三人の再会
3日後の朝方、伯爵たちはようやく、大河の沿岸にある港町に到着した。国を縦断する雄大な河によって、遥か南の異国と結ばれた街は、肌の色も目の色も様々な商人や船員が行きかう、交易の場として栄えていた。伯爵一行は宿に馬を停めると、ジーナと人買い商人を探すため、商人や漁師、魚売りや町人でごった返す、港の近くの市場へ向かう。
明け方の市場には、魚を競る多くの人々や、今しがたついた船から降りてきた人、積み荷を降ろす人、異国の品を求める人などが、ごった返している。伯爵や兵士たちは人ごみと騒音の中、手あたり次第に市場の人々に声をかけ、ジーナを見かけたか尋ねた。話しかけられた人々は、見知らぬ貴人と武装した男たちに怪訝な顔をしたり、興味津々で話を始めたり、商売をしようとしたりする。しかし誰からも、目ぼしい証言は得られない。
(どうして…。違う港か、陸路で国境を超える気か、私の見当違いか、もう船に乗ってしまったのか…?)
(ジーナ…)
伯爵は焦りを募らせながら、地図を見たり、船着き場を探し回ったり、他に可能性のある行き先を考える。
「本当に、真実の証言だと誓えるか?」
「おい、誰なんだよアンタ‥、くそ、ああ、父と母に誓って真実だって!」
「あれ、クルィーヴさん、警察に言われたら伯爵様がまずいだろ、おまえ止めて来いよ」
「え?…嫌ですよ…俺、ただの農民だし」
「やっぱさあ、もう、スルタンの国に行っちゃったんじゃないか?」
他方、同じく焦っている執事は商人らを尋問し、疲労が溜まった兵士たちは、ジーナを見つけることを半分諦め始めていた。
一方、ムハイロは、色々な人に声をかけて姉を探しながらも、初めて見る都市の景色に目を奪われていた。伯爵に声もかけずに、一行を離れて、広場で行われていた珍獣の見世物の方に駆け出す。大人と話すのに忙しい伯爵たちは、足元の子供の様子を見る暇がなかった。
折り悪く、それは馬車が通りかかっていた時だった。
「危ねぇッ!!!!!」
御者が声をあげて手綱を引くが、急に馬は止まらない。
御者の声に振り返った伯爵たちが、馬車とムハイロの方へ駆け出すが、馬車はもう少年の目の前だ。周囲の人々が悲鳴を上げる。
その時、群衆の中から、誰かが飛び出した。
その人物は、ムハイロを抱えると、一緒に石畳の上を転がり、すんでのところで馬車を避けた。
馬車は何メートルか離れたところで止まり、御者が振り返って叫んだ。
「ふざけんなよ!坊主!!」
群衆がどよめく中、御者はムハイロに悪態をつくと、馬をむち打ち、そのまま走り去っていった。
「周りに気をつけろ。馬車に轢かれたら死ぬか、足や腕がなくなるぞ。」
ムハイロを救った人物は、子供相手に容赦のない忠告をする。
しかし、顔を上げたムハイロは、歓喜してその名前を呼び、相手に抱きついた。
「ジーナ!!!ジーナだ!!!!」
ムハイロの小さな腕の中には、彼が探し求めていた姉がいた。
ジーナは刺繍が入った男性用のシャツを着て、相変わらず少年らしい見た目をしている。
「大丈夫かい、ムハイロ!この子を助けて頂いて、どうもありが…。」
ムハイロの声は、周囲の喧騒に飲まれて伯爵には聞こえていなかった。
ムハイロの傍に駆け寄り、バクバクと鼓動を打つ心臓を押さえ、息切れしながら、見知らぬ人物に礼を言おうとした伯爵は、その顔を見て叫んだ。
「ジーナ!!!」
「伯爵様……。」
伯爵の目の前に佇む少女は、変わらない無愛想な顔で、彼を見つめる。
めずらしく、驚いているようだ。
黙って互いの顔を見る貴族らしき青年と少女に、周囲が好奇の視線を投げかける中、執事と兵士以外の人影が彼らに近づいていた。
「急に居なくなるな………。おや、貴方がたは…」
ジーナに注意しようとしたその黒髪の男は、伯爵に気がつくと、気怠げだった表情をすぐに変えて笑みを浮かべ、恭しくお辞儀をする。
男の肌は褐色で、ターバンから垂れた黒い前髪はくるくると螺旋を描いていた。長い睫毛に縁取られた瞳は黒黒しくかがやいて、犬のように大きい。男が羽織る、伯爵の上着と似た形状の、踝まで隠す丈の長い上着は、上質な布に複雑で繊細な草花の模様が染め付けられていて、その手には赤、青、緑の、大きな宝石の指輪が何個も嵌められている。
一見して、異国人だと分かる風貌の男だ。
その異国趣味で美しい身なりに思わず伯爵が見入っている間に、伯爵が彼の商品に興味があるのだと勘違いした男は、商談を始めた。
「私、イサークと申しまして、砂漠の国から輸入したものを売っております。ぜひ、おひとついかがでしょうか?」