お姉ちゃん魔王になったぽいですけど...
そうやって家族と抱き合ってると、開かれた扉にもたれかかる様に村長が現れた。
「無事に起きたみたいね、何処か不調はある?」
万事問題なしです!と力こぶを作りながら答えるけど。
「寧ろ村長の方が体調悪そうですけど大丈夫ですか?」
扉にもたれかかる村長は、明らかに体調が悪そうで、目の下に隈は出来てるしやつれてるようで顔色が悪い。深くため息を吐きながら弱弱しい笑みを浮かべながら。
「大丈夫...とは言えないわね。貴方の剣についてちょっとね」
そう村長が答えると布で包み、更にその上から幾重にも荒縄を巻きつけた剣を横に立てかける。
「これね、いくら貴方から離そうとしても鎖が生きているかの様に貴方に絡みついて離れなかったの。今は何とか抑え込んでるけど気を抜いたらまた貴方の手元に戻るわ」
村長の言う通りなら、私が寝込んでいた3日間ろくに休まずにそれを抑え込んでたという事になる。申し訳ない思いで村長に頭を下げる。
「すいません村長、ご迷惑をおかけしました」
「いいのよ、私が勝手にやった事だし。よく眠れたなら頑張った甲斐があったわ」
柔らかく笑う村長に笑いかけて、横の黒剣に目を向ける。
(私に絡みつこうとしてるって、『来い』とか念じたら来るのかしら)
そう考えた瞬間鎖が布を突き破って私の右手に絡みつき、そのまま勢いよく飛んで来て柄が綺麗に私の手に収まる。
「「「.........」」」
私含めて全員が目を丸めて口を開け唖然としている。
「...お姉ちゃん何したの?」
クロエが目を丸めながら聞いてくる、私は頬が引き攣るのを感じながら。
「こう、来いって頭の中で考えたら来ちゃった...」
ご、ごめんなさい!横で深く深くため息をつく村長に申し訳なさが半端ない。
「はぁ、それで。その剣を握って何か不調はあるかしら?」
こめかみを揉みながら聞いてくる村長。
「特に変化は無いですね、抜いてみないとどうとも」
そういいながら私は柄に掛けた右手を引いて刀身を晒す。
「お、お姉ちゃん大丈夫なんだよね?」
「うん、強いて言えば多少気持ち悪い位で特に問題ないかな」
心配そうに聞いてくるクロエにそう返す。その刀身は鞘同様光すら吸収しそうなほどの黒一色だ。
前回抜いた時の様に乗っ取られる感覚は無く、多少、気持ち悪く感じるだけで首をかしげ。一応確認する。
「おっ!お姉ちゃん!!何してるの!!」
突然姉が手の甲を剣で切ったらそりゃ驚くよね、でもごめんね、確認しておかないとと思って。
そう、心の中で謝罪しつつ狼狽える家族を放置して手の甲の傷を見ると1秒もかからず逆再生するように傷が塞がった。
「良かった、この力は無くなっていないんだ」
思い返してはっきり分かった事は、この剣を握ってる間は即死しない限りたちまち再生するってこと、流れ込んできた記憶にそういう記憶があったからすぐに分かった。
「エスト?それはどういうこと?説明してちょうだい」
顔を上げれば村長が険しい顔で詰め寄ってくる、横を見れば両親も不安そうながら同じように説明を求めてる。たじろぎながら説明しようとすると...
「村長!大変っす!なんかいきなり勇者様とアマネセル教の神官様が来てて、なんか『漆黒の剣をもった者を出せ』とか言ってて!殺気だってて今にも殺されそうな雰囲気なんすよ!」
息も絶え絶えになりながら駆け込んできた青年が必死に、言葉を並べる。
私たちは顔を見合わせ、次に私の右手の剣に目線をやる。
「とりあえず勇者様の元へ行きます、エストは待ってなさい。私がまず話を聞くのでそれからです」
即座に村長は判断を下して外へ向かう。残された私は、なんだか嫌な予感がし、制止する家族の声を振り切って村長の元へ向かう。
◇◇◇◇
「だから何度も言っているだろう!アマネセル様より託宣が下ったのだ!この村に漆黒の剣をもった悪しき者が居ると!隠し通せば異端者として罰するぞ!」
急いで広場に向かえば、そこには村人たちを囲むように武装神官が並び、村長に詰め寄る様に話す白銀の鎧をきた金髪の青年がいた。
「隠してるわけではありません、それに突然現れこのような真似をされては皆が怯えてしまいます。一度腰を落ち着かせてお話させていただけないでしょうか」
村長が負けじと冷静になる様に話しかけるも、青年の横に居る大仰な神官服をきた中年の男性が前に出て来る。
「お騒がせしたことは申し訳なく思います、ですが我々は主の導きに従いこの地にやってきました。『悪しき者が生まれたと』ね、ですのでそれが判明するまではいかなる手段をも講じるのみです」
人の好さそうな笑みを浮かべてるが、要は「黙って目的の人物を出せ、さもないと実力行使に出るぞ」って脅しじゃないか。村長も後ずさってしまう。
「しかたありません、あまり好ましくは無いのですが。貴方たち、皆さんをお連れしてお話お聞かせいただきましょう」
そういって村人の何人かを引きづる様に離れに連れて行こうとする神官たち。それを見て思わず飛び出してしまう。
「待って!貴方たちが探してるのは私でしょ!村の皆は関係ないから離して!」
そう腰に差した剣を見せながら神官たちに話しかける。すると中年の神官は一瞬驚いた顔をするが即座に目を細め薄らと笑いながら歩み寄ってくる。
「ほう、これは随分と可憐な魔王ですね」
「あんな子供が魔王...?」
神官は何故が嬉しそうに笑い、青年は驚いたように放心している。
「お待ちください!エスト...エスティアが魔王とはどういう事なんですか!彼女は至って普通の村の子供です、悪しき者などではありません!」
村長が慌てたように詰め寄ると他の村人たちも混乱しながらも口々否定の言葉を並べる。それを武装神官が無理やり抑えようとするが神官が手を制し、両手を大仰に掲げながら声を張る。
「我らが主【アマネセル】様より託宣が先日下ったのです。内容はこの村に世界を闇に包む悪しき者が生まれたと、私達はそれを魔王と呼んでいるのです、そしてそれは目の前にいるそこの少女の事のようですな」
神官がそういうと村の皆は信じられないと言った顔で私に注視する。まさか、そんな大層な事考えたこともないし力も無い。でもそう答えた所で彼らは引き上げるか?ついさっきまで尋問でもしようとしてた人たちが、多分無理だろう。幸い彼らの目的は私一人、ならばと震える膝を抑え込んで神官に声を張り上げる。
「私は魔王でも世界をどうこうしようとも思ってません、でも貴方達に従います。だから他の人たちには酷いことしないで」
身体が震えるのを感じながら、神官の顔を見ながらそうお願いする。誰かが息をのむ音が聞こえる。神官は口角を上げ私に近づく、その手には鈍重そうな手枷が握られている。
「殊勝な心掛けですね、ご安心を。主は慈悲深いです、貴方は主によって正しき道に導かれるでしょう」
そういいながら私の手に手枷を掛ける。ズシリと冷たく重い感触に喉がしまって息苦しく感じる。すると突然後ろから最も聞きなれた声が聞こえる。
「お姉ちゃん!?お前らお姉ちゃんに何してる!」
直前のやり取りを見ていないのだろう、はたから見たら明らかに物々しい光景で姉が連れ去られようとしているのだから。事情を説明しようとすると傍に立つ神官が小刻みに震えながら何か声を漏らしてるのに気付く。
「お、おぉぉ。素晴らしい素晴らしい!なんと素晴らしい器なのでしょう!これも主のお導きですか!」
その表情は恍惚としていて、涙を溢れさせている。だけど私はその表情が酷くおぞましい物に感じた、なにより彼の言葉に引っ掛かりを感じ呆然と見てると神官は声を張り上げて武装神官たちに命令する。
「彼女を保護しなさい。ええ、傷一つつけてはなりませんよ。丁寧に丁寧にガラス細工を扱うように丁寧に保護しなさい」
瞬間武装神官たちがクロエに詰め寄る。
「え!?ちょっ!止めて!止めてよ!お姉ちゃん!お姉ちゃん助けて!」
クロエが泣きながら武装神官たちに抵抗する、思わず走り寄ろうとすると傍にいた武装神官に地面に叩き付けられる。
「っぶ!グ、クロエェ!」
口に土が入って地面の冷たさを感じながら抑え込まれるクロエに声を掛ける、クロエが泣きながら必死に手を伸ばす。
今連れてかれたら二度とクロエとは会えない、そんな不安がよぎる。必死に手を伸ばすクロエに視線しか返せない。押さえつけられた身体が千切れそうな押しつぶされそうな痛みを上げまともに呼吸が出来なくなる。
(クロエが連れてかれる!こんな奴らに連れてかれる!?嫌だ!絶対嫌だ!クロエを離せ!離せよぉ!)
クロエを助ける事もできない無力感とそのまま連れ去られてしまう恐怖が押し寄せる、そしてそれを理解した途端激しい怒りが沸きあがり、胸が熱くなって感情のままに叫ぶ。
「クロエを離せェェェ!!」
瞬間腰の剣から鎖が飛び出し周囲の武装神官たちを薙ぎ払う。身体を抑える神官が居なくなって立ち上がりながら手枷を鎖が腕の様に使い引きちぎり座り込むクロエに走り寄る。
「クロエ!クロエ大丈夫!?」
「お、お姉ちゃぁん。怖かったよぉ」
余程怖かったのか大粒の涙を流しながら抱き着いてくる。クロエを抱きしめ返しその温もりを噛み締めていると、背後から腰を抜かした神官が騒ぎ立てている。
「しょ!正体を現しましたか!勇者よ!早く魔王を討ちなさい!」
声を掛けられた勇者よ呼ばれた青年はハッとしたように肩を震わせ、慌てて腰の白銀の剣を引き抜く。
「悪いとは思うけど君のその力は危険だ、妹さんには手荒な事はさせない、だから黙って投降してくれないか」
何を調子の良い事を、と歯ぎしりして睨みつける。さっきの神官の様子を見て決意した、こいつらにクロエに手出しさせ無い、と。
「絶対嫌だ。お前らは信用できない」
「そうか、なら多少手荒に行くぞ」
そう言うと勇者はその場から姿を突然消す、何処に?と周囲を見渡そうとした瞬間殺気を感じて背中に鎖を盾の様に展開する。
直後耳障りな金属音が鳴り響き、振り返れば青年が剣を振り下ろしていた。
「聖剣の攻撃を防ぐなんて、やっぱりその剣は危険だ」
勇者は顔を一瞬歪めたと思ったら一転真剣な表情で再び切りかかる。応戦しようとクロエを背後に回し剣を引き抜くと突然勇者が飛び退きその直後勇者のいた場所に視界一杯に炎が走る。
「エスト!クロエを連れて逃げなさい!」
村長が炎の魔術を撃ったようで、手を掲げながら叫ぶ。逡巡していると再び勇者が切りかかってきて。
「何してる!さっさと逃げろ!クロエを守るんだろ!」
突然目の前が暗くなったと思ったら師匠が勇者の剣を受け止めている。周りを見れば村の人たちも武装神官たちに反抗している。
胸が熱くなって涙が溢れそうになる。今はそんな場合じゃないと思いつつも嬉しい気持ちが溢れ、涙を払いクロエの手を引いて広場に背を向け走り出す。
「ごめんなさい!皆ありがとう!行こ!クロエ!」
「うん!逃げよ!お姉ちゃん!」
クロエと手を繋いで走り出す。後ろで神官の叫び声と激しい戦闘音が聞こえる。頭の片隅で両親の事が気になるが広場に居なかったから会う事も出来ずに私たちは森の中に逃げ込む。
こうして、魔王となった姉と、その妹の世界を巻き込んだ逃避行への第一歩が踏み出された。