表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カースカ(旧スーカスカ)  作者: ぷらまいせぶん
働き者のイーゴリ
24/96

イーゴリの家族

イーゴリが生まれてすぐ、馬車に轢かれて片脚を失ってしまった父親は、イーゴリが幼い頃は粗末な義足をつけて生活し、一家の主人として家と、そして外でも働いていた。しかし、領主が足の悪い父親の働きだけでは満足しなかったため、両親は幼いイーゴリも、手伝いとして領主の畑で働かせた。


数年前から、父親は脚の痛みがひどいと言って外に出なくなり、たまに鶏の餌やりなど、家の些事をする以外は、酒を飲むばかりで何もしなくなった。なので、イーゴリが代わりに、家でも外でもはたらいている。

妹のジーナはよくイーゴリを手伝ってくれる。だがそれでも、よく壊れ、ネズミが湧くボロ家の修理や掃除、薪集め、釣りや腹を足す食材さがしなど、畑仕事以外にもイーゴリがすることは尽きない。母親も以前は領主のためにはたらき、家では家事をしていたが、最近また腹が大きくなったので、領主の畑には行けない。

どうしてそう何人も産むのかとイーゴリは呆れることもあったが、働き手を産むことに焦る両親の心情は青年にもわからぬわけではない。子供はいつ何時死ぬか分からない。イーゴリは次男で、4歳の時に風邪で死にかけたことを除けば、この歳まで健やかに丈夫に育った。しかしイーゴリの次の弟も妹も生まれて数週間、数ヶ月で天国へ旅立った。

ジーナもよく高熱を出すので、イーゴリは本当は彼女をあまり連れ出したくはなかったが、身体を動かした方が健康に育つとも期待して、仕方なしに仕事をさせている。


きょうだいのことを考えると、イーゴリは死んだ兄のことを思い出す。イーゴリと一つ違いの兄は、長男だったが、病気がちで、両親は彼を疎んでいた。それでもイーゴリは幼い時、遊び相手になってくれた兄を尊敬していた。


兄は頭が良かった。文字の読み書きができた兄は、両親に隠れて村人から手に入れた一冊の安い本を、何度も繰り返し読んでいたのだが、畑仕事も出来ず食料を減らすだけなのに本など読んで、と怒った父に暖炉に投げられて燃やされてしまった。兄は父親の前ではただ謝っていたが、夜、ベッドの上で一人で泣いているのをイーゴリは聞いた。

その時兄から聞いた話では、本をくれた村人が兄に文字を教えたらしい。兄はその村人がしたように、イーゴリに文字を教えてくれたが、兄ほど物覚えが良くないイーゴリは、下手な文字で、簡単な文章しか書けず、本のような長くて難解な文章の羅列は読むことができなかった。


その兄も、イーゴリが10歳の誕生日を迎えた後、流行病に倒れてそのまま動かなくなった。


イーゴリの誕生日を覚えていてくれたのも、口数が少なく表情に乏しいイーゴリの感情を汲み取ってくれたのも、兄だけだった。イーゴリが最後に泣いたのは、兄が死んだ時だ。だが、両親は涙も流さず、兄の死体を土の下に埋めた後、「これでお前たちの飯が増えるぞ」と言った。


そして、両親や村人はイーゴリに、兄はこの世の苦しみから解放され、神の国へ行くのだから、なにも悲しむことはないと言った。イーゴリは、兄が楽になったのならいいが、俺はもっと文字や、兄が本を読んで知ったことを教わりたかったと彼らに言った。彼らはイーゴリに、農民の息子が文字を知ってどうするのだと笑った。それでも、イーゴリは信じていた。兄の身体が丈夫だったら、彼はきっと村人の教師になれるくらい、貴族の書記になれるくらい、頭がよかったと。


それは兄が歩むべきだった道で、イーゴリには歩めない道だ。

毎日の畑仕事や家畜の世話、家事手伝いに追われる中で、兄が教えてくれた読み書きを、イーゴリはほとんど忘れてしまった。

ろくに本も読めない、村の外も知らないイーゴリが毎日歩くのは、村の領主の耕地への道、どこにも続かない道である。




永遠(ヴィチュナヤ)の記憶(パーミャチ)!」


神に兄や妹、弟たちが忘れ去られないための願いを、イーゴリは彼らの葬式の度に唱えた。粗末な木の棺を埋葬した後、イーゴリは彼らの墓にはほとんど行っていない。墓標も雪に埋もれて見えなくなってしまうのではないかと、冬が来ると思う。村人はおろか、両親からも忘れられたようにみえる彼らは、神に記憶されても地上の誰にも記憶されなかった。


だからイーゴリは、せめて自分は彼らのことを忘れないように努めていたが、代わり映えしない、けれど忙しい毎日の中、

兄の声も顔も、ほとんど思い出せなくなっていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ