百聞と一見
消えた娘が湖に身投げしたのだという噂は、またたく間に村中に広まった。夏至の夜のことをまるで低俗な劇を見たように興奮して語る野次馬たちもいれば、娘と娘の家族に同情を寄せる村人もいた。
噂は伯爵の耳にまで届き、イーゴリのような犠牲者は出すまいと決意した矢先の出来事、それも自分が参加した祭りのあとでのことに、伯爵はひどく意気消沈した。せっかくいくらか膨らんでいた頬はすぐに痩せこけ、幾分赤みがさしていた顔色は死人色に戻り、公務は行うものの、一日の大半を寝台の上で過ごす日々に戻った。
伯爵が気にかけていたジーナは全く変化なく働いていた。最初ジーナは村人の痴情のもつれに首を突っ込む気は匙一杯もなかったが、あまりに主が消えた娘のことを気に病んでいるようなので、部外者ながら干渉することにした。
(確かに税や収穫のことを考えれば、領民の失踪は、領主にとって問題だが)
しかしあくまで娘やその家族の身を心配している伯爵は、全く人がいいというべきか。
ジーナはため息と唸り声が漏れ出る寝台に近づき、イヴァンの名を呼んで、もぞもぞと動く塊から、布団を剥ぎ取った。
「イヴァン様、城に籠もらず、消えた娘を探しに行きませんか」
ジーナはなんとなく、兄と違って、娘は生きている気がした。夏至の夜の娘は傷ついた顔をしていたが、消える前の兄よりも血色がよく、伯爵より余程生気ある人間に見えた。それに彼女のあの意志の強そうな、輝く瞳。男に捨てられたからといって、身投げする人物には見えなかった。聞けば村の中でも、気が強いことで有名な女性だという。
「ジーナ…。…うん、そうだね、兵士たちも見つけられないなら、私が探そう。彼女は私の領民だ」
伯爵は暫く灰色の瞳を伏せて物思いにふけっていたが、彼を真っ直ぐ見つめるジーナの目を見返して言った。
消えた一人の村人を自らの足で探すことは領主の仕事ではないが、それで伯爵の気が戻るなら、とジーナは頷いた。寝台に腕をついて這い出る伯爵のもとに、彼のシルクのジャケットを持ってくる。
青空の下、黄色い花が咲き乱れる野原を通り、伯爵たちは夏の活き活きとした空気の中、村まで歩く。しかし、辿り着いた娘の家は、どんよりとした曇り空の空気が漂っていた。