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カルマート

「イヴァン様は、あの少年を気に入ってはいるだろうが、エリクのようには入れ込むまい」


部屋を出た後、廊下で執事がジーナに耳打ちした。

ジーナは無言で執事の方を向く。


(何故私に言うのか)


その理由が全くわからないジーナでもなかったが、やはりよくわからなかった。


「………ジーナなら、イヴァン様は…」


執事はそんなことを言う。ジーナは面倒な表情を隠さず、平坦な声で執事に言った。


「イヴァン様は、女性が嫌いではありませんか」


「…幼い頃は、そうではなかった。お前ならば…」


なおも執事は食い下がり、立ち止まってジーナに語りかける。そこはちょうど、幼い伯爵の肖像画が見える場所だった。執事は視線を上に向け、切ない顔で、少年の頃の伯爵を見つめる。ジーナも足を止め、肖像画に視線を移す。幼い伯爵は、今よりも繊細そうで、今より希望に満ちた目をしていた。


ジーナは老いた執事を見上げ、淡々と、少し冷たく聞こえる声で言った。


「しかし、昔はどうあれ、今のイヴァン様は女性恐怖症です。」


「それに…私には伯爵様の愛人も奥方も務まらない。ハヴルィーロやエリクのような情熱もありませんし、高貴な人間ではありませんから。」


「私は、今のまま、イヴァン様をお支えしたい。」


自分より五十近く年下の、とてもわきまえて冷静な少女にそう言われ、執事は無言で俯いてしまった。彼の中には色々と反論したい気持ちも渦巻いていたが、ジーナがこれ以上不快に思って城を辞めてしまえば、元も子もなく、老兵は口を噤むしかない。


ジーナは、歳にしては若々しいが、皺を刻んだ、戦場の傷が残る執事の顔を眺め、少し哀れに思ったが、無責任に願ってもいないことを言う気はなかった。伯爵自身がジーナに求めていない役割を、ジーナが欲することはない。


そのうえ、エリクに傷つけられ、エリクに執心していた時の伯爵を思うと、愛人の存在が果たして伯爵のためになるのか、ジーナには疑問だった。ハヴルィーロが伯爵に誠実でエリクより身分を弁えているなら、ジーナに彼と伯爵が愛し合うことを止める権利はないが、その点だけは心配だ。


「私は…イヴァン様には、あの繊細だが優しい御心を守り支えられる、強く信頼できる女性を妻にして欲しいのだ」


老兵はうつむき、ぼそぼそと、この期に及んで虚しい願いを口にしていた。ジーナは執事の白髪を見ながら、少し同情心のようなものを抱いた。


(この人の気持ちも分からないではない。)


ジーナも万一、伯爵が少年を愛人にすることをやめ、妻を娶る日が来るのであれば、その方は芯が強く誠実な女性がいいだろうと、思い描いていた。ジーナと違い、高貴な身分に生まれ育ち、伯爵のように柔和で心優しく、穏やかな女性だ。


(まあでも、クルィーヴ様や私が何を考えようと…)


ジーナは、主のように背を丸め陰鬱な雰囲気を出し始めた執事の背中を擦りながら、幼い伯爵の肖像画を見上げる。


(結局はイヴァン様次第だ)


伯爵がまた少年を愛人にしても、妻を娶っても。伯爵さえジーナを側に置くことを望んでくれたら、ジーナはいつまでも伯爵に仕えられる。


ジーナはそう信じていた。


そしてまた、伯爵が望めば、ジーナはいつ城の外に出されるとも知らぬ運命にあるということだとも、知っていた。


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