第65話:なんで、どうして──理由など簡単だ。お前が異常だからだ
本日有る意味4話目です?
13日目:交易都市ハラスラ:闇の奴隷市
視点:他称6番
なにもなかった。
わたしは、わたしときづいたときから、6ばんだった。
──────────
最初から、奴隷だった。
経緯も知らない。
覚えているのは、檻の記憶。そして、首輪の固さと、鎖の冷たさ。
6番であるわたしは、他の奴隷とは違うらしい。
最初に売られたお家ではっきりした。
そこでは、色んな種族の子達が居た。
その中でも、異常だとわたしは言われた。
みんなには、角があった。
耳が尖っていた。あるいは丸かった。
獣の耳があった。様々な種類だった。
鱗があった。
牙があった。
胸が大きい娘、お尻が大きい娘。
そもそも手が四本有る娘。
足がなく、蛇のような娘。
その中ですら、わたしは異常なのだという。
わたしを買った大旦那様も、わたしに触れることはなく。
ただ、醜いと棒で殴るだけ。
下働きとして動いても、物覚えが悪いと殴られ、足が遅いと怒鳴られ、不器用だとまた蹴られた。
誰からも、嫌悪と悪意しか感じない。
あまり良いとは言えない目にも、映る世界は暗かった。
人からの悪意が怖かった。
あまり良いとはいえ耳に入るのは、罵詈雑言。
人からの嫌悪が悲しかった。
そしてわたしはまた売りに出され、珍しさから買われては、殴られ、叩かれ、蹴られ。
言葉でさえも叩き付けられて、また売られて捨てられる。
何年続いただろう。
もう、わからない。
自分から言葉を発することもなくなった。
自分から動くこともなくなった。
その方が、痛くないから。
視界に入らなければ、嫌われないから。
ずっとずっと、身体は傷だらけに。
こころはもっとひびだらけになりながら。
わたしはただ、生きていた。
ただいきているだけの、なにかだった。
──────?
なんだろう。
また、買われるのかな。
わたしを、見てる?
わたしを見てくれるの?
「おい! 6番! 出てこい! 新しいご主人様だ。せいぜい媚を売りな!」
ご主人様。
買われたんだ。
動きの遅い身体。重い胸を揺らしながらなんとか立ちあがり、ついていく。
そこには、さっきの人が居た。
初めてだ。
奴隷の仲間である筈の娘からも、その目には嫌悪が映り、声には悪意が乗っていた。
どれだけ飾っても、分かってしまう。
この人は、わたしを嫌ってないの……?
とらえにくいすがた。
目に映りにくいのはなぜ?
何か話してるけど、この人の言葉には、わたしへの悪意を感じない。
悪意でなければ、なんだろう?
もう慣れてしまった、奴隷の契約をする。
魂に走るような痛みも、もう何も思わない。
そういえば、服が違う。
少しは暖かい。
でも、もっと暖かい。
わたしを抱えてくれた、ご主人様。
足が遅いから?
でも、なんでそんなに暖かいの?
どうしてそんなに柔らかく抱えてくれるの?
わたしが抱えられたときは、投げられるか、叩き付けられるとき。
わからないの。
抱えられているとき、何か顔に付けられた。
仮面……かな?
前にも付けられたことがある。
その顔を晒すなって。
その顔で見るなって。
でも、嫌な感じがしない。
人の少ない道を通っていても、人はいるのに、わたしを見ない。
みんなわたしに気を向けない。
わたしに、悪意を、向けない。
居るだけで、不快だと言われるわたしを、誰も見てこない。
この仮面かな。
顔の上しか隠していないのに。
建物に入った。
さっきまで居たところとは全然違う。
綺麗な場所。
ご主人様の宿かな。じゃあわたしは、奴隷部屋に入れてくれるかな。
せめて、屋根が有ると良いな。
「お帰りなさいませお客様。
そちらはどうなさいますか?」
「連れていきます。風呂を少し汚すから、これを風呂の人に」
「畏まりました。他に何か御座いますか?」
「この子の服をこれで見繕って、明日届けてくれませんか?」
「畏まりました。人をやっておきます。夜食はご入り用ですか?」
「これで今できる量をお願いします」
「畏まりました」
あれ?
ご主人様の言葉が違う。
声も違う?
でも、綺麗で暖かみの有る声に変わりはない。
あれれ?
髪の色が、赤い? 青かったような。
考えいる間も、運ばれていた。
奴隷なのに、歩かずご主人様に運ばれてしまった!
でも暖かった。
それに怒られなかった。
ここは、お風呂?
わたしは、お手伝いすれば良いのかな?
「君を洗うから、あまり動かないでね」
!
わたしを洗う!?
この、汚ならしいわたしを。
何かを言う前に、ご主人様は洗い始めちゃった。
「痛かったら言ってね」
痛いことなんてない。
これが痛いなら、今まではどれ程の激痛だと言うの?
そして、ご主人様がわたしを見て、わたしに声をかけてくれた。
とても暖かい気持ちになる。
今まで、声をかけられることは恐怖でしかなかったのに。
声をかけられることは悲しみでしかなかったのに。
期待すら忘れていたのに。
とても暖かい。
あれ?
水浴びじゃなくて、お湯だ。とても暖かい。
それにこれは、石鹸?
とても良い匂いがする。
身体を、洗われる。
とても丁寧に。
とても大切にしてくれてるのが伝わってくる。
どうして?
どうしてそんなにご主人様の手は暖かいの?
どうしてそんなに心を込めてくれるの?
沢山の埃が付いていた筈の頭を洗ってくれた。
今まで殴られて、叩かれた頭を。
頭の獣耳を洗ってくれた。
切られた右耳を丁寧に。残った左耳を撫で付けて。
今まで、獣もどきと引っ張られ、切り払われた獣耳を。
エルフ耳も洗ってくれた。
切られた左耳を繊細に。残った右耳を滑るように。
今まで、エルフらしくないと握りつぶされて、切り払われたエルフ耳を。
腕を洗ってくれた。
肉もつかず、力がなく非力だと、役立たずと殴られ、アザの消えない腕を。
手を洗ってくれた。
何をしても不器用で。
そのくせ食べるときは使えるのかと、踏みつけられた手を。
足を洗ってくれた。
靴もなく、傷だらけの足。
腕と同じで肉がつかず、走るのも遅くて蹴られ続けた足を。
胸も、洗ってくれた。
身体は小さいのに、胸だけ太ってしまい、バランスも悪く、女性にも蹴られ、踏まれ、ナイフで刺された胸を。
……? なんだろう? 暖かな気持ちとは別の、気持ち?
洗われて気持ちいいのとは、少し違うような?
身体全体を、丁寧に洗われて。
そして、忌み嫌われた顔を。
色の違う瞳。
バランスが悪いと罵られ、殴られ、もう覚えていない角まで折られた、顔を。
綺麗に綺麗に、洗ってくれた。
初めて入ったお風呂は、暖かった。
でも、もっと暖かいのは、一緒に入ってくれたご主人様だった。
お風呂を出ても、清潔なタオルで拭いてくれた。
そして、くりーむ、かな?
身体に塗り込んでくれた。
なんだろう、とてもしっとりする。
さっきまで着ていたのとは違う、綺麗な服。
「俺の替えしかないけど、悪いな」
どこが悪いのだろう。
少し大きいけど、すっぽり入る。
ご主人様の匂いがして、とても落ち着く。
落ち着く?
匂いがしたら、いつも危なかったのに?
いつも痛いだけだったのに?
どうして?
良い匂いがする。
沢山、美味しそうな、暖かそうなご飯がある。
少しでも食べられるかな。沢山有るし、ちょっとは食べられたら、嬉しいな。
そんな思いを吹き飛ばすように、これはわたしの食べ物だった。
「さあ。食べて良いんだよ。君のために、頼んだものだからね」
こんなに沢山の暖かいものが?
お肉もある。
ぐちゃぐちゃになってない食べ物。
腐りかけてない食べ物。
フォークやスプーンもあるけど、使い方なんて、忘れちゃった。
そうしたら。
「ほら。ゆっくりと、いっぱい食べな?」
ご主人様が、食べさせてくれた。
どうやってか、わたしの食べたい順番で。
食べたい量を、食べさせてくれた。
美味しい。
でもそれは、食べ物の味だけじゃない。
ご主人様の優しさが、とても美味しく感じるの。
お腹いっぱいになったのは、初めてだった。
何故か、涙が出てきた。
ずっと痛くて、悲しくて、流してきた涙。
流せばより痛くなって、悲しくなるから、流さなくなった涙。
でも、流れちゃった。
嬉しくて、暖かくて流したのは、初めてだ。
そんなわたしを。
「幾らでも泣いて良いんだよ」
ご主人様は抱き締めてくれた。
服が汚れることも厭わずに、ずっとずっと。
泣き止むまで。
「 」
「何がだい?」
「 うして、ご主人様は、そんなにも、暖かいんですか?」
久しぶりに声を出した。
自分から喋れば、叩かれる。
でもご主人様なら、大丈夫だと、そう思えた。
「どうして、ご主人様は、こんなわたしを、大切に、してくれる、んですか?」
久しぶりの発声だから、つっかえながらの声。
でも、ゆっくりご主人様は聞いてくれた。
「どうして?」
どうしてご主人様は、わたしを嫌わないでくれるの?
「それはね」
それは、とても予想外の。
「君が君だからだ」
訳のわからない理由。
「俺は君が欲しいと思った。
君のことを大切にしたいと思ったからだ」
理由なんてない理由。
「たとえ君が世界中から嫌われていても」
そう、わたしは世界から弾き出された、ナニカ。
「俺は君を、大切にする。そう、決めた」
でも、ご主人様は、わたしを?
その言葉には、何もない。
何の悪意も嫌悪もない。
ただただ、暖かさが、こもっていた。
「まだ聞いてなかったね。君の、名前は?」
「わたしは、6番。ろくでなしの、6番」
名前も、ない。
わたしのそれは、たんなるばんごうだった。
「ならば、俺が君に、名前を贈ろう」
「良いんですか……?」
名前がある。
わたしというそんざいがここにあると、みとめてくれるような。
「ああ。君の名前を。ここにいる君のために」
わたしのなまえ。
それは。
「【ユニ】」
ゆ、に?
「そう。君は、ユニだ」
「ゆに……」
「唯一無二であり、唯一の俺と共に歩む、君の名前」
「ユニ」
「ああ。そうだ。ユニ」
「ユニと名乗って、良いんですか?」
「ああ。君は。君が、ユニだ」
ユニ、ユニ……、ユニ……!
「わたしは、ユニ。ユニは、ユニ!」
「ああ、ユニ。気に入ったかい?」
「はい! ご主人様!」
「そうだ。俺も名乗ってなかったな。
俺の名前は、レッド。
レッドと呼んでくれ」
「レッド……様? 呼んでも良いんですか?」
名前を呼んでも良いの?
人のように。
わたしが、ユニが、あなたのなまえをよんでいいんですか?
「ああ。そう呼んでくれ」
「レッド様……。レッド様ァ!」
流し尽くした筈の涙が、また流れてきた。
名前がある。
名前を呼べる。
身体は綺麗で、お腹はいっぱいで。
夢ですら想像できないような、幸福感。
「ユニ」
「はい。レッド様」
「変わりたいか?」
「……?」
変わる。なんだろう。
「俺は君を、ユニを、変えることが出来る。
君の身体を癒し、そして役に立てるように。
変えることが出来る」
「!」
変われるの。
でも。
「ユニは、レッド様の好きなユニが良いです。
レッド様の好きなユニでなくなるのなら、嫌です」
いってしまった。でも、これはいいたかったの。
たとえ、これでゆめがこわれても。
「大丈夫。俺が好きなユニそのものが変わる訳じゃない。
君は、身体が弱いだろう?」
そうだ。
ユニは、レッド様の役に、立てない。
ユニは幸福になっても、ユニがわたしで有ることに、変わりはない。
「だからこそ。君を、変える」
「変える……」
「君に力を、あげられる。強い力、早い足、器用な手、見える目、聞こえる耳を」
それは!
ユニがいつかのぞみ、あきらめたこと。
「だけど、それは君に苦しみを与える。一時の苦しみだが──「変われば! レッド様のお役にたてますか?」──! ああ。当然だとも。受け入れてくれるかな?」
「はい!」
レッド様のためなら、あなたのためなら、ユニは何でもします。
あなたが、ユニを必要としてくれるなら。
あなたが、ユニを大切にしてくれるなら。
「なら。行くよ。『我が魂の眷属たるユニよ。我が力を以て、汝の全てを、我のものに』」
レッド様の力が、入ってくる。
ユニの全てが作り替えられていく。
だけど。
ユニの思いは。
変わらない。
たった1日でも。
たった数時間でも。
ユニは、決めたから。
レッド様のユニになると。
ユニは、レッド様のユニなのだと。
魂を駆け巡る、暖かな力。
ああ、ユニは。
──レッド様のお力になれるんだ──
身体を作り替えられる幸福と激痛に。
ユニはいつの間にか、眠っていました。
起きたら、ふかふかのベッドで、レッド様に抱き締められていました。
ああ、暖かい。
レッド様の、お力に。
どうしたらなれるのだろう。
ユニが、どうやったら。
────エクストラスキル<サキュバスの因子>が解放されました────
あれ?
こうすれば、良いのかな?
あれ、落ちが?
属性ごった煮ロリ巨乳ガールヒロインです。
途中のひらがな構成は仕様です。
次回は、そのレッド様視点に、時間と共に戻る予定?




