誰かお姉ちゃんを助けてください
「クッソ!なんでエストちゃんがこんなことに!」
鎖を操りながら距離を詰めるエスティアに、矢を放つライオネルが苦々し気に吐き出す。迫る矢を一本の鎖ではたき落とし、2本の鎖がジェイドに食らいつこうとする。
「しゃべってる暇は無いぞ!何としてでも無力化させるぞ!」
「助太刀します」
ジェイドが怒鳴りながら2本の鎖を弾き、ジェイドに剣を振り下ろそうとするエスティアをムサシが割り込み鍔迫り合いに持ち込む。
「アリア!何とかできないか!」
「解呪の魔術を試してみます!クロエさん!お手伝いお願いします!」
「分かった!」
アリアとクロエが、エスティアの様子に悪い物が憑いてると予想し、それを払うための詠唱を紡ぎだす。
「華扇!」
ムサシが三日月を描くように切り下した剣を、エスティアは後ろに跳ねることで避ける。
「私達も行くよ」
「おっけー!」
ミミとココが双剣を構え、ムサシから距離を離した瞬間の隙をついてエスティアに左右から挟撃する。
「ごめんエスティア!」
「おりゃぁ!」
ミミとココは完璧な挟撃を仕掛け、エスティアの脚を狙う。
「邪魔」
「ぐえっ!」
「きゃあ!」
地面に脚が着いてないエスティアは左右から迫るミミココを一瞥し、ミミの攻撃を剣を地面に突き刺し受けココの双剣を鎖で受け止ると、剣を手放しミミの鳩尾に拳を打ち込み、ココの胸を身体を捩じり蹴り飛ばす。
強化された身体で殴られたミミココは余りの衝撃に血反吐を吐きながら吹き飛び、地面に倒れ伏す。
「ミミ!ココ!エストちゃん!いい加減目覚ませよ!」
ライオネルがエスティアの足元に矢を放つと、着弾した瞬間強烈な轟音と衝撃がエスティアを襲う。
その隙をついてミミとココをライオネルが回収し、後ろに下がるも、土煙が晴れるとより一層黒いプラーナを纏わせたエスティアが一切のダメージを食らった様子も無く現れるが、地面から突き出た糸に体を拘束され、ライオネルがしてやったりとにやつく。
直ぐに拘束を外すが、一瞬だけ動きが止まる。だが彼らには一瞬で十分。
「エスティアさん!目を覚ましなさい!」
「お姉ちゃんごめん!」
拘束から逃れようとしたエスティアが目にしたのは、幾重に重ねられた壮大な魔法陣に囲まれるアリアとクロエの姿。
「「不浄なる物に主の慈悲を!祓い給え、救い給え!【セイクリッドレイ】」」
その瞬間二人の眼前から狙い定めるかのように魔法陣がエスティアを捉え、そこから極大の光がエスティアを包み込む。
「やった...?」
光が晴れ、地面に倒れ込むエスティアの姿が現れ、誰かがそんな言葉を放つ。
鎖は動きを止め、倒れ伏すエスティアはピクリともしない。
不安に駆られたクロエが駆け寄ろうとすると、それをムサシが止める。
「まだです、しかも先ほどより不味そうです」
その言葉に改めてエスティアをみれば、ゆっくりと、剣を突き立て立ち上がる。顔は俯いていて見えない、黒いプラーナが溢れてもいない。だがのそりと動くその姿はとても正気の者のそれではない。なにより肌に伝わる殺気が未だ、否、尚増加し突き刺さる。
「クロエェ......」
「ひっ」
地獄の底から響くような声を上げ、エスティアが顔を上げればそに目には理性の光は無く、殺意を滾らせながら獣の様に歯をむき出しにして憤怒の表情を浮かべた鬼が居た。
「か”え”せ”え”え”え”え”!!!」
その動きは最早人に非ず、四肢を砕き、地面を穿ちながら雄たけびを上げ、獣の様に飛び掛かる。
「クロエさん!諦めてください!」
「っ!ダメ!!」
ムサシの言葉の意味をすぐさま理解し、拒絶の悲鳴を上げ縋りつく。
そして一瞬エスティアから目を逸らしたムサシに切りかかるエスティアを、ジェイドが割り込むことで止めに入るが。
「!?なんだそれ!」
ジェイドは己が振るった剣をエスティアは剣か鎖で受け止めると思ったのだろう。エスティアは振り下ろさせる剣に対し、左手を突き立て、肩口まで切り裂かせることで受け止める。
そしてその隙をついて右手に掴んだ剣を振り上げるが、それがジェイドに届くことは無く、ムサシがギリギリ受け止める。
「がはッ!」
しかし受け止めた剣に乗せられた衝撃を増幅し伝導された事で内臓が傷つき、ムサシは突然血を吐き出し、その隙をつかれて脚に絡みついた鎖に投げ飛ばされ、ジェイドもエスティアの砕ける程の豪脚に脇腹を蹴り飛ばれ肋骨を折り蹲る。
「おいおい、どうなってんだよ。なんで真っ二つに裂けた腕が再生してんだよ!」
エスティアの二つに花開いた腕が元に戻る光景に、皆は愚か、クロエすらも吐き気を催し化け物を見る目を向ける。
「ガ...アアァ...」
その美しい白銀の髪は血に濡れ月明りを反射し妖しく煌めき、完全に開いた瞳孔は精神異常者を彷彿とさせ、その姿は最早本能のままに破壊をもたらす獣に成り果てていた。
「お姉ちゃん!クロエだよ!お願いだから目を覚まして!」
目の前に現れた姉の姿の化け物に怯えながら、必死で請うクロエに、エスティアの目に光が少しだけ戻る。
「ク...ロエ...?」
「!!そうだよクロエだよ!お姉ちゃん!」
クロエはエスティアの反応に儚い希望を見出し、更に畳みかける。
「お姉ちゃん、私はお姉ちゃんに傷ついて欲しくないし誰も殺して欲しくないよ、教会に追いつかれたって二人で何とかしよ?だから...」
必死で説得するクロエの儚い希望が、クロエの腹部に染み咲いた赤い花が、幻想だと語る。
◇◇◇◇
「お姉...ちゃん...?」
なんでお腹にその剣が刺さってるの?なんでお姉ちゃんはそんな敵でも見るような顔で私を見るの?なんで...?
「クロエちゃん!」
アリアさんが近づいてくるのが見える。お姉ちゃんが剣を引き抜いて...え?
「危ない!!」
「ライ!?」
なんでライオネルさんを切るの?なんでライオネルさんが地面に倒れてるの?...あ、怪我は治さないと。
「ミミ!」
「い、いやぁ!ココぉ!」
あれは、ミミとココ?鎖に縛られて...一度地面が割れるほど叩きつけられて、動かなくなった...。
「アリア!逃げろ!」
座り込んでるアリアさんを庇う様に、ジェイドさんがお姉ちゃんに切りかかってる。だめ、止めないと。
「アリアさん!クロエさんとあの奴隷を連れて逃げてください!」
「っ!!いやです!私も」
「お前は早く逃げろ!!」
ムサシさんも止めて、お姉ちゃんを傷つけないで。
「や、やめっ!?」
血反吐が吐き出て声が出ない、立ち上がろうとしても足に力が入らない。
「ホントにエスティアなのか!?」
「何ですかこの動きは...」
お姉ちゃんがまるで村の師匠みたいに、いつものお姉ちゃんとはかけ離れた動きで、剣と鎖を巧みに操り二人を相手してる。
「神威の光剣に罪深きその身を刻まれろ!断罪の剣!【パニッシュ】」
マリアさんが作り出した光の剣がお姉ちゃんの左腕を切り飛ばす。
「…んだよそれ」
「これは...」
「ば...化け物...」
お姉ちゃんは腕を切り飛ばされたにも関わらず、苦悶の声を上げる気配も無い。それどころか、傷口が蠢いて肉が集まったと思えば、瞬く間に新しい腕が生えだす。
「…じゃない」
お姉ちゃんが俯きながら、小さな声を漏らす。
「化け物じゃ...ない!!」
お姉ちゃんが怒鳴り上げた瞬間、鎖が三人を縛り上げる。
「私は!化け物じゃない!勇者でもない!魔王でもない!」
剣を手放し、頭を抱えながら蹲り、悲痛な叫び声を上げる。その姿に、身体が自然と歩み寄る。
「いけません!クロエさん!」
ムサシさんの声が聞こえる、治り切っていないお腹の傷が開いて、血が口から溢れてくる。
「好きで勇者になったんじゃない!勇者なんてやりたくなかった!なのに!皆勇者だからって!だから私は頑張ったのに!」
涙を流して悲痛な声をあげるお姉ちゃんの言ってることは訳が分からない。
「皆化け物って!皆が笑顔になればって、褒めてくれるから、お願いされたから沢山殺したのに...」
それでも目の前の蹲るお姉ちゃんを、このまま一人にしちゃいけないと手が伸びる。
「触るな!」
伸ばした手が怒声と共に弾かれ、怒りに歪んだ瞳に射抜かれる。
「もう嫌だ!もう誰も殺したくない!殺されたくも無い!」
「お、お姉ちゃん...」
怒りに歪ませながら、涙を流すお姉ちゃんは痛々しくて、とても小さく見えた。
「なんで、静かに生きたかっただけなのに...悪いことだってしたことなかったのに...」
「おねぇ...」
不味い、身体がふらつく。すっごく眠い...それに綺麗な歌声が聞こえる...歌?
「もういやだよぉ...誰か助けてよぉ...」
泣かないでお姉ちゃん...ダメだ、立っていられない。それにこの歌は...あの奴隷の子、なんで歌って?
美しくも悲し気な旋律が南門に響くと、蝙蝠の翼を生やした少女だけが其処に立ち尽くしていた。
◇◇◇◇
『勇者様、魔王を倒して世界をお救いください』
勇者?違う私はただの村娘だ。でもそれで誰かが笑顔になるなら頑張るよ。
『勇者さま、どうか私達を救い下さい』
震える人を背に迫る魔物を切り捨てる。みて、今日はこんなに魔物を倒したよ、褒めて。
「ぉ...お姉ちゃん」
目の前の少女の腹を剣で貫くと、なんだか懐かしく感じる声が聞こえる。なんで懐かしい?知らない声の筈なのに。目の前の少女は魔族で、魔王でしょ?倒さないと行けないんだ。
『化け物』
なんで?どうして?どうしてそんな目で見るの?みんなの為に怖いのも痛いのも我慢して戦ったんだよ?
『死ね、化け物』
どうして私を攻撃するの?痛いよ、切らないで。仲間でしょ?一緒に魔王を倒したじゃん、一緒に頑張ったじゃん。
『ま...魔王』
......何が魔王だよ、勇者とか何とか言って、無理やり戦わせたくせに、どれだけ傷ついても、泣いても辞めさしてくれなかったのに。魔王を倒したら終わりだと思ったのに、抵抗して襲ってきた奴らを殺したら化け物呼ばわり?挙句魔王?勝手に祭り上げて勝手に蔑んで勝手に脅える。
なんなんだお前らは、好きで殺したんじゃない、私はただ静かに生きたかっただけなのに。
もう放っといて、関わらないで。
誰か助けてよ...
◇◇◇◇
「...?」
あれ?私寝てた?確か奴隷の子を守って...。
「っ!オークは!?」
不味い!戦闘中に気絶するなんて、街は、奴隷の子は、クロエは?
「...は?」
傷一つないが血だらけでボロボロの自分の身体に、背後には大量のオークの死体が血の海を作り、私の前では翡翠の剣が、ムサシさんが倒れている。
「!クロエ!?クロエ!」
血の池を作り倒れ込むクロエとそれに寄り添い座る奴隷の子が目に入る。なんで?なんでクロエが血を流してるの?
「退いて!!い、急いで治療しないと...」
剣を放り投げて駆け寄る。魔力は少ないけど少し位なら私だって治癒魔術は使える。治れ!治れよ!
「......ぜぇ、ぜぇ...」
ダメだ、私の少ない魔力では応急処置しかできない。
「...お...姉ちゃん...?」
「!!クロエ!お姉ちゃんだよ!?」
血を口の端から垂らしながらながら息も絶え絶えに目を薄らと開けるクロエ。
「よかった...」
「っ!?良くない!!誰!誰がこんなことしたの!?」
なんで?なんでそんな悲しそうに笑うの?嫌だ!嫌だ死なせたくない!
「そうだ!アリアさん!アリアさんは!?」
アリアさんなら治せるかも。倒れ込むアリアさんに駆け寄って揺する。
「起きて!アリアさん起きてください!」
死んで...違う眠ってる?どうしてこんな状況で眠ってる?
「...お姉ちゃん...もう大丈夫だよ」
「ダメ!まだ立ったら...」
走り寄る私を手で制して、弱弱しく笑う。
「傷はあらかた治したから、それに皆は眠ってるだけ...」
「大...丈夫なの?」
聞けば弱弱しくお腹を抑えながら、しっかりと立ち上がる姿に幾分か安堵する。
「ねぇ一体何があったの?私そこの奴隷の子を守った所までは覚えてるんだけどそれ以降記憶が無くて」
やけに鮮明な夢を見ていた気がするけど、今は現状把握が先だ。
「......あの後...私達が来たときはお姉ちゃんは気絶してて、ギリギリ間に合って助けたんだよ?」
「ホント?」
小さく頷くクロエ...なんだろう、何かが引っ掛かる。何が...
「それより、お姉ちゃんこそ大丈夫?なんか変な感じしたりしない?剣に引っ張られるみたいな」
「変な...感じ?」
心配そうに聞いてくるクロエに、首を傾げる。
「特に...いや、なんかやけに鮮明で、朧げな嫌な夢見てた気がするけど...特には無いかな?」
「そう...」
「それがどうしたの?」
なんでもないと首を振るクロエ、何でもない訳ないけど今は良いか。
「それより、皆はどうして...眠ってる?の」
「多分、この子の所為」
クロエは蝙蝠の翼を生やした奴隷の子を指す。奴隷の子は怯えつつ視線を外すとしない。
「どういう事?」
「さっき...戦ってるとき、この子が歌い出したの。それで皆眠りだして、私はギリギリ抵抗魔術を掛けたんだけど、多分他の皆は気づく前に眠ったんだと思う」
「ねぇどういう事、説明してよ」
それを聞いて震える奴隷の子を睨みつけ、詰め寄ろうとするとクロエが間に入る。
「違うの、この子のお陰で助かったの。それにこの子はしゃべれないでしょ?」
真剣な表情で言われ、溜飲が下がる。
「ふぅ...なら、皆は起こせる?」
ため息混じりに問えば、奴隷の子は首を横に振る。
「そもそもどうやって眠らしたの」
訳の分からない状況の所為で棘のある声で問えば、彼女は再び震え上がらせながら、自分の翼を指す。
「...そっか夢魔の種族魔法か、それなら皆は起こせない?」
クロエの質問にくびを横に振る。
「夢魔の種族魔法って?起こせないってどういう事?」
「夢魔はその名の通り夢に干渉したり夢を見せたりすることが出来る魔族なの、ただ極端に数が少ないから正確な特性は分からないんだけど...皆を起こせないのは力が制御できないとか?」
クロエの質問に女の子は頷く。
「凄いね、そこまで分かるんだ...ってなんでそんな目で見るの?」
なんで呆れたような目で...ため息まで吐いて何よ。
「お姉ちゃん、これ村長の授業で教わったじゃん」
「え?...あはは~...」
「地理とか計算は覚えられるのにこういうのは覚えられないんだから...」
うっ!止めて!よく出る魔物の特性とかある程度覚えてるし良いでしょ。
「それより、今は皆をどうにかしよ。このままここに放置する訳にはいかないし」
逃げるように提案すれば、二人は頷く。
「クロエはダメだよ?まだ傷が治り切ってないんだから」
「そ、そうだね。ならどうしよっか...」
手持ち無沙汰になったクロエをしり目に、奴隷の子に手伝って貰い皆を近くの家に運び込む。
「そういえば、どうして貴女はあの時戻ってきたの」
全員をシーツを引いた床に運び終え、横に佇む奴隷の子に咎めるように話しかける。
戦闘中、クロエと共に逃げた筈の奴隷の子が戻ってきた所為で思う様に戦えなかった訳だし、それにこの子に抱き着かれた時に浮かんだあの光景も今思えば違和感を感じるほどに鮮明で強烈だった。
ただ、問われた奴隷の子は困った様に視線を外すだけ。
「そうだった、喋れないんだったんだね」
ため息が出る。喋れないんじゃどうしようも無い。
ズドォォン!!
『GOGAAAAAAAAAAA!!』
その瞬間外から揺れる程の轟音と雄たけびが鳴り響いた。
「クロエ!?」