お姉ちゃんはお姉ちゃんだよ?
オーク共は一人走り寄ってくるエスティアを視認し、侮蔑の笑みを浮かべ意気揚々と捕まえようと我気に踊りだす。
「きっもちわるいなぁ!!」
プラーナで強化した剣戟で戦闘のオークを切り伏せれば、オーク達に驚きが浮かび、瞬間敵と認識し怒りの声を上げだす。
(三人は下がったかな、なら使える!)
「縛り上げろ!」
今まで頑なに使わなかった鎖の力を、差し迫った状況に焦りを感じ使いだす。ようやくの出番だ!とばかりに踊りだす3本の鎖達はエスティアの意思に従い、それぞれがオークを縛り上げる。
「スラッシュ!」
そして縛られたオークは迫るプラーナの斬撃から避けることも出来ず、仲良く首を撥ねられる。
「縛り続けろ!んで、ジャベリン!」
鎖で次々押し寄せるオークの波を堰き止めつつ、剣を地面に差しプラーナの槍の波で受け止める。
しかし重厚な肉の鎧をまとったオークの波は留まる所を知らず、先頭で下半身を貫かれ地面に倒れ込むオークを後続のオークが踏みつけながら、一人戦うエスティアに迫り狂う。
「触るな!」
仙気術で強化した脚で攻撃をよけ、腕力を強化しつつ、プラーナを乗せた一撃でオークの腹を切り裂き臓物を吐き出させる。
「あっ」
一瞬の隙を突かれ、横から出て来たオークに身体を殴りつけられ、幾度か地面を撥ねる。
「がっあ、あぁ痛いよぉ...うっ!」
左腕を完全にひしゃげさせ、殺しきれなかった衝撃が胃を揺さぶり血を吐き出す。
「ゲホッゲホ...っはぁ、はぁっ、さっさっと治りなさいよ!......って!くそ!」
剣を支えに何とか立ち上がり、遅々として進まない再生に苛立ちつつ吐き捨てると、オーク達が標的を変えているのが目に入る。その先には逃げた筈の奴隷の女の子が。たまらず強化した脚で肉が裂ける痛みに歯を食いしばりながら駆け出し、迫るオークを切り伏せる。
「何してんの!さっさと逃げなさい!」
痛みと苛立ちに苛まれながら震え奴隷の女の子に怒鳴りつける。が、少女は腰が抜けたのか地面にへたり込んでしまう。
「くそ!」
少女が動けないならエスティアも動けない、少女を守る様に背にしながら迫るオークを壊れた身体で薙ぎ払う。
オークを1体屠る、続けて迫る一体を鎖で縛り心臓を貫く。既に剣を握る手は血と油にまみれ滑り落ちそうになり、それを一本の鎖で縛り付け手から抜けに無いようにする。
「ちっくしょぉぉぉ!!!」
終わりの見えない肉の壁に絶望を感じつつ、鎖を操りオークを転ばせ、練り上げたプラーナの斬撃を更に飛ばす。
「スラッシュ!スラッシュ!スラッシュぅぅぅ!!!」
既に南門一帯はオークの死体で血の海に染まりつつあるが、それでも尚終わりの見えないオークという波がエスティアに襲い掛かる。
(絶対に!絶対に死ねるもんか!ここでこいつらを通したらクロエが死ぬ!)
「死ねぇぇぇええ!!!!」
練りすぎたプラーナはいずれ底を突く、既にオークを切り飛ばすほどの威力は籠められず、ひたすらに足を切りつけ、鎖で転ばして時間を稼ぐ。
どれだけの時間がたったか、数秒の様な数分の様な数時間の様にも思える程、プラーナがつきかけ全身が鉛になった様な倦怠感に襲われ、仙気術で強化した腕が限界を迎え骨が砕ける。最早流しすぎた血の所為で視界は霞、碌に何も出来ず、剣を支えに、鎖で無理やり立ち続けるだけの案山子になり果てる。
(絶対に...絶対に死なない...)
ふと腰に何かが当たる感触がする。腰元に目を向ければ、蝙蝠の翼を生やした少女が余程怖いのか、目を瞑り震えながら腰にしがみついている。
刹那、脳裏に自分や、腰元の少女、そしてクロエがオークに蹂躙される光景が鮮明に浮かび上がる。
「ふざけるな...ふざけるなよ...ふざけんなよ!絶対!そんな事させるか!死にたくない!死なせたくない!クロエは!私が守るんだ!!」
血反吐を吐き散らしながら、激情のままに叫ぶ。視界は血に染まったかの様に真っ赤に映り、思考は自分が敗北した先の未来を浮べ怒りに染まる。
「いつまでもねてんじゃねぇ!さっさと起きてあの豚共をぶち殺せ!このクソ剣が!!」
怒りのまま剣を地面に叩きつける。するとその言葉通り、まるで目覚めるかのようにエスティアの全身の傷が再生し、全身にプラーナが満ちる。
「やっと目覚ましたか、お寝坊さんめ」
一瞬驚きに目を開くも、既にその顔に絶望の色は一切なく、獰猛な獅子の様に目をぎらつかせ、残虐な笑みを浮かべる。その余りの様子に腰に張り付いていた少女は身体を離し、尻餅をついて見上げる。そしてその笑みを見たオークは進む足を突然止める、良く見れば誰もが身体を震わせている。
「殺す」
たった一言、明確な殺意に支配されながらエスティアが眼前の震えるオークの群れに突っ込む。
そして始まったのは一方的な虐殺。悲鳴を上げ、拳を振るうオークの尽くをオークの血と自身の血を浴びながらただ一人で肉塊にする、笑顔のエスティア。
彼女が剣を振るえば、プラーナの斬撃と共に仙気で強化された剛腕で腕を砕き、再生させながらオークを纏めて二つに分ける。
背後から迫るオークに、一切視線を向ける事なく鎖を放ち、削る様に縛り上げ首を引きちぎる。
「ドゥームジャベリン」
エスティアが地面に剣を指せば、黒く濁ったプラーナの槍が彼女の周囲を取り囲むかのように、オークを頭蓋まで串刺しにする。
そして怯むオークに強化した脚が砕けるのもお構いなく、とびかかり、手刀で頭を貫く。
壊れては治り、血を噴出させながら全身を多く痛みに顔を顰めることなくオークを殺すエスティア。
「もっと、もっと強くならなきゃ...」
エスティアは笑顔から一転、忌々し気に顔を歪め、嘗ての黒騎士を彷彿とさせる程の濃密な黒いプラーナを身体から煙の様に放出させ、身体に纏わせる。
「あは!あはははは!凄い凄い!!私こんなに強いんだ!見てクロエ!お姉ちゃんはとっても強くなったよ!」
気でも触れたかの様に笑い声を上げながら、オークを様々な方法で肉塊に化しながら、その場に居ない者に見せつけるかのようにオークの首を掲げる。
すると数えられる程まで数を減らしたオークを、かき分けるかの様に奥から一体の戦斧をもち獣の皮の服をきた顔に巨大な角を生やした異質なオークが姿を現す。
「あれ?貴方は他のオークと違うっぽいけど、ジェネラルって奴?それともキング?まっ、どっちでも良いんだけど。貴方も私達を殺すんだよね?クロエを殺そうとするんだよね?敵だよね?...絶対殺す」
おどけた様な笑顔から一転、一切の表情を無くし明確な殺意を向けられたオーク擬きは、己を鼓舞するかのように鼓膜が破れそうな程の咆哮を上げる。
事実鼓膜の破れたエスティアは、一瞬顔を顰めるも、すぐに治った鼓膜を確かめるように耳を叩き剣を構える。
「死ね」
「ゴアアアァァ!!」
エスティアは鎖を蛇の様に這わせ、地面を砕きながら走り込むオーク擬きの脚に絡みつかせようとするもオークはそれを戦斧で弾く。
「ちっ」
「ガァ!」
オーク擬きが力任せに振り下ろした戦斧をエスティアは身を捩じって紙一重で躱せば、振り下ろされた戦斧が地面を抉る。
エスティアはその隙をついて首を切り落とそうと剣を振り下ろすも、オークは頭に生えた角で剣を受け止める。
「かった!?」
直前まで巨躯なるオークを一刀に伏せていたエスティアの剛腕を持ってして、目の前のオーク擬きの角を切り捨てるに至らず、衝撃で体が浮いてしまい、その隙にオーク擬きは戦斧を切り上げる。
「舐めんな」
しかし背後の地面に鎖を突き刺し、それを巻き上げることで距離を取りつつ避ける。
そして距離をとって即地面を蹴って懐に入り込むエスティアは、残虐な笑みを浮かべその腹を切り開く。
「おしまい。あっけないね」
腹を切り開かれたオーク擬きは悲鳴を上げつつ、エスティアを遠ざけるように戦斧を振り回し、エスティアは間合いの外に踊りだしその様子を楽しそうに見つめる。
「...は?」
腹から臓物を吐き出したオーク擬きがそのまま息絶える姿を予想してたエスティアは、突然目の前のオーク擬きの傷が塞がりだしたのに怪訝な声を上げる。
「フー!フー!!ガァアアアア!!!」
「オークって再生能力とかもって無いわよね?見た目も何か違うし、やっぱ何者?」
雄たけびを上げ目を血走らせながら滅多矢鱈に戦斧を振り回すオーク擬きを、考え込みながら流し、避け、受け止めるエスティアに悲壮な色は浮かんでおらず、ただ目の前にオーク擬きの通常のオークとの差異点に首を捻る。
「まぁ良っか、さっさと殺そ」
攻撃が全く当たらず且つ相手にされていない事に完全に冷静さを失ったオーク擬きは、大きく振りかぶって戦斧を頭蓋に叩き込もうと振りかぶる。
「縛れ」
その隙にエスティアは鎖を展開し、振りかぶった態勢のままオーク擬きを縛り上げる。
「折角だしアレ使おう」
おもむろに剣先をオークの眉間に向ける。
「ブラスター」
黒い光の球体が剣先に生み出されたと思えば、刹那黒いビームをオークの頭蓋を消し飛ばす。
それをみた他のオーク達は踵を返し、門の外へ逃げ出そうとするがその全てに黒い光が穿たれ、黒煙を上げる肉塊と化す。
「お、お姉ちゃん...?」
声が聞こえ振り向けば、そこには汗を滝の様に流しながら肩を上下させ、何故か怯えた表情のクロエと、彼女がよんだであろうムサシと翡翠の剣の面々が揃っている。
「あ!クロエ♪見て見て、お姉ちゃん頑張って侵入してきたオーク全部殺したんだよ!凄いでしょ!褒めてくれていいよ!」
誇らしげに血と臓物に塗れた身体を広げ、眼前に広がる凄惨な光景を見せつけるエスティアにクロエは信じられない物を見るような目を向ける。
「違う、お姉ちゃんはそんなんじゃない...返して!私のお姉ちゃんを返して!」
「クロエ...?何言ってるの?お姉ちゃんだよ?」
堪えきれなくなったのか、悲痛な叫び声をあげながら魔術を撃てる用意をするクロエに、エスティアは首を傾げながら歩み寄ろうとする。
「来ないで!」
明確な拒絶の声にエスティアの脚は止まり、表情は曇り困惑に染まる。すると翡翠の剣やムサシがクロエを守るかのように前に踊りだす。
「そこを退いてよ、私はクロエとお話ししないと行けないの」
エスティアから死を幻視させるほどの濃密な殺気を向けられ、翡翠の剣の面々は脂汗をにじませ生唾を飲み無意識にか、一歩下がる。
「それは出来ない、今のお前は明らかに異常だ」
ジェイドが背中の大剣を抜き完全に警戒態勢を取れば、他の面々も同じように警戒態勢を取る。
「エストちゃん、何があったのかは知らねぇけど一旦落ち着こな?」
「エスティアさん、悪に呑まれては行けません!目を覚まして下さい!」
「エスティア、クロエが怖がってる」
「今のエスティアさん、別人みたいだよ」
翡翠の剣の面々が口々にエスティアを説得しようと言葉を掛ける。
その言葉にエスティアは眉間に皺を寄せ、鎖を蛇の様に浮かばせる。
「エスティアさん、貴方のその力、その剣は危険だ。今すぐ手放しなさい」
ムサシが警告を放つと、更に眉間に皺をよせ、ギリっと歯ぎしりをする音が聞こえる。
「うるさいなぁ、私はクロエを守るためにやったんだよ?なんで怒られないといけないの。悪いことなんてしてないし、そこの奴隷だって助けた。何がダメだって言うの!!」
エスティアは癇癪を起しながらより一層殺気を濃密にさせ、睨みつけ、クロエの姿を見つけると一転蕩けたような笑みを浮かべる。
「ね、おいでクロエ?お姉ちゃん強くなったからさ、これからは教会も何も心配しなくて大丈夫だよ?一旦村に戻って皆にごめんなさいしよ?それで今度こそ、クロエが成人したら旅に出よ?大丈夫、クロエが成人するまでに教会の人間は皆殺すから、クロエを殺そうとするやつは皆殺すから、ね?帰ろ、クロエ?」
瞳を濁らせ、蕩けたような笑みで早口に宣うエスティアに、クロエは怯えながら首を横に振ると。
「なんで!!なんでなんでなんでなんでなんで!!なんでお姉ちゃんの言う事が聞けないの!?お願いだからお姉ちゃんの言う事聞いてよ!クロエはお姉ちゃんに守られてればいいの!クロエは妹なんだからお姉ちゃんに守られるの!...それとも...クロエはお姉ちゃんの事が嫌いなの!?嫌いになっちゃったの?違うよね?クロエはお姉ちゃん大好きだよね?お姉ちゃんクロエが居ないとダメなの、お願い。お姉ちゃんを捨てないで?ね?悪い所は全部治すから、ね?ね?ね?...あっ!ごめんね怒鳴って?お姉ちゃんちょっと興奮しちゃった。もう大丈夫だよ、おいでクロエ?よしよししてあげる」
恫喝から一転悟った表情で、聖母の笑みを浮かべながら手を差し出すエスティアから逃げるように後ずさるクロエの姿にエスティアは目を見開き、再び隠すように立ちはだかる面々に無表情の視線を向ける。
「......そっか、そいつらに何か言われたんだね?大丈夫だよクロエ、今そいつらを殺してクロエを助けてあげるからね」
明確な殺意と共に剣を向けるエスティアに、翡翠の剣とムサシは説得を諦め完全に攻撃態勢に入る。