草原を駆け回り、銃で狩りをし、二人で美味しい鹿肉を味わっていた。勿論オレーナも本や演劇にはヴィクトルよりよほど関心があったが、それらは彼女の手には入らないのだ。
(もしオレーナと帝都に行けたら、二人でオペラかバレエを見よう…)
「ヴィクトル!」
「はい!」
すっかり夢の中に居たヴィクトルは、母親の声で目を覚ました。
「お嬢さんを送って差し上げなさい」
母に命令され、ヴィクトルは屋敷の玄関で馬車に乗る娘を見送った。母はそのまま二人どこかへ、というつもりかもしれないが、ヴィクトルは笑顔で、名残惜しげな娘に対して馬車の扉を開けた。
(陳腐な劇のような展開だ。それにしても、)
遠ざかる馬車を見つめ、ヴィクトルは重々しいため息をつく。
(三男坊の僕には、結婚か修道院か勘当の選択肢しかない。修道院に行けばオレーナには会えなくなる。彼女と結婚するといえば家を追い出され、廃嫡だろうな………。でも……)
勘当されても、愛を貫くという若者らしい熱に浮かされた青年は馬を走らせ、オレーナのもとへ向かった。しかし麦畑を走り抜ける間にどんどん頭は冷えていき、ヴィクトルの心は迷い始めた。縁談相手に惹かれたわけではない、平民のオレーナとの未来を描くことに自信がなくなったのだ。
そして夏至の祭でリースも取れず、意気消沈した彼は一人領地へ戻った。その数日後、やはりひと目会いたいと村に戻り、オレーナが消えたことを知ったのだ。




