お姉ちゃんの運命は狂いだす
台風一過って言うんだったかな、雲一つない青空からは昨晩嵐があったことなんて読み取れない。ただ慌ただしく走り回る人々と泥だらけの地面に、崩れた厩舎やなぎ倒された木々が嵐の凄惨さを物語っている。
「なぁ聞いたか?」
「何を?」
村の片づけをサボ...長めの休憩していると師匠の息子君が悪巧みを企んでいるような顔で話しかけてくる。
「昨日の嵐で森の外れで土砂崩れが起こって、そこから遺跡が出てきたって話」
「遺跡?誰が話してたの」
「村長と親父が話してるのを聞いたんだよ、中に入れるような階段があったんだけど危険だからって国に報告して人を派遣して貰うまで森に入るときは気をつけろってさ」
多分本当なんだろう、さっき人が馬に乗って出ていったからそれも報告するんだろう。だとしてもだから何?って思ってると。
「ちょっと行ってみようぜ」
うーん、正直かなり惹かれるけどわざわざ危ない真似してクロエ悲しませるのはいやだし断ろうって言おうとしたら。
「因みにクロエはもう行くって言ってるぜ、今はもう一人呼びに行ってる所かな」
またあの子は勝手に、しっかりしてはいるんだけどまだ子供だから好奇心が抑えられない所があるのが玉に傷だ。後でお説教しないと、頭を抑えながらため息を吐いて一緒に行くと答えるとこちらに向かって走るクロエを捉える。
「クロエ、勝手に危ないところに行こうとしないで。今回は森に入るだけじゃないんだよ?」
「へへ、ごめんなさい。でもこれはあれだよ!世界一周への第一歩だよ!」
「はぁ、調子の良いことばっか言って」
にへらと笑いながらそんなことを言うクロエのもちもちの頬を引っ張ってお仕置きする。まぁ、私と息子君がいればそこらの獣なんかは対処できるしホントに危なくなったら全力で逃げよう。
「ごめんねエスト、私も我慢できなくて」
「ホントだよ、まぁ危なくなったら騎士様が守ってくれるよね?」
と聞けば、息子君は胸を張って答え幼馴染はそれに頬を染めて頷く。
それを見ながら腰にさしてある1mほどの良く手に馴染んだ愛剣を確認する。
「早く行こ!ここにいたら仕事押し付けられるよ」
「だな、俺についてこい!」
私のお仕置きから抜け出したクロエが出発を促して息子君が先導しつつ森の中に入る。
◇◇◇◇
「まだつかないの?」
「もうそろそろの筈なんだがな」
クロエと幼馴染ちゃんを息子君と私で挟むように歩く、息子君も方角と大まかな情報しかないから土砂崩れの後を探しながら道なき道を進む。時たま獣の気配を感じ警戒するも特に問題なく進んでいるとようやく目的地に到着する。
「おぉ、ほんとに階段がある」
そこには土砂崩れで掘り返された地面から穴のような階段が口を開けていた。息子君がランプを取り出して腰に掛け、松明に火をつけ私に渡しながら口を開く。
「それじゃあ、覚悟は良いな?俺が先頭でエストが殿、二人は間に挟んでいくぞ」
私達が頷いたのを確認すると息子君が生唾を飲んで慎重に階段を降りる。
湿った空気の中慎重に階段を降りていく私たちに会話はない。皆緊張しているんだろうけど、一番の原因は謎の圧迫感だ。一段一段降りる度に強くなる圧迫感と身体に纏わりつくような嫌な感じ。
未知と暗闇の恐怖からそう感じるのか、はたまたこの階段の一番下に何か居るのかは解らない。でも皆一様に顔を強張らせながらその歩みを止めない。
「着いたっぽいぞ」
階段を降り始めて初めて息子君が声を出し、私達が後に続いて階段の終わりを踏みしめる。
「ひっ」
誰かが悲鳴をあげたると、悲鳴の原因。至る所に骸骨と化した死体がころがっていた。クロエや幼馴染ちゃんなんかは腰を抜かしかけたから私達で支える。
「こ、これ人の骨だよね?」
「みたいだね、装備や骨の風化具合から相当昔の物なんじゃないかな」
二人を落ち着かせ、転がる骸骨の一つを調べながら答える。
「それにこの空間かなり広いっぽいね」
周りを見渡して広い空間の様だ、と予想立てる。様だというのは自分たちの明かり以外明かりは一切なく、明かりの届く範囲内では壁や天井は見えない程真っ暗で、風の音や私たちの声が反響していることから推測立てたことだ。
「とりあえず、まっすぐ進んでみよう」
私の提案に皆頷き、横に広がりつつまっすぐ進む。
体感的に2分ほど進んだあたりでようやく変化が現れる。
「なんだ?あれ」
私たちの前に現れたのは階段の付いた小高い丘のような建造物だった、10段ほど登るとそこには2人は入れそうなやたらいろんな文字?の掘られた石棺が置かれていた。
「棺桶、だよな?」
「うん、しかもこの掘られてる文字、相当古い時代のだと思うよ。村長の歴史書でチラッと見たことあるよ」
息子君の疑問にクロエが石棺を興味深そうに眺めながら答え、思ったことを話していく。
「少なくとも1000年前?多分神話の時代の言葉だと思うよ」
神話の時代。現代で極まれに出土する遺跡や再現不可能な程の技術力で作られた物から存在したと言われる神や悪魔が人と共に過ごしていた時代と語られている。現在出土してる遺物の中にはアマネセル教が厳重に保管してると言われる【勇者の剣】なんかが有名だ。
「もしかしたらこの遺跡はお墓なんじゃないかな」
「どうしてそう思う」
「ここにくる途中のあの骸骨たちは墓荒らしかなんかなんじゃないのかな」
「まじか、よく俺ら知らずにたどり着けたな」
「多分年月が経つうちに正規の入り口が埋まって私たちの通った階段まで露出しちゃったとか?」
「な、ならもう帰ろ?もう充分でしょ?」
二人の話に幼馴染ちゃんが泣きべそをかきながら早く帰ろうと懇願する、正直私も賛成だ。充分冒険気分は味わったし思わぬ発見もした、何より石棺に近づいてから感じる圧迫感と気持ち悪さで吐き気すらこみあげる。
「いや、ここまで来たんだしどうせならこの棺桶の中を見て帰ろうぜ。なんかお宝あるかもしれねーし、暫くしたら国の調査団がここに来るんだ。記念に貰っちまおうぜ」
「だめだよぉ、だれかのお墓なんだよ?やめようよぉ」
「持ち帰るとかは別として開けるだけ開けてみようよ!」
息子君の提案に幼馴染ちゃんが怖がりクロエがその知識熱を上げ後押しする。私もまあ蓋を開けるだけならと同意して開けたらさっさと戻ろうと心に決める。
「よ、よし。開けるだけ開けて帰ろう。行くぞ?」
腕まくりしながら息子君が蓋を押し出す。
ズズズと重い音を鳴らしながら蓋が少しずつどかされる、私達はそれを固唾をのんで眺めてると突然周囲の至る所から明かりがつく。そのお陰でこの空間の全容がようやく確認できた。見上げれるほどに高い天井に至る所に転がる骸骨、そして広い空間の中央に佇む私たちの立つ10段程度の丘。
突然のことにクロエと幼馴染ちゃんは身体を寄せ合い、私と息子君は即座に剣を抜いて一瞬で警戒に移る。
突然空間一杯に明かりが灯された事で内心パニックに陥りながら周囲を警戒してると、私達の来た方向、外への階段の方から一体の黒い全身鎧の漆黒の大剣持った騎士が歩いてくる。
「二人をお願い、とりあえず私が行ってみる」
「わかった、気をつけろよ。あれ親父よりやばい気がする。」
息子君にふたりを任せ階段を降りようとすると
「お姉ちゃん!」
クロエに呼び止められ振り返りつつ、不安に歪む彼女に笑いかける
「大丈夫、お姉ちゃんは死なないよ」
そう言って返事も聞かず駆け降りる。そうだ、死ぬわけにはいかない。もう彼女に家族を失う悲しみを味わわせるわけにはいかないのだから。
決意が満ちたおかげかそれほど身体は震えず、思考は澄やかだ。
「初めまして、私達別に何か盗ろうって訳で来たんじゃないんです。ちょっと探検してただけで、見逃してもらえませんか?」
軽口を叩くも黒騎士は反応を見せず、一歩一歩距離を詰める。恐怖にすくみそうになる心を深く息を吐いて落ち着かせて剣を握る手にプラーナを収束させる。
怖い、獣相手にするのとは訳が違う純粋な殺し合い。少しの心の弱さが、途惑いが死を呼ぶ。虚勢で心を覆い、大事な妹との約束を頼りに剣を握る手に力を籠める。
黒騎士が立ち止まりその大剣を中段に構える、殺し合いが始まる。私は覚悟を決め陰になって見えない兜に隠れた瞳をにらみつけた。