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カースカ(旧スーカスカ)  作者: ぷらまいせぶん
働き者のイーゴリ
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伯爵と祭り

ほんとはミッドサマー見てから書きたかった(まだ見てない)。

涼やかな春から、段々と汗ばむ日が増え、太陽が眩しく輝く夏が訪れた。

城下の村人達は夏至の祭りの準備に忙しくしている。いつもは夏の暑さを嫌い、冷たい石造りの城に引きこもっていた幽霊伯爵も、十年以上祭りに出ていないと言うジーナを参加させるために、祭りの日に村に降りることにした。伯爵は領主として祭りの監督はしていたが、自ら祭りに参加したことはなかった。姦しい若い娘たちが恐ろしく、祭りで荒れる男達も恐ろしかったからだ。


この地では、夏至の祭りは女性たちが花の刺繍入りのスカートを履いて着飾る習慣がある。老メイドは張り切って、普段地味な小姓の服しか着ないジーナのために意匠を凝らした刺繍を縫い付けた。ジーナは人の良い笑みを浮かべる彼女に押され、履き慣れないスカートを履き、祭りにいくことにした。


祭りの日、まだ若い伯爵もいつもの異国風ではない衣服、シャツとシャルワーロイに着替え、ジーナを連れたって村へ行く。いつも鷲使いの少年のように凛々しいジーナだが、娘の衣装に身を包めば、麗しい少女にしか見えなかった。


「よく似合っているね」


伯爵は素直な感想を口にした。女性恐怖症の伯爵に拒絶されることを危惧していたジーナは密かに胸を撫でおろす。伯爵自身、少女らしくなったジーナを自分がどう思うか不安だったので、彼女を直視できる自分に安心していた。


(ジーナはまだ少女だ。何を恐れることがある。それにこの聡明な少女が、私のような女々しく痩せっぽっちの男に興味など持つまい。)


ジーナが女性らしく育ったら、自分は彼女にこれまで通り接することができるのか、その時の伯爵は未来への不安から目を逸らしていた。





伯爵は、娘の衣装に身を包めば、外見は可愛らしい少女に違いないジーナに精一杯微笑み、紳士らしくエスコートのために腕を貸して歩く。一方のジーナは恥ずかしがることもなく、いつも通りの無表情を浮かべていた。二人は広場でジーナの弟妹、ムハイロとゾーヤと落ち合った。子供達には、心配した執事が付き添わせた村人の兵士たちもいたが、彼等は美しい娘や美味そうな食べ物に目を奪われすぐに主を見失った。


伯爵はたまに流し目を送ってくる女性に恐々としながらも、見たことのない村の賑やかな様子に心奪われていた。祭りには領主として出資だけして、事故のないように兵士を数人派遣するだけだった伯爵は、侘しい村が祭りの日は陽気に様変わりするのを全く知らなかった。はるか昔に父に連れられてきた以外、伯爵は村の祭りに参加したことが一度もなかったのだ。

子供のように目を輝かせてあちらこちらへ行く伯爵の手綱を握らなければいけなくなったのはジーナの方だ。そして伯爵が食べ物や装飾だけでなく見目のいい少年にも目を奪われているのに気がついたジーナは、冷えた目でやれやれと主を見る。

ジーナは伯爵が自分に手を付けないのは自分の性別のせいだと思っていたので、伯爵が少年の身体にも触れられない事は知らなかった。


川の辺りまで二人が群衆の中を歩いていくと、村人が焚き火を焚いていた。腰丈程の高さで燃える焚き火を男女が騒ぎながら飛び越えている。


「あんたらも飛ぶか!」


思わぬ誘いを受けた伯爵はびくりと肩を震わせ、こうこうと燃える炎を見る。


(あの上を?無理だ!)


白い顔をさらに白くする伯爵を見て、村人が呼びかけた者を肘で小突く。


「馬鹿、ありゃ領主様だよ」


「あっ!こりゃ失礼」


領主様が飛ぶわけ無いか、という男は伯爵の立場を考えて言ったようだが、ジーナは背中の後ろで、あの勇猛な戦士たる先祖とは似ても似つかぬ幽霊伯爵が飛べるわけないだろう、という囁きと悪気のない笑い声を聞き取った。


「イヴァン様、飛びませんか」


伯爵を見縊る発言はいやにジーナの腹の虫の居所を悪くさせた。


「い、いや、私は…」


「彼等はイヴァン様を試してるのです」


伯爵はキョロキョロと辺りの村人を見る。彼らの誰も伯爵が焚き火を越えることは期待してないように思えるが、飛ばなければならないのだろうか。どちらかと言うと村人よりジーナの鋭い視線に怯えた伯爵は、これは彼らの主として必須の儀式なのだと勘違いし、戸惑いながら重々しく頷いた。


「飛びましょう」


ジーナは伯爵の骨張った手を握り、焚き火の方へ向かう。ジーナが飛び上がるのに伯爵は一拍子遅れて地面からつま先を離し、炎の上を飛び越す。伯爵の思わぬ行動に、領主が目の前で丸焼きになったらどうしようかと急いでバケツに川の水を汲みに向かう村人もいたが、伯爵は炎の上に落ちることなく無事焚き火の上を飛び越えた。伯爵の長い髪の毛先に僅かに火の粉がかかっていたので、ジーナはさり気なくハンカチで振り払った。村人は拍手で伯爵と少女を讃えたが、いつもの従者が少女だと気が付かぬ者も多く、焚き火の意味も加えて伯爵が少女まで愛人にし始めたと別の噂が立った。


伯爵とジーナが飛び越えた後、若い娘が優男風の恋人らしき男性の腕を引っ張り、焚き火を指差して誘ったが、男のほうが首を振って拒否をした。村人たちが冷やかしで男を非難する。分が悪い男だが、袖を引っ張る恋人に、花の冠は取りに行くからと頬に口づけ宥めていた。うら若い恋人達を伯爵は暖かく見守っていたが、ジーナは男の方の顔に全く見覚えがないことを、すこし疑問に思った。

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