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化け猫屋敷とフィッシュハート卿

作者: RAMネコ

■雇われ討伐隊


「旦那、商人の旦那。屋敷から不法滞在を追い出すにしては物騒すぎやしませんか」


「銃を何挺ももった手練れが二〇人は大袈裟だと?」


「オマケに軽砲も馬で引いてますね。戦争でも始める気ですかね」


「戦争。戦争か。そうだとも、これは戦争だ」


「本気で言ってるんですか、旦那」


「本気だ。この顔を見ろ。戦場帰りで腑抜けた徴募兵の顔に見えるか?」


「いえいえ滅相もありません。血管の浮き出た傷、冷めた心に熱い血潮、周りを警戒する緊張はまるで戦場に立っているようです」


「つまりはそういうことだ。心しろ、兵隊たち。我々が今夜狩ろうとしているのは、哀れな、戦う牙さえ持たない農奴ではないということを」


「幾度もの激戦を生き残った我々に!」


「誉れ高き数々の連隊にも勝利してきた我々に!」


「人ならざるものの数々と戦ってきた我々に!」


「「「心せよと!」」」


「「「覚悟せよと!」」」


「「「はっはっはっー!」」」


「あれと対峙した時にも笑っていられればいいがな」


「ときに旦那、我々が戦う相手はそれほどまでに恐ろしいのだろうか」


「説明したとおりだ。黒い嵐の如き殺戮者、分厚い毛皮は矢も鉄砲も防ぎ、獣の爪は容易く馬を撫で倒す。所謂、人間の手に負えない、マモノというものだ」


「所謂、よくいるマモノというわけですな」


「そうだ。屋敷を不法占拠していて、寝ぐらにしたガンマンや旅人、傭兵に奴隷にその他諸々を喰らい続け幾度もの討伐を生き残った、どこにでもいるバケモノだ」


「恐ろしいですな」


「まったくだよ。だからこそお前たちを雇い、武器に金をかけた」


「しかし槍の錆にしてくれよう」


「しかし銃で風穴を空けてやろう」


「しかし液火で燃やしてやろう」


「「「マモノに害あるかぎり!」」」


「そうだ、兵隊たち。マモノであるかぎり、倒さなければならない」


「ですな。害あるマモノであるならば」


「随分と含みのある言い方だな。屋敷にいる帽子を被ったネズミと仲良くなれるぞ」


「帽子を被ったネズミでありますか」


「奇妙なことにも、あの屋敷に住むのはマモノだけではない。おしゃべり好きは風の噂も真っ青になる帽子を被ったネズミ。あぁ、それと屋敷のオルゴールは絶対にネジを巻くな」


「どうしてでありますか」


「お前、足が千切れるまで踊りたいか?あの屋敷は変わっているんだ、呪われている。俺たち以上にな。屋敷の主人だった奴らはまともじゃなかった……マモノたちは、そのーー」


「ーーむっ!」


「生温い風だ」


「獣臭いぞ」


「「「うおぉっ!?」」」


「くそっ!馬車をひっくり返しやがった!兵隊ども降車だ、降りろ、息のある奴は!降りろ、戦う意思灯す奴は!」


「砲を射撃姿勢に!」


「ウォーブルクを盾にしろ!」


「力で対抗するな、暴風の前の稲穂の如く受け流すのだ!」


「きたぞー!」


「黒い暴風!」


「マモノめっ!」


「うおぉ!?」


「ぎゃあ!」


「槍先を揃えろ、躊躇わせるだけで充分だ!」


「速いな!一斉射撃で足を止めるぞ!」


「火薬の臭いが満ちているうちに仕留めろ!奴は今鼻が利かん!」


「砲車前ーー」


「間に合わない、こっちに気づいてる!」


「ーーマモノめっ!」





■貴種の買い手


「屋敷を買いたい」


「屋敷、でございますか」


「街を外れた場所にある、大きい屋敷だ」


「ありますが……あれ、でございますか。ケモノたちが跋扈する暗黒の森を抜け、前の持ち主は発狂して死に、一族はことごとくこの発狂した人間に生贄にされ死体も残らなかった、呪われた、あの屋敷でありましょうか」


「いわくつきでもかまわん。あれが欲しいのだ。我輩は大家族でな、娘たちが沢山おるのだ。これがまたやんちゃ盛りであり、広々として空間が屋敷にもないと非常に危ないのである。ところで娘と言えばとても強くて、ワルキュリアのーー」


「ーーえっと!ですが、あれは……いえ、少々お待ちください。上司に掛け合ってまいります」


「時間は問題ではない。大切なのは記憶だ。あの屋敷には大切な記憶が満ちているのを見つけた。どうしても手元に置いておきたい、神に見つかってしまう前にな」


「はぁ、よくわかりませんが、あの屋敷に購入意思があると……わかりました、それでは失礼します、少々お待ちください」


「少々、お待ちに、であるか。待とう、人生とは待つことと耐えることの連続であろう」


「こちらが旦那……ではなく、商会の会長です。会長、この方が例の屋敷の購入希望者です」


「うむ。私が商会会長だ。お見知りおきを」


「我輩が購入者である」


「して屋敷が欲しいそうだが、それもとびきりに危険な屋敷を」


「そうなるであろうな」


「おすすめしない屋敷だ。マモノが住みついているからな」


「で、あるか。噂は聞いている」


「何も態々あんな屋敷はいらんだろう。少し小さくなるが、街の中にも屋敷はある」


「小さいと困るのだ。我輩は大家族ゆえ、大きな屋敷でないとな。この街に一族で移ろうと考えているのだ」


「一族で?」


「そう目に皺を寄せないでいただこう」


「これは失礼を。お許しを」


「うむ、許そう」


「確かにあの屋敷は広い。街から離れているのも、魅力だろう」


「そうであるな」


「マモノさえいなければ、だ」


「何、マモノの一匹や二匹いてくれたほうが賑やかというもの」


「あんたが言うなら、本当にそうなんじゃないかって感じるよ。フィッシュハート家の入り婿殿」


「ふむん?」


「黒い髪に黒い目。白くも黒くもない肌。今時時代遅れの刀を腰に挿して銃を一挺ももたないとくれば、あの有名なフィッシュハート家の入り婿しかいねーよ」


「良い目をしておるのだな」


「ふんっ、戦闘者なんて大物なら、あの屋敷のマモノも自力でなんとかするんだろうさ。安くしとく。だが、あのマモノを駆逐することだ。寝首を掻かれる。そうやって、あれの存在が知られるまでに何人も喰ってきたマモノだ」


「任されよう。屋敷の購入は今この瞬間の現金払いである。契約書を」


「はいよ」


「良い買い物であった」


「光栄だ。ウィッシュ・フィッシュハート卿、街へようこそ。あんたが何を企んでるのか知らないが、長生きしてくれよ」


「貴種は貴重であるがゆえに貴種であるからな」


「それで?あんたの本当の名前は?」


「フィッシュハート家の伝統で答えられぬことである。ただ、武家や公家を転々と漂泊するこの身には、名前は意味をもつまいて。ウィッシュ・フィッシュハート、それがやはり我輩の名なのである」





■屋敷に潜むもの


「良い屋敷だ。階段も軋んでいないし、扉が狂っていることもなし。実にスムーズ。手が行き届いておる、人間以外の手が。それに何やらおかしなオルゴールに、これまたおかしな帽子を被ったネズミであるか。けっこう、まことにけっこう」


「ふむん、少々重すぎた装備であったな。背には金砕棒、両の手には管槍、腰には大小の脇差を据えたうえで、帷子を縫い込んだコートを纏う。だが相手は束になった兵士を薙ぎ倒せる人外にしてマモノ、注意しすぎるということもないだろう」


「一階にいるのか?」


「台所か?」


「風呂場か?」


「二階にいるか?」


「寝室にいるか?」


「物置にいるか?」


「あるいは……天井であろうか」


「ふむん、天井へと続く階段を見つけたぞ。この上にいなかったら、我輩今日はもう寝るである」


「待たれよ、ちょっと待って。天井に踏み入るのは少し考えてはくれないだろうか」


「むむっ!その声はもしや、この屋敷に先住しているマモノではないか!」


「うん、たぶん僕だよね、それ。どうもマモノになってるものです」


「我輩はフィッシュハート、この屋敷の新たな主人である。そして我輩の家族と娘たちをこれから屋敷に招こうとするものである」


「僕は戦いたくないよ。毛がごわごわになるからね」


「ふむん、我輩も戦いたくはないである。どれ一先ず話をしようではないか」


「大賛成だよ」


「御身を光の下には晒されてはくれないか」


「ごめん、それは無理だ。この身は夜の暴風であっても、昼間のフクロウではない」


「なるほど。我輩は心得た。夜と出会うのに昼もなかろう」


「僕を打ち倒すもの、さて何を話そうか」


「ふむん。マモノよ、お前様はなぜこの屋敷に住んでいるのだ。お前様の屋敷なのか」


「違うよ。違うけど、今はそうだね。ネズミやオルゴールと同じだよ」


「ネズミに、オルゴールとな?」


「口喧しいけど、僕よりも先に暮らしてる連中だよ」


「おかしな屋敷である」


「何を言ってるのさ、これからは君も暮らすんだよ」


「確かに、確かに」


「おかしな人間だ」


「我輩はとびきりの変人であるからな。マモノよ、その評価は正しいものであろう」


「僕もだ。会話はできても屋根裏の住人で顔をだしてない」


「恥ずかしがり屋であるのだな」


「お恥ずかしい」


「わっはっはっ!」


「何さ」


「恥ずかしがり屋のマモノとは、随分と久方ぶりに出会えたからな、これはおかしいと笑ってしまった」


「へぇ、世の中て広いね。ぼくみたいな恥ずかしがり屋が他にもいるんだ」


「世界は広い、とても広いぞ!我輩らなど、大海の砂粒よ。それ故に、この出会いの記憶は貴重というものであろう」


「広いこの世界で奇跡的な出会いに感謝だ」


「ごもっとも。中々に話しがいのあるマモノであるぞ、お前様よ」


「僕は、ミコテンだよ」


「ふむん、マモノに名乗られたならば名乗り返すのが礼儀。我輩の今の名はウィッシュ・フィッシュハート!フィッシュハート家当主にして、皇帝陛下より戦闘者の称号を賜わった、ただの入り婿である」


■共闘生活の怪


「ちょっと、ちょっと、新しい御主人様!御主人様ってば!」


「オルゴールが喋っておる。気まぐれにネジを巻くものではないな」


「何言ってんの、オルゴールが音をだすなんて当たり前のことだよ。ネズミがチューチュー話してるみたいに言われるのは心外だわ!」


「そう言われればそうであるな、オルゴールとは音をだすものだ」


「そんなことよりさ!」


「少し落ち着いて話そうか。君には落ち着きがたりない」


「失礼ね!」


「怒らないでくれ、すまなかった、謝ろう。それで話しとは何かね、バレーを舞うオルゴール嬢の人形くん」


「天井裏にいるマモノについて知りたくない?」


「知っているのか?」


「勿論!私はこの屋敷のネズミどもの一族よりも、ずっと、ずっとこの屋敷に住んでるんだ。新入りのマモノのことだって、知らないことなんてないのです」


「興味が湧いてきたぞ」


「オルゴール!!」


「あら、件のマモノがお怒りのよう!」


「僕のこと勝手に話さないでくれるかな!」


「あ〜ら失礼!でもマモノさん、居候のマモノの身に変わり果てた貴方と私は約束をしたのに不思議だわ。柱に大きな引っ掻き傷が!貴方との約束でこの屋敷は絶対に傷つけないと約束していたのに!」


「うっ!?」


「爪の生えてしまった獣だもの、多少は仕方ないのだろうけど」


「爪を研いでるな」


「御主人様流石です。そういうことです」


「オルゴール嬢とマモノは仲が悪いのだな」


「うん!大嫌い!屋敷をいつもボロボロにするから、退治できるなら退治してもらいたいくらい!」


「マモノは余程に嫌われているらしい」


「マモノのだけじゃない、ネズミも嫌うわ。あいつら私達の屋敷をいつも盗むんですもの」


「盗みはよくないな」


「でしょー!」


「わはは」


「笑ってる場合じゃない!」


「申し訳ない、オルゴール嬢」


「というわけで、その手に持つランスでマモノをぐさりと刺しても良いのです」


「これは管槍というのだが、これでマモノの皮膚を貫けるであろうか」


「う〜ん、ちょっとシゴいてみてくれます?」


「はっ!はっ!はっ!」


「速いですね、流石は御主人様です。でもちょっとマモノの肉を裂いて心臓を串刺しにするには勢いか重みが足らないかと」


「君の目を信じるよ、オルゴール嬢。もしものとき、管槍でマモノを突くのは考えよう。素槍よりももう一つ重い、大身の槍にしよう」


「御主人様、マモノを討つのはよいのですが」


「僕がよくないよ!酷い!」


「それよりもまずは、ネズミ捕りから揃えましょうか。良いお店を私知っていますの。屋敷からネズミをとりあえず根絶やしにいたしましょう」


「賑やかな屋敷であるな」





■獣らの夜


「疲れたであるな……オルゴール嬢には困ったものだ。とてもよく喋りすぎる。オススメとやらの店でも、あれもこれもと買わされてしまった。次からはゼンマイを巻かないようにしよう」


「随分と疲れてるね」


「屋根裏のマモノよ、それはもう、忙しくあったゆえにな。体力も使いはたしてしまった。おっと、ベッドに身を沈める前に肌身離さない長巻をうっかり落としてしまった」


「!」


「っ!」


「いきなり、であるな。我輩はそんなに美味そうであったか。僅かな隙も見逃さずに牙をだすとは、やはり悪いマモノだな」


「意地悪な人間だ。わざとってわかってたんだけどね。どうしても、好機はここしかない、待ち伏せでも食い破ってやるて思っちゃった」


「天晴れ。まさしく夜の暴風。まさしく闇、まさしく風の如しであるな」


「褒められても嬉しくない。見えないものでも、見えていては意味がない」」


「二度目はよいのか、マモノよ」


「二度目はないよ、みっともない。狩りってのは一回勝負だ。何度も未練がましく追いかけ回すのは、ぼくの流儀に反する。今日はもう狩らないて保証できるよ」


「マモノの言葉だ。だが信じよう」


「大丈夫?寝れば死ぬかもよ」


「ふっふっふっ。その策には載らん。我輩を寝かせずに、疲労したところで襲うつもりであろう」


「本当に、酷い人間だ」


「マモノめ、拗ねてどこかにいってしまったか」


「おぉ、怖や怖や、でしたな」


「帽子を被るそこのネズミ、小さな士官の帽子に小さなライフルを手にした黒い死神よ」


「はいはい、何でございましょうかね、人間の主人よ」


「ネズミを我輩の寝室に招待した覚えはないぞ。物騒なものを背負っておる」


「怖いですな、その槍の刃をむけられるには勘弁いただきたい。背中のライフルは護身用、先程のマモノは同胞たちが大好物でありますから」


「ならば消えろ。あれは去り、我輩に用があるわけでもあるまい、黒い死を招く死神よ」


「嫌われておりますな。ですが疫病は、遠い同胞であるネズミたちがもたらすもの。屋敷の民草にして同胞は気を使っているので安心してもらいたいものですな」


「……疫病は嫌いだ。銃の弾よりも嫌いだ。奪う側に重さが無さすぎるゆえに。命に対して軽すぎる死であるがゆえに」


「ごもっともであります」


「だが、我輩の刃は、ネズミの小さな体を潰す武としては重すぎるのも事実。命との天秤もとれんだろう。刃は収めるぞ、小さな死神の同胞よ」


「寛容な御心に感謝を。そして貴方様に天帝からのお恵みと祝福があらんことを」


「心にもないことはやめろ」


「本心であります」


「まあ良い。さぁ、もう行くのだ。あのマモノが戻ってきた足音が聞こえた」


「良い耳ですな。ネズミの耳でも聞き取りずらい抜き足でしたのに」


「慣れておる。我輩は聞き上手であるからな」


「なるほど。頼りになります」


「頼るのか、我輩を、帽子のネズミが」


「えぇ、えぇ、勿論ですとも、お許しがいただけるのでしたらですが。何せこの屋敷の天井にいるマモノは、同胞にとっても天敵ですので。我々は戦争をしていて、また敗軍の兵でもありますので」





■死の夜明けて


「どうやら一夜を無事に明けられたらしい、フィッシュハート卿」


「不動産商人であるか。随分と早起きであるな。しかも我が家への一本道の途中で待ち伏せていたとは」


「俺の名前はアグニカだ。土地商人の前には、少し兵隊もやってた」


「さもありなん、というやつであるな。生粋の商人というには少々いかめしすぎる顔である」


「フィッシュハート卿、顔は生まれつきだ。商人に産まれてたとしてもこの顔だろうよ」


「我輩はウィッシュ・フィッシュハートを名乗らせていただく者である」


「知ってるよ、フィッシュハート卿」


「アグニカ殿は何用であろうか?」


「兵隊を引き連れてか。物騒で無礼なことは謝罪する。だが俺としてもあれが恐ろしい」


「屋敷のマモノであるか」


「そうだ。身内の討伐隊を返り討ちにされてる。おれもあれを見た。あれは……化け物だよ」


「マモノとはそういうものである」


「たしかにそうだ。だが俺は恐ろしい、あいつがいつ、屋敷から飛び出して襲ってくるのかってな」


「早く殺せとの催促か」


「殺せとまでは期待してないさ。フィッシュハート卿には生きて欲しいものだが、必ずマモノを殺せると考えるほど俺は甘くはない」


「アグニカ殿自身で決着をつける覚悟があるわけであるか」


「俺は心配性だからな。夜な夜な震えて眠れん。俺が夢に抱かれるためには、あのマモノから命を狙われないって保証がほしい」


「ならばそうするもよかろう。命があのマモノよりも重ければ生き残れよう」


「まっ、とは言って強がってもだフィッシュハート卿。俺も部下も、できればあれと再戦はしたくない。期待してるんだ、これでもな。フィッシュハート卿が倒してくれれば、俺たちはわざわざ死人をださなくてもすむ」


「戦いとは生死を別つ儀式であろうに」


「まあな。だが俺はできれば、そんな儀式は避けて生きたい。できるならだがな」


「左様であるか」


「あぁ、サヨーてやつなんだよ」


「マモノは出来る限り屋敷に閉じ込めよう。我輩も狙われている。だが相手はマモノだ、檻の如くとはいかない」


「ならば出られないようにすることだ」


「マモノを殺せと?言われるまでもない」


「あの屋敷の契約には、マモノを討つことも含まれている。忘れていないことを願っているよ、フィッシュハート卿」


「ふむん。忘れていないとも」


「朝から面倒をかけたな。マモノ相手に手が必要なら言え。うちから兵隊を送る。あれはお互いにとって共通の敵だ。討伐には協力するぞ。手間賃はいただくがな」


「旦那、旦那。あの話を先にしておかないと。俺たちは売り込みにきたんじゃないですよ」


「フィッシュハート卿、見ろこの優秀な兵隊を。会話に割り込むことを恐れず、主人にも提言できる」


「旦那」


「フィッシュハート卿、お前……街にいったい何を呼び寄せたんだ?」





■フィッシュハートの娘たち


「おぉ!月光の如き輝く瞳、夜を輝かせたる海の如き髪色はまさしく我が娘たちではないか!」


「はいはい、お父様てば相変わらず大袈裟」


「お父様、もっと声を小さく……姉妹以外に聞かれてたら自殺するかもしれません」


「あはは!お父様ー!」


「歓迎するとも、あぁ、させてくれ、我が娘たち。マモノとオルゴール嬢と帽子のネズミの屋敷へようこそ」


「してお父様、そのマモノとやらはどこにいるのでしょうか?」


「屋根裏であろう。いつもそこに隠れておる」


「片付けておきますか?」


「え?もう仕留めるの?ちょっと待って、準備してなかった」


「マモノが魚系だったらいいね。食べてみたい!」


「やめるのだ。マモノを蛸殴りにして食べることを考えてはいけない」


「はーい、お父様」


「他の姉妹たちの顔が見えないがどうしたのだ」


「私たちは先遣。ほら、脚に自信があるから。古戦場のワルキュリアの称号があるものとして、ちゃんと立ち会えないのは恥ですから」


「立ち会う?」


「マモノを先に殺されたら魂回収できないのです!」


「母上に頼まれたな?」


「はい。母上は父上を心配されていますので、マモノの噂をうっかり聞かれたときには御身自らハルバート片手にご出陣されかけました」


「止めたけどね」


「先代ワルキュリアよりも現役ワルキュリアの私たちのが最強だから、褒めてくれても良いのだよ、お父様」


「あれには迷惑をかけさせるな」


「そうなのです。死ぬかと思いました。母上て神話から飛びだしてきたような化け物ですから」


「母上を悪く言ってはいけない」


「はい。申し訳ありません、お許しを」


「疲れたであろう。風呂を使ってよいぞ。湯沸かしはーー」


「ーー心得ております。場所も水の精霊が教えてくれましょう」


「ではいってこい。汗とともに疲れを流すのだ。風呂場は壊すでないぞ」


「それではお父様、いってまいります」


「疲れました。お風呂があるのは嬉しいですよ」


「またね、お父様ー!」


「マモノよ、我輩を殺すなら早いほうがよいぞ。娘たちは強く、そしてまだ増える」


「頭を悩ませてくれるよ」


「闇とは光によって払われるさだめにあるもの。時はマモノに決断を迫るであろう。我輩を喰らいたいのであれば、最後の好機であると心得よ」


「そうよ!死にたくなければさっさと出て行け、このマモノー!」


「オルゴール嬢」


「マモノ殿には悪いのではありますが、同胞の安全保障のためにも立ち退いていただくのがお互いのためかと」


「おい、ネズミ」


「あれは娘、なの?」


「どう見ても我輩の娘であろう」


「いやいや、あれが人間だって?」


「人間の定義によるであろうな」


「よくあれと一緒にいようと思えるものだよ。正気を疑うよ」


「娘たちに勝てなければ、今この瞬間にマモノに殺されていよう」


「……そうだろうね」


「うむ。父上というものは、強くなければ子に失望され喰われるものであるからな」


「フィッシュハート家て化け物の一族なんだね」


「化け物ではないが、当代から化け物と戦える人間になったという意味では正しいな」


「そっか」


「くるか、マモノよ」





■装甲馬車で待つ者ら


「旦那、あの女たちは何者なんでしょうか。フィッシュハート家の令嬢、と名乗っていましたけど」


「品のないゴロツキが手をだして、そのゴロツキが皮を剥がされて吊るされかけていたそうだからな。ただの令嬢でも女でもないだろうさ」


「人間に化けたマモノか、魔女でしょうか?」


「お前、フィッシュハート家の噂を聞いたことないのか?」


「自分、文字が読めませんし、生活階層が違いすぎて、まったく」


「なら教えてやる。フィッシュハート家てのは、邪教の一族だ」


「邪教、ですか」


「と言っても、当主とその側近あたりがおかしな実験を繰り返す程度の邪教さだがな」


「実験て何をしていたのです」


「命なきモノに命を、てヤツだ」


「よくわかりません」


「ゴーレムを使うラビどもの真似事だ。ただしフィッシュハート家が生もうとしていたのは、最強の人間種だがな」


「死体を使ったのですか、ネクロマンサーのように」


「その程度なら邪教など言わんだろうな。フィッシュハート家は新しい神を作ろうとしたんだ」


「神を作るだって、人間が」


「神てのはあの神だよな」


「神なんて作れるものなのか」


「まあ失敗したのだろうがな。フィッシュハート家は没落して一人の未亡人だけが残された」


「なぜでしょうか。やはり、異教徒として始末を?」


「大号令の前に殺し尽くされたんだと。誰が、あるいは何がやったかまではわかってない。神罰とも言われてるがな」


「信じられません。神を作ろうなどと恐れおおい」


「さぁ、どうだかな。意外と人間てのは神様を作ってるかもしれんぞ」


「まさか、ありえないでしょう。神が人を作ったのならばともかく、その逆なんて」


「フィッシュハート家のはあくまでも噂だ」


「少しだけ安心しました。人間がもし神を超越した存在であったなら少し、怖いですから」


「まっ、あの令嬢らはフィッシュハート家の養子か何かだろう。フィッシュハート卿が鍛えた秘蔵っ子なら腕っ節が強いのも納得だ。ありゃ化け物より化け物だぞ」


「フィッシュハート卿に関しては同感です。噂通りのお方のようで。あのマモノと一緒に暮らせているのですから、異常です」


「だな。関わりたくない類いだ。とはいえ街の住人でもある。俺と俺の商会に恥をかかせるなよ、お前たち」


「絶対に令嬢には手をだしません、だせません」


「それで良い。あれとフィッシュハート卿の決着は時期につくだろう。どちらが勝つにしろ長くはない」


「どうしてですか、旦那」


「馬鹿、一対一で殺せないあれが、一対その他たくさんに勝てるか。速攻で一人ずつ仕留めなければ、やられるのはマモノだ」


「なるほど」





■揺らぐ闇


「大身の管槍で正解であったか」


「人間にしては剛力だ」


「マモノ、お前のほうが怪力よ。力比べはやめておこうと思わせるだけの圧倒的に膂力!」


「猫がネズミに負けちゃうのは駄目だよね」


「ぐっ!」


「ぼくは見えてる?」


「まさしく風、何もわからん。影さえも残さぬ早業に恐れいる」


「生きてるのがおかしいんだけどね」


「いや、世は広い!人の身なれどマモノと渡り合うものも必ず一〇や一〇〇はいるもの。つまり我輩はどこにでもいる可能性のある人間の一人でしかない」


「なにそれ怖っ」


「時間はあまりないぞ、マモノ。娘たちは鴉の行水、長風呂ではない」


「ぼくが死ぬ未来しかないね!」


「ならば戦うことだな。命の重みを証明すれば、嵐の前の大山、不動であり続け変わることはない」


「お父様、もう始めていたのですね」


「内臓抜き?」


「魚じゃないけど肉だ!」


「フィッシュハート卿!ぼくと交渉しようじゃないか!」


「テーブルを用意しよう!」


「感謝するよ!」


「命の安全と、できれば屋根裏部屋をいただけると嬉しいよ」


「屋敷は広いからな」


「うん……え?」


「それで他に言いたいことは?我輩としては、我輩以外を襲いさえしなければ、ミコテンがどこで何をしていようが自由にすればよいこと」


「猫て一度飼ってみたかったんです」


「猫でいいのですかこれ」


「屋根裏にいるからたぶん猫でしょう」


「ちょっと妹が何言ってるのかわからない」


「我輩も、ちょっと変わった同居人が欲しいのである。ミコテンとは一緒に暮らしたかった。むしろこちらから、この屋敷に住んでくれとお願いしてもよいだろうか?」


「ぼくは、君たちフィッシュハート家の人間を食べちゃうよ。ガオーてね」


「本気でそうであるのならば、強いマモノだな。魔王級だ」


「ごめん、見栄を張った」


「賑やかになるぞ。我輩、ミコテンが好きであるからな。道が交わらずとも、永遠の別れとするのは悲しい」


「ぼくは永遠の別れであってほしかったよ」


「寂しいことを言ってくれるな、この屋敷の真の後継者よ」


「え?」


「違うのか?我輩てっきり、マモノとはこの屋敷の御令嬢のなれはてとばかり思っていた。誤解だったようである」


「お父様?」


「人がマモノになる、変えられるということは往々にしてよくあるということだ、我が娘たちよ」


「そう、そういうものですか?」


「うむ。そしてこの世界は一抹の夢の邂逅である。こうしてミコテンと巡り合ったのは、簒奪した神々ではない意思による強い夢の残照だったのだ」


「お父様お腹空きました」





■それはやはり猫


「いやいや……いやいやいや!!」


「アグニカ殿、冷静に言葉を紡がれよ」


「そう、これは世界で一番の美猫です」


「可愛すぎますよね」


「ぼくっ子て良きものです」


「旦那、俺猫派だって今気がつきました」


「俺も俺も、猫ていいな、あぁ、本当にいいな」


「猫ちゃん、ネズミ食べるか?旦那、ネズミもってませんか?」


「マモノだろ!」


「見よ!この紫電の如く淡くも力秘めしこの髪を。見よ!まさしく夜の境界に立つものにして相応しきものである」


「フィッシュハート卿、薄紫毛の猫だ」


「ならば愛でよ」


「意味がわからん!」


「猫は愛でる、これ世の心理なり」


「初めて聞いたぞ」


「フィッシュハート家の家訓である」


「うっそだろお前」


「わたくしは、このマモノを討っておくべきだと考えますわ。屋敷でいつも爪研ぎをしますもの。でも別に可愛くないと思っているわけではありませんの。猫様とは可愛い生き物です。爪研ぎやらで屋敷を破壊しなければ、この世で最も完成された最も美しい獣と言っても過言ではないでしょう」


「オルゴール嬢、貴女が良くとも我々は毎日が恐怖の日々です。猫はネズミを食らう。それが理であることはわかっています。しかしだからと食われるを良しとするわけではありません」


「ネズミの意見は聞いておりませんの」


「オルゴール嬢、その細足いつか噛みちぎってしんぜよう」


「あら失礼。不快にさせたなら謝りますわ。これからネコの餌にされる哀れなネズミさんたち」


「お父様、ネズミとオルゴールが戦争やってる」


「日常である。雨が降り、風が吹く、そういう風物である」


「猫ねぇ」


「アグニカ殿、まだ不安があるのか?」


「ありありの大有りだよ。だがまあ、猫だしなぁ」


「マモノでもあるがな。魅了して離してくれない」


「いつか裏切られるぞ。いや、お前らが裏切ることのほうが早いだろう」


「覚悟しておる。これを裏切る行為をしたときの報いもまた、覚悟しておる」


「その時はフィッシュハート卿一人で死んでくれよ」


「心得ているとも」


「どんな良好な関係でも永遠に変わらないことはありえないぞ。降り積もる雪がいつかは溶けだしてしまうのと同じだ。雪解けは川となり全ての過去を流してしまう」


「で、あろうな。だが見てくれるか、アグニカ殿。


我輩は数奇な運命でフィッシュハート家を名乗ることとなった。愛しき娘たちを迎えることになり、この街にやってこれた。


アグニカ殿や、その仲間たちに出会い、新たな屋敷ではオルゴール嬢やネズミどももまあ出会いに含めるであろう。


巡り合わせの記憶は我輩そのものにして、これは血肉であるのだ。喜びを知ったときにはまた苦しみも同時に受けるもの。


ミコテン殿との出会いもまた同じである。出会いの喜びを感じる思いがある。心の底からの喜びである。だが、同時に永遠のものでもないと知っている。


であるからこそ、マモノといえどこちらから、身を寄せても良いのではないかと考えるのだ。いつか壊れるからと恐るまえに、今の記憶を始められることのほうが万金よりも大切なのである」


「責任て奴を見せてくれるなら、他人様にとやかくは言わねぇよ」


「ミコテンちゃん可愛いですよ!」


「魅了されるなぁ」


「マモノだぞ、人間を誑かすものだろ」


「俺、心奪われそうかも」


「お前ら殺されかけたのでしょう!?ならば我々の同胞と同じです、共にこのマモノを打ち倒しましょう!」


「すまん、帽子のネズミくん。俺はネズミよりも猫のが信用できるんだ」


「騙されてはいけない、あれはマモノです」


「わたくしの伴奏には喧騒も良いものだわ。そこの兵隊さん、一曲巻いてくださるかしら」


「喜んで、オルゴールのお嬢さん」


「お魚まだー、お父様ー」


「ぼくの存在がちょっと軽すぎじゃない?」


「いいんじゃないの?知らないけど」


「知らないて……きみはフィッシュハート卿の娘でしょ」


「お父様との間にわたしが産まれたけど、わたしお父様じゃないからわかりませんよ」


「えぇ、適当だね」


「傲慢は強者の特権です」


「正直こんなところに呼んでしまったことに対しては、我輩も申し訳なく思っているのだ」


「フィッシュハート卿、どうした」


「あれは、マモノなどではなかった。マモノとしてしまったのは、この世界なのだ」


「わからんな」


「虹の橋を越え合間見えた乙女であった猫の慣れ果て。こちらに流れてしまったが故の記憶の汚染。申し訳なく思うからこそ、我輩の一存で斬ることのできぬ外からの者、それがミコテン殿だ」


「異世界人なのか?」


「アグニカ殿、あれは影、紛いものだ。だが紛い者であるからと偽物を意味しない」


「まぁ、賑やかにはなりそうだ」


「瓶の金貨はいずれ底をつく。干上がらぬようにと世界がこちらに飲み込んだのが彼女だ、ままならんよ」


「神って奴のせいなら、そいつはとんだ野郎だな」


「忌々しい神だろう。創造主の手から逃げて好き勝手をするのだから」


「では、クソッタレなお節介の神様に」


「我輩は人間の幻想と記憶、そしてささやかな始まりに捧げよう」


「「乾杯」」

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