草真編
パラリ、パラリと本のページを捲っていた。
小さい頃から空想に浸るのが大好きで、時々自分でも小説を認めたりする。
反対に人と話すのは苦手だ。
言葉が支えてしまうし、相手に自分の言いたいことが伝わらない。
長い髪を耳の下辺りで2つに結び、赤いフレームの眼鏡を掛けた私。
制服の校則を破ったことは一度もない。皆勤賞なのがちょっとした自慢。
「今度はこれにしよう」
厚みのある本を手に、受付カウンターに行く。
ここからが緊張ものだ。
「す、すみません」
図書室の受付カウンターに座るのは、二組の図書委員。鳴神 遊真くんだ。
二組のムードメーカーと言われ、気さくで明るい性格だ。色素が生まれつき薄く、柔らかな白黄色の髪に灰色の瞳。顔立ちも学年で上位に入るくらい整っているのに加えて、サッカー部なので女子からの人気はぶっちぎりだ。
そんな人気者のと話せるのは、図書室の受付カウンターだけ。
彼は委員会の仕事をやっているだけだが、私にとっては貴重な一時だ。
私のオドオドしい声掛けにも笑顔で応えてくれる。
「貸し出しですか?」
「は、はぃ。そうです・・・」
「分かりました、生徒手帳を出してください」
私は胸ポケットから生徒手帳を出して手渡した。
学校図書館では、昔ながらの紙の図書カード式で、利用者の名前を手書きで書いて日付印を押さなくてはならない。
中学になっても、このシステムが変わらないことに最初の頃はとても驚いたが、今では暖かみを感じていた。
返却時に、利用者の名前は消してしまうが、借りる前に図書カードに黒塗りがあると、自分が好きだと思った本を別の誰かが読んでいる。そう思うだけで嬉しくて嬉しくて堪らなくなる。
鳴神くんはカリカリと読みやすく綺麗な字で図書カードを書いてくれた。
図書カードを図書ケースに入れて、鳴神くんは本を持ち上げた。
「はい、どうぞ。草真さん」
「はひっ! ど、どど、どうして、わた、しのなまぇ・・・」
「さっき生徒手帳を見せてくれたでしょう? それに、草真さんはよく本を借りていってくれるから、よく覚えてるよ」
サラリと口説き文句を言われたことにも驚いたが、鳴神くんの無意識天然笑顔に心が持って逝かれそうになった。
天然タラシ、恐るべし。
本を受け取り、生徒手帳も返して貰う。
これで、受付カウンターにいる用事はなくなった。
けど、一言だけ・・・。
「な、なりゅかみくんっ!」
「ん?」
「わ、私も、知ってる、よ。図書委員で、仕事、しっかりしてる。鳴神くん、凄く嬉しい、から・・・・」
これが精一杯だった。
私は頭は90度に下げて深々と礼をすると、早足で図書室から出ていった。
逸る鼓動が喉奥まで迫り上がってきて息苦しい。
けど、言えた。
話せた。
鳴神くんに伝えられる一世一代の会話文を。
――いつも丁寧に仕事してくれてありがとう。
――まじめに受付をしてくれてありがとう。
――図書委員になってくれてありがとう。
そして、
――名前を覚えててくれてありがとう。
言いたいことはまだまだたくさんあったけど、今はこれが精一杯だから。
また明日も通わせてください。
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