プロローグ
『キーン、コーン、カーン、コーン……』
乾いた機械音が教室いっぱいに鳴り響く。
おそらく一日で最も心待ちにしている瞬間だろう。
俺は伊達八雲。ぼっちである。
音速で教科書類をカバンへ入れるともはや教室には用はなくなる。
相変わらずもぼっちであるが為にすべきことは帰宅およびプレ○テを起動する事のみである。
もはや毎日がこの繰り返し。今日他の日と異なる点といえば転校生が来たことくらいか。
しかしこれも特に気にすべきことではない。
普段であれば。
今朝
転校生が来ると聞くとその関心はまさに教室の扉を開ける前後三秒ほどに集まるといっても過言ではないだろう。
ぼっちは冷静だ。俺もその例外ではない。
故に転校生など動揺するに値するイベントではない。
少なくとも扉が開く前後三秒はそう思っていたし、自信すらあった。
『ガラガラガラ……』
直視してはいなかったが、空気が変わったことを理解するのに十二分なほどの変わりようであった。
「初めまして、大内瑞穂といいます。」
誰一人として声をあげないのだ。
直視しないよう横を向いていたのはいいが教室の異様さにかえって前を向くのに少なからず恐怖心を覚えた。
しかしこのままでは首が持たない。
恐る恐る前を向きなおす。
「……。」
かわいい。
不覚にもそう思った。
完全に好みの半径1マイクロメートル圏内を集約させたに等しい存在である。
理解を得るには詳しい解説を挟まなければならないだろうが熱量位は伝わっただろう。
「……。」
気の所為だろうか。さっきから彼女とずっと目が合っているのだが。
「……。」
いや、決して気の所為ではない。確かに目が合っている。
こうなっては目をそらす勇気はこちらにはない。まさに引くに引けない状況である。
「じゃあ空いてる席に座ってもらおうか。」
先生の言葉で静止された。
先生ナイスと持てる気力すべてをその言葉に込め心いっぱいに放ち放心状態となった。
「……。」
ん?
空いてる席とな?
「……。」
俺の隣じゃねーかー!
と叫びたいところだが既に気力は『先生ナイス』と共に放ったあとだ。
耐えられない、絶対に耐えられない。
彼女が机に向かい足を出す度に鼓動がクラシック音楽の最終楽章のように大きくなるのが分かる。
彼女が席に着く。
相変わらず致死量のエナジードリンクを服用したかのような鼓動。
すると彼女は俺の耳元で囁いた。
「放課後校舎裏に来て。」
一瞬にして沈静化する鼓動。
そのまま両者会話することなく放課後になった。
どうしよう。
こういう状況に陥るとかえって冷静になる。
ここは行くべきなのか。それともいつも通り帰宅すべきなのか。
すると彼の頭の中に閃光が走った。
もしかして告られるんじゃね?
同時に持ち上がる口角。
もはやこうなっては行かない理由はなくなる。
軽快に廊下を踏む。
校舎裏に着いたはいいがだからと言って緊張していない訳では無い。
角から校舎裏を眺めるが彼女はいない。
如何にすべきか……。
考える間でもなかった。
『ポンッ』
と軽く背中を叩かれる。
「うわぁぁぁ!」
本作初の発言が叫び声なのは置いておいて、振り向くとそこには彼女がいた。
「で、何か用?」
一応冷静を装うが今更遅いという事実は彼ですら理解できた。
「ちょっとこっちに来て。」
と奥のほうへ連れていかれる。
彼女に制服の袖を引かれるが心の75パーセントほどで喜んでいる自分がいた。
すると彼女は校舎裏奥の倉庫に入ってゆく。
もはやここまで来れば期待しかない。
脳内であんなことやこんなことを想像していると彼女の足が止まった。
「ここに立って。」
と中央あたりに俺を立たせると彼女は右手で俺の手を握ってきた。
ウハウハすぎる。
天にも上りそうな気持でいると彼女が
「あと30秒。」
腕時計を見ながら謎のカウントを始める。
覗いてみると間もなく16時である。
「あと10秒。」
期待と不安が脳内を駆け巡る。
「5、4、3、2、1……」
ここまで来るともはや0を期待しすぎてやまない。
「ゼロ。」
その言葉とともに一瞬にして俺は視界を失った。