お姉ちゃんは妹を溺愛する
懐かしい夢を見た。
今私から布団をはぎ取って蓑虫の様にくるまってるクロエに初めて会った時の夢だ。
◇◇◇◇
三年前の今にも雨が降りだしそうな曇り空の日の事だった。村長の授業をサボって森の中を散歩してると何かの物音がして、草をかき分けながら聞こえた方に向かうと黒髪のボロボロの少女が倒れていた。
慌てて駆け寄って抱き上げると、とても生きてるとは思えな程痩せこけて羽のように軽く、至る所に傷や汚れがあるけど涙を流しながら眠るその姿がとても儚くて、いまにも腕から洩れ落ちて消えてしまいそうな少女から目が離せず見惚れてしまった。
少女の胃の悲鳴に我を取り戻して、私は必死で自宅に運んでいた。突然女の子を抱えて帰ってきた私にお母さんは目を丸くしたけど、すぐに介抱を手伝ってくれ、村長にも助けを求めた。
起きるまでに服を脱がせてあばらの浮いた身体を拭いていたけど、汚れが落ちるほど現れる日に焼けたことが無いような白磁の肌は彼女の幻想さを助長させていた。
夜になって、彼女が目を覚ました。私が料理を手に部屋に入ると彼女の愛らしい大きな瞳に射抜かれる、瞬間彼女のけたましい胃の悲鳴を上げ顔を赤らめつつも料理に視線をくぎ付けにさせる。
これなら食事はとれそうだと安心して差し出すと、彼女は口に押し込むように食べ、喉に詰まらせながら水で流し込み一瞬で平らげる。
食べ終わってウトウトしながら「ありがとう」と鈴のなるような声でお礼を言われ、内心悶えつつ頭を撫でて眠るように促すと、突然嗚咽を漏らしながら泣き出しすから焦ったけど気づいたら既に眠っていた。
なんだ良かったと一息ついて彼女の穏やかな寝顔を私はお母さんに怒られるまで眺め続けた。
◇◇◇◇
翌日、人生で一場元気よく早く目が覚めた私は彼女の眠る部屋の扉に手を掛ける。起こさないように恐る恐る部屋を覗き込むと上体だけを起こした彼女と目が合った。
朝日に照らされた彼女の黒髪は艶やかに煌めき、愛らしい大きな目にはめられた同色の瞳は生命の煌めきを放っていて、見舞いに来たことも忘れて放心してると彼女は優しく目を細めて。
「おはよう」
と声を掛けられた。全身に歓喜が満ちて彼女の元に駆け寄り鼻息を荒げながら体調はどうかと詰め寄る。
良くなったと彼女の口から聞いた私は両親を呼びに行くと部屋を飛び出し居間に居る両親を引っ張りながら呼び出す。
両親と一緒に彼女の元に戻り、お互い自己紹介をする。
彼女の名前はクロエと良い、名字が無いことに首をかしげてると両親がどうして森の中に衰弱した状態でいたのか、どこから来たのか何があったのかと質問を投げかける。
クロエは辛そうに、でもそれを押し隠すようにここまでの経緯を語り、それを聞いた私は悲しみで一杯になって嗚咽を漏らしながら泣いてしまい。両親に窘められ、落ち着くまでと部屋の外に出される。
なんで私だけ、と疎外感を覚えるけどとりあえず落ち着こうと素直に外に出る。
暫くして、両親が私を呼び出すとクロエが一緒に住むことになったと言われ飛び跳ねて喜んだ。
この時の喜びは今でも私の中で一番の思い出だ。
◇◇◇◇
それからクロエの体調が良くなった所で村の中を案内する。子供たちから始まり村長まで、村長はクロエの話を聞いて魔力が高いことを見出したみたいでクロエに本格的に魔術を教えるみたいだ。私は魔力が高くないから嫉妬しちゃうけど、代わりに身体を動かすのが好きだったから今の師匠に剣を教えてもらう事にした。
因みにクロエが一番早くに上達した魔術は治療魔術だ。修行で傷つく私を毎日治してたからで、いつかクロエを守れるお姉ちゃんになって一緒に世界中を旅しようって夢を語るとクロエは嬉しそうに笑うから辛い剣の修行も村長の小難しい勉強も挫けず頑張れた。
でも当時のクロエの夜の姿は酷かった、何度も何度も自身の両親を呼びながら泣き叫んで飛び起きた。そのたび私は抱きしめてあやすしか無くて、涙を流しながら眠るクロエを抱きしめるしかない無力感に苛まれた。
その頃から私はクロエの姉として、心の拠り所として悲しみを埋めてあげようと接したと思う。
いつかクロエの痛みを分かち合って、クロエを幸せに出来る人が現れるその時まで私はクロエのお姉ちゃんとして頑張ろうと決意して。
◇◇◇◇
そんな事を思い返しながら横で幸せそうに眠るクロエの頬をつつとだらしなく頬を緩ませる、それが面白くて続けてつついてると突然だらしなく開かれた愛らしい口が私の指に吸い付く。
「ひゃっ!」
びっくりして悲鳴を上げ手を引こうとするも、クロエが私の指を赤子が母親の母乳を吸うかの如く抑え込んで吸い付く。クロエの口内の生暖かさと唇の柔らかさ、そして吸い上げられる快感に漏れそうになる声を左手で抑える。
「んっ、ふぁ」
ただ指をしゃぶられているだけなのに背筋にゾクリと電流が走る。これ以上はダメ!と思って思いっきり指を引き抜いた瞬間クロエが目を覚ます。
「おはよ、今日は早起きなんだね」
「お、おはよ。たまたまね?」
「んん、ん?お姉ちゃん顔が赤いよ?風邪でも引いた?」
「いや!?それより早く朝ごはん食べよ!?ほらほら!」
「えっ?ちょっ、お姉ちゃん!やっぱ変だよ!?」
クロエの顔を見れなくて見られたくなくて、強引に話を切って火照った顔と指を隠すように部屋から逃げ出す。
◇◇◇◇
「「おはようございます」」
「二人ともおはよう、今日は早いのね」
「今日はたまたま早起きして」
「普段もこれくらい早起きできればいいんだけど。それじゃあ、今日は地理を世界地図を使って勉強しましょう」
ため息を吐く村長に苦笑いを浮かべつつ、勉強の準備に移る。今日の勉強は地理について、世界地図をつかって解説しながら行われる。
世界地図を見ると巨大な大陸を中心とし周囲を3つの大陸と細かい島々に囲まれてる。
私たちが住む中央大陸【アマネセル大陸】そして南には海洋商業国家が統治する大中小様々な島が集まってできた【ブリタニア諸島】に、東に浮かぶ鎖国的だった独自の文化を持った島国【東和国】最後は中央大陸の北半分を含めた北の島国を纏めた【魔族領】
中央大陸の主要な国は、西の王国【イシュメィル】に東の帝国【オレアヌス】そしてそれらに挟まれながら少し南よりに位置する中央大陸一帯に浸透するアマネセル教の総本山【アマネセル聖教都市】に付随する形で中小様々な国が存在している。
そしてそんな三国が手を取り合って【人類同盟】を組み、北の魔族領に侵攻されないようにしているが、ここ数十年はお互い戦争行為もなく国境線のにらみ合いだけらしい。
因みに私の住む村は【アマネセル聖教都市】に近い【スロメニア公国】が所有する領土に入ってる。
そして魔族。魔族とは人間以外の種族の総称、妖精種とよばれ森に生きるエルフや鉱人族とよばれるドワーフに魚人族から鳥人族、その中でも一番恐ろしいと言われているのが悪魔族。夢魔や淫魔や吸血鬼なんかが代表例に挙げられる。
どの種族も人間と同じ様に考え、文明を築くけど人間とは違う見た目や特徴、そして身体能力の違いや高い魔力なんかで人間と相容れず長年戦争をしていた。
ここまで話したところで来客が来たのかノックされる。
「一旦休憩にします、わからないところは後で聞くので今は身体をほぐしてなさい」
そういうと村長は来客を迎えに背を向ける、凝った身体をほぐしてるとクロエに腕をつつかれる
「ねえお姉ちゃん、旅に出たとき最初に行くならどの国に行く?」
私、基私達の夢である世界一周するならどのように進むかある程度決めないといけない、そう思いつつ疲れた頭を働かせて答える。
「そうだなー、とりあえず南の【ブリタニア諸島】かな。いろんな物が溢れてそうだし辛い調味料が流通してるって聞くから気になるんだよね。それにそこから一旦この村に戻って中央大陸を回ることも出来そうだしね」
「そっかー、仮にこの村に戻らないとしてもそこなら【東和国】行きの船だってあるかもだしね」
「うん、海洋商業国家っていうくらいだし西にも東にも船が出ている可能性はあるだろうね。でもなんで【東和国】?」
海洋商業国家ってくらいだから世界各地への船は出てるだろうし、この村に戻るにしろ戻らないにしろ行き先の選択は多い方が良い。だからと言って何故わざわざ極東の島国に?
「村長に聞いたんだけど、その国では着物って呼ばれるドレスとは違った綺麗な服があるんだって。それに四季による自然の変化がすごい芸術的らしいよ、あと腐った豆を好んで食べるんだって」
「腐った豆って...でも確かに一度行商人の人が【東和国】の桜って言う春に咲く薄桃色の花々の景色は圧巻だって言ってたから気になるね。」
この話をしてくれた行商人さんの話で世界を旅したいって夢を抱いたんだった、なんだか懐かしくて胸が温かくなる。あの行商人さん元気かなぁ。
「全然想像つかないけど滅茶苦茶凄そうだね!早く大人になりたいなー」
「あと三年の辛抱かなー、今のまま旅に出るのは怖いしね」
「むー」
そうやって将来の夢に花咲かせてると村長が神妙な顔で帰ってきて。
「二人とも、今日の授業はここまでです。嵐が来そうなので早く家に帰って家族と一緒に備えなさい。良いですね?」
授業が中断した不満が上がったけど、真剣な表情で嵐が来ることが伝えられるとクロエと私は顔を見合わせ頷いて村長の指示に従い、急いで家に帰って既に準備を始めている両親を手伝う。
◇◇◇◇
夜になって嵐が来た。家が吹き飛ぶんじゃないかと思うほどの風と叩きつけるような豪雨に不安を掻き立てられながら、私たち家族は身を守るように居間で固まって眠り嵐が過ぎ去るのをまった。