祭りと若き恋人たち
夏至の祭りは若き男女に平坦な日常から解き放つ魔法を与える。恋人を探したり、恋人と夫婦になることを望む若者は、魔法のハーブを探しに行ったり、未来の恋人の影を水に映そうとしたり、正攻法で踊りに誘ったりと忙しい。
夏至の夜は北に住む人々にとって、繰り返す太陽の死からの復活を祝い、来たる冬の後、また太陽が昇る夏が来ることを祈る大切な日だ。しかし、その男にとって空に輝く太陽の如何より、彼の太陽との恋の行方の方が大事なことであり、彼女が流した花冠を掴めるかということの方が重要だった。
彼女の花冠を掴めなければ、次の夏は来ない。
乙女たちが花冠を流したあと、蝋燭の明かりが耀く夜の湖へと若く逞しい村の男達が飛び込む。筋力ではやや彼らに劣るが、それなりに馬の扱いに長け、泳ぎにも自身のある男もシャツを脱ぎ飛び込んだ。
(彼女の花冠は紫色…)
彼の恋人も不安げな瞳で男の背を見つめている。昼間、後ろめたさと不安から火を越えれなかった男は何としても彼女の花を手に入れたかった。しかし、他のリースや男達が邪魔で、中々辿り着けない。その上やたらに強い風のせいで蝋燭が消え、視界が暗くなっていく。彼女が危ないから戻って来いという声が聞こえる。
(オレーナ…僕はやはり君とは共に…)
脳裏に描いていた彼女の笑顔が遠のいた瞬間、男は足を引っ張られるような感覚を覚えた。
(何だ?脚が動かない!、このままでは、溺れ、)
そう思った時にはすでに遅く、男は湖に沈んでいく。恋人の異変に気づいたオレーナが声を上げる。
「ヴィクトル!」
「溺れているぞ!」
近くにいた村人達が総出で岸までヴィクトルを運び、引き上げる。そして恋人が駆け寄るのも待たず、ヴィクトルは屈強な男の適切な人口呼吸によって息を吹き返し、意識を取り戻した。
「ヴィクトル、よかった」
駆け寄る恋人に、男は浮かない表情で謝る。
「ごめん。君の冠を、取れなかった…」
「いいのよそんなもの、」
「突然足を引っ張られて…ルサールカに邪魔されたんだ」
男の言い訳に、女は顔から血の気を引かせた。
「そんなこと言わないで!足をつったのよ」
「それじゃ、僕が足をつるような情けない男だから君は僕を捨てるのか」
「何言ってるの、ヴィクトル」
急に卑屈なことを言い出す恋人に動じるオレーナに、ヴィクトルはバツのわるそうな顔をして、昏い翠の瞳で彼女を見つめ、弱気な言葉を口にする。
「オレーナ、僕と君はやっぱり……、。いや、……。ごめん、明日客人の対応をしなきゃいけないから、今日はもう戻らなきゃ」
「え…。せめて、日が出てからでないと、危ないわ」
「馬車だから、大丈夫さ…」
「山賊だっているのよ、…ヴィクトル!」
可愛い恋人の引き留める声を尻目に、ずぶ濡れの男は身体を拭いたあとトボトボと歩き出し、村の門の方へと消えて行った。夏至の夜には見慣れた光景に、村人たちは勝手な感想を言い合ったり、男を貶し娘を慰めたりしたが、娘はずっと固く口を結び、悔しそうに涙を堪えていた。
若い恋人たちの破局にも関係なく祭りは夜明けまで続いた。飲んだくれた村人たちは日に照らされる帰路を歩く。
オレーナが何処にもいないと家族が必死の形相で村中を駆け回るのは、祭りの後の午後だった。




