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向こう見ず

「なんだか、眠くなってきたな…。ジーナ、悪いけど、僕はしばらく、寝る事にするよ。その本棚の本は読んでいいみたいだから、アレクサンドル様が帰って来るまで、それで時間を潰して・・・」


男爵が出て行ってすぐ、エリクはあくびをして、そんなことをジーナに言い、部屋の隅にある長椅子の上で眠ってしまった。


ジーナは、すぅすぅと寝息をたてるエリクの傍に行き、彼が寝入っているのを確認する。そして、エリクが言った通り、部屋に置かれた本棚の書物を読んでいたと見せかけるため、本棚から分厚い本を一冊抜き取って、テーブルの上に置く。その本は、ジーナが読めない単語や複雑な文法で書かれた本だったが、まさかジーナが平民だとは思っていないエリクは、彼女が先日まで文字もあまり読めなかったことは知らない。男爵も、おそらくはジーナの本当の身分は知らないだろう。


(あっさり寝てくれて助かった。伯爵様の愛しのエリクを、殴りつけるわけにはいかないからな)


ジーナはエリクの寝顔を見ながら、安堵した。エリクが急な睡魔に襲われたのは、ジーナのせいである。先刻カード遊びをしていた途中、ジーナは睡眠を促進する効果があると聞いた薬草茶を、こっそり淹れていた。実際にお茶に効果があったのか、単に午後の眠気かは分からないが、ともかくジーナの見張りは居なくなった。




ジーナはエリクが眠る長椅子のそばから、暖炉の上にある、磁器製の時計を見て、すこし考える。


(男爵はどれくらい後に戻ってくるだろうか)


急用は嘘で、ジーナをおびき出す罠かもしれない。しかしもとより罠だと知って、その罠を利用して男爵の罪を暴くために、ジーナはこの屋敷へ来たのだ。

冷静だが向こう見ずな少女は、男爵がなるべく長く戻らないことを願って、とにかく行動を始めた。


まず、ジーナはエリクのズボンのポケットをそっと探る。ポケットの中には、銀の鍵が入っていた。


(男爵の部屋の鍵か?)


レーシャは男爵の部屋の鍵は預けられなかったと言っていたが、愛人のエリクなら持っているのではないか、とジーナは推測していたのだ。


そしてジーナは、あらかじめレーシャから聞き出した内容を元に書いた地図を見ながら屋敷の中を歩く。伯爵の城より小さな屋敷とはいえ、意外にも、男爵の屋敷は使用人が少なく、廊下ですれ違ったのも、厨房で働く料理人だけだった。お陰で難なくジーナは男爵の部屋を見つけ、その扉を開き、中に入ることができた。


男爵の部屋は、先ほど三人がカード遊びをした部屋と対照的な色調で、青い壁紙に、青い絨毯が敷かれていた。壁紙にも絨毯にも、緻密な模様が繰り返し織り込まれている。天井は木組みで、今風の流行りを取り入れている伯爵の部屋よりも、異国趣味で古物趣味な内装だ。


ジーナはさして室内の装飾には興味を持たず、部屋の中を見回し、観察する。床の上や棚には、仰々しい石膏像や、見たこともない形の動物の骨やら、鉱物や宝石やらが置いてあったが、どこにも死体は転がっていなかった。珍奇な品に気をとられることなく、ジーナは男爵の書棚、文机、引き出しの中を、手早く物色する。そして、文机の上の小物入れの中に、小さな鍵付きの、革表紙の手帳を見つけた。

ジーナは伯爵の城から拝借していた、金属製の爪楊枝を使って鍵を開け、ぱらぱらと紙を捲った。


……

17xx年、...月...日 …村の少年 すぐに…しまうのは勿体ないほど…今度はもう少し長く……てみようか?


17xx年、...月...日 …の粉挽きの少女 馬車で通った際に声をかける。とても可愛らしい子だった。それだけに、……た時も……

……

17xx年、...月...日 … イリア …とは、うまくやってきたが………を見られてしまった……思った通り、よく……てくれた……惜しいが、また美しい妻は見つかるだろう。

……

17xx年、...月...日 …兄弟で………数度遊んでから……

……



筆記体で書かれた文字は読みにくく、またジーナの知識では読めない単語もあったが、手帳には夥しい数の人名が書かれていた。読み取れた内容や、日付から察するに、男爵の「趣味」の日記だろう、とジーナは判断した。名前を書かれた人々の中には、殺していない者もいるようだが、男爵が襲ったのは、レーシャが衣服を見つけた者たちだけではないようだ。


ジーナは絹のベスト(ジレ)をまくって、手帳をシャツとズボンの間に挟み、なるべく物色の痕跡を消して部屋を出る。人目を避けながら廊下を歩き、レーシャが言っていた、例の書斎にたどり着いた。


書斎に入ったジーナは、本の分類表を目印に、レーシャが見つけた回転する本棚を探し出す。それは、狩猟についての本が並べられた棚だった。力を入れて押すと確かに、本棚が回転し、地下室に続く鉄の扉が現れた。


ジーナは鉄の扉を開ける。そして、扉の向こうに続く暗闇の中に、ためらわずに進もうとしたところで、ジーナの意識は途切れた。

即効で寝る睡眠薬ってこの時代なさそうだなあと思って謎のハーブに……。

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