少女の独白
「…正確に言えば、私が知っているのは兄が湖に身を投げたという事実だけで、それが自分の命を終わらせるためだったのかは、わかりません。もしかすると湖面のルサールカに魅せられたのかもしれないし、ムハイロのように魚や動物を追って、薄氷の上に足を踏み入れてしまったのかもしれない。」
ジーナは、兄がこの世から消えたことを知った時の光景を思い浮かべながら、淡々といくつかの可能性を口にする。誰も事実を知らないのだから、否定しようのないはずのその可能性は、ジーナにとっては水泡の如く、一瞬で消えるものだった。
「けれど、私は、兄が自ら湖に沈んだのだと、すぐに思いました。兄は湖の傍にいる時はいつも私に注意していたし、泳ぎも上手かった。そんな兄が、不慮の事故で死ぬはずがないと、私は幼心に思った。」
もし、イーゴリが大声を上げていたり、大きな物音を立てていたりしたら、自分は目を覚ましたという自信がジーナにはあった。夜の森でイーゴリだけが襲われて、ジーナは無傷というのも、あり得なくはないが考えにくい。きっとイーゴリ以外の人物の足音や声がしても、ジーナは起きていたと信じている。目的がなんであれ、イーゴリは自ら暗い湖の中に入ったのだと、ジーナはあの時確信した。そして理性的な兄が向こう見ずに冷たい夜の湖の中に入るわけもないことも、ジーナは知っていた。夏の涼しい湖ならともかく、冬に氷の張った湖面を歩く理由などない。
「それに、……私はきっと、どこかで兄の死を予感していたのだと思います。」
伯爵はじっと少女の瞳を見つめながら、黙って彼女の綴る言葉を聞く。とても苦しく悲しかったに違いないと伯爵が思うことを、ジーナはいつも通り平坦な調子で話し続けた。
「教会では、自殺したものは神の愛を裏切ったのだから、天国に行けないと聞いたことがあります。それに、村で自殺者のいる家は後ろ指指されていました。だから私は誰にも兄が自殺したと言わなかった。けど…きっと私自身、兄の死に向き合うことを恐れていたんです。私は、兄がこの世から消えてしまうかもしれないと、分かっていた。兄の重荷を知りながら、放っておいた。…兄は、私が殺したようなものです。」
それは違う、と口を開こうとする伯爵を遮って、ジーナは首を振って話を続ける。
「私は、私たち家族が兄を殺したのだと思います。分からないんです。そうでなければ、何故兄は自分の命を捨てたのでしょうか。」