鳴神編
また真剣に本を読んでいる。
昼休みの間に、学校図書室に来る生徒は本当に稀だ。
放課後の方が長時間居座れる為、復習や宿題をしに来る生徒や純粋に本を楽しむ生徒でよく賑わっている。
けど、“彼女”は絶対に放課後には来ない。
無人に近くなる短い昼休み中だけ、彼女は図書室を訪れて本を借りていくのを、図書委員の俺はいつも見ていた。
他にすることがないからとも言える。
そもそも図書委員会に入ったのは、昨年、友人から図書委員会の仕事が、3週間に1日、昼休みと放課後の間だけ受付カウンターの仕事をするのと年末に蔵書整理をするだけだと聞いていたからだ。
サッカー部に入っている俺が、放課後に委員会の仕事をするのはどうか思うと、チームメイト達には言われているけど、正直、小学校のサッカークラブほど面白くないし、みんな真剣で、真剣すぎて『楽しくやろう』という言葉がいつの間にか消えていた。
それが悲しくて、目を反らしたくて、なんとなくここに逃げている気がする。
図書室にいれば、委員会の仕事をしていると、良い大義名分になる。
受付カウンターの仕事は、貸出と返却の対応、日誌、鍵締めだけのなので比較的暇だ。
せっかく図書委員になったことだし、本は嫌いではないが、好きと言うほど読んだことがない。
この際だから読んでみようと思った。
だから、一番よく借りに来ている人の本を返却時に、自分が借りて読んでみることにしたのだが、これがまた面白い。
彼女は月曜と金曜の2日だけ図書館に通っている。
都内の図書館が月曜休みだからかもしれないが、金曜に当番が当たりやすい俺にとっては嬉しいことこの上なかった。
彼女は、ファンタジー小説やミステリー小説が好きなので、男の俺が借りても外聞に何の問題もない。
もしコレが恋愛小説とかだったら、からかわれるネタになるのだろうけど・・・。
フゥ、と短く息を吐くと、目の前に影ができた。
「す、すみません」
顔を上げると、件の彼女が新しい本を持って受付カウンターにやってきていた。
全く気が付かなかった。
俺は笑顔を取り繕う。
「貸し出しですか?」
「は、はぃ。そうです・・・」
「分かりました、生徒手帳を出してください」
彼女は素直に生徒手帳を手渡した。
彼女の名前は、草真 雪夏。夏と雪が混ざった不思議な名前だ。
見た目は地味で影が薄そうな雰囲気を纏った、不でも可でもない至って普通の顔立ちをしている。
まあ、見た目は関係ない。
彼女の借りる小説は本当に面白い。この事実だけで充分だ。
俺は彼女の名前を書き写しながら、こっそりと別の紙に彼女の借りた本の名前を書き込んでいく。
後日借りることができるようにするためだ。
書き終えると、俺は何喰わぬ顔で、彼女に本を手渡した。
「はい、どうぞ。草真さん」
「はひっ! ど、どど、どうして、わた、しのなまぇ・・・」
名前を呼んだだけなのに、肩だけでなく全身をビクつかせて驚く彼女に、俺は思わず笑みを零した。
「さっき生徒手帳を見せてくれたでしょう? それに、草真さんはよく本を借りていってくれるから、よく覚えてるよ」
特に他意はなく、寧ろ素っ気なく言った自覚はある。
俺は彼女に生徒手帳も返し、ボールペンにキャップをして、カウンターの引き出しにしまった。
彼女が帰れば、そろそろ図書室の鍵を締めて職員室に鍵を返さなければいけない。
後、することは・・・。
「な、なりゅかみくんっ!」
「ん?」
顔を上げると、彼女はまだ目の前にいた。
顔を真っ赤にさせ、口をモゴモゴ動かし、言葉を選んでいるようにも見える。
何だろう、と彼女の言葉を待っていると・・・。
「わ、私も、知ってる、よ。図書委員で、仕事、しっかりしてる。鳴神くん、凄く嬉しい、から・・・・」
彼女は身体を90度に曲げると同時に、早足で図書室から出て行ってしまった。
正直、何が言いたかったのかよく理解できなかったが、彼女の初々しい反応、辿々しい言葉使い、ねぎらいの言葉。
どれもこれも新鮮味はなく、有り触れた言葉だというのに、彼女の口から出た言葉には暖かみがあった。
優しくて暖かい。
俺の胸に灯火が付いた風に感じ、俺は顔に手を当てる。
「・・・・んだよ、それ」
サッカーの試合後のような高揚感が、俺の中から溢れ出てくるのを感じた。