第62話:彼女との会話──になってるかは不明
わりと残酷な描写有り?
12日目:交易都市ハラスラ:火蜂の宿、客室
ソレは、ナイフである。
綺麗な装飾と、美しく光る白刃。
刃には、痛みを無くすというスキルが付けられていた。
精神を落ち着かせる効果を持つ鞘に納められ、そのナイフはとある女性が所持していた。
そのナイフの役割とは──自害である。
高貴なる者に連なる家柄の娘として、野蛮なともがらに身を汚される前に。
生まれ変わりを果たすときに、美しく、また高貴なる家に生まれいづるよう、清き身体と精神、魂で終われるよう。
その為のナイフであった。
役に立つ為に存在し、しかし使う機会に恵まれてはならない懐刀。
しかして、その時は訪れた。
未だ少女たる彼女を乗せた馬車を襲ったのは──盗賊。
この世界では珍しくもない、盗賊達の襲撃だった。
優秀なはずの護衛は殺され、残されてしまった彼女は。
落ち着いて自分の胸に突き刺せるよう、白き鞘を握りしめ。
もう一方の手で、逆手に柄を握り、白刃を胸に──届かせることは出来なかった。
誤算だったのは、盗賊達のスキル。
動きを止めるスキルにより、彼女は死ねず、盗賊達のねぐらへと連れてかれた。
その後、スキルを使った者:盗賊の頭目のお気に入りとなった彼女は、精神と身体を磨り減らしながら。
しかし、鞘の効果で精神は癒されながら。
幸か不幸か、彼女は真っ当な精神で狂いかけていた。
何かの気紛れか。
彼女に似合う白のナイフだけは取り上げられることはなく、所持し続けることが出来た。
それを突き刺すことは、盗賊にも自分にも出来なかった。
転機が訪れたのは、魔物達の襲撃。
豚頭の魔物の上位種が率いる、寝込みを襲った襲撃だった。
盗賊達も健闘したが、強力な上位オーク種の率いる群れは強く、不意討ちというファクターは大きすぎた。
男は食糧に。
女は、繁殖用に。
ゴブリンと同じように。否。
ゴブリンよりも、力ずくで、母体に負担のかかるオーク達の繁殖は、勿論彼女も対象となった。
人の獣に襲われ、豚の化け物にも襲われた彼女は。
ある程度は配慮された盗賊と違い。
同じ道具でも、恐ろしく手荒に扱われた彼女の肉体は。
容易にその命を散らした。
遺された屍体は、食糧になる──筈だった。
還る筈の魂は、ソコに残り、屍体は屍体と成りて動き出し。
握り決して離さなかったナイフを振り回し、オーク達を悉くを殺し尽くした。
その執念は恐ろしく。
尽きぬ狂気は狂わしく。
幾度屍体が壊れてもなお、禍々しい魂から発せられる激しい衝動が肉体を構築し続け。
上位種のオークでさえも、そのナイフで脳天を突き破り。その肉をバラバラに。
特に一部は細切れになるまで切り刻んだ。
彼女だったものはその後、繁殖部屋へと赴き、彼女の侍女だったもの、同じく囚われていた女達。
彼女達の首を断ち切り、魂を解放し。
胎のオークさえもさばき尽くした。
そして彼女だったものは、盗賊からオークのねぐらになり、ただオークだったものの死体置き場へと変わった場所から出て。
人の形をしたものを襲い尽くした。
最期には、高位冒険者達が燃やし尽くし、聖職者が祓魔を行うことで、沈静した。
彼女だったものの灰からは、ナイフと鞘が見付かった。
赤い──紅い血に染められた刀身。
白い──何にも染まらぬ真白の鞘。
その2つは、どれだけ離してもいつの間にか近くにあった。
そしてそのナイフを持つものは、日夜悪夢に襲われ、何かの声が聞こえるようになり。
人の形をしたものを。
特に男を。
肥えた男を。
醜き男達と、助けてくれなかった女達を。
襲うようになった。
血を啜るごとに赤さはより鮮やかに。
人を惑わすごとに白さはより白明に。
今宵もナイフは。ナイフである彼女は囁き、呪い、その怨嗟の声をあげる。
豚を、殺せと。
──────────
『うるさいわ! 少し黙れ!』
『殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ──!?』
『あと長い! 思念の夢長い!』
『──こっ、殺せ?』
このナイフの物語は、俺にこのナイフが送ってきた実在する過去……をより悪辣に脚色したものだ。
持ち主が見る悪夢ってのは、彼女が受けた仕打ちと、行った所業だろう。
まぁ、その程度、スナッフムービーにも足らんわ。読者にはオススメしないがな。
第一、<精神耐性:レベル:MAX>有るし。
『その程度の殺意では温い!』
『ヒェッ!?』
『温すぎるわ! 呪うならもっと呪え!』
『のっ呪う!?』
『殺すにももっと考えてやれ!
途中で殺られるような殺し方をするな!』
『ころっ!?』
『しかもなんだあの温い殺し方は!
もっと苦しめるやり方も有るだろうが!
せっかく痛みをより強く与えられるんだから、きちんと苦しめて殺せ!』
『ひゃ、ひゃい!』
『長い刀身なんだ。刺して抜くよりも、刺してからグリグリ抉れ!
刺すときも、同じところではなく、近い別の皮膚を切り裂け!』
『ひゃい!』
『良いか! 俺がこれからお前を使ってやる。これから殺すときはお前を使ってやる。
俺を見て学べ、良いな!』
『ひゃい! 分かりました! 旦那様!』
────旦那様?
──────────
エルさんどう言うこと?
エル:…………。
エルさん?
エル:マスターが共感を覚えたのは、ヒトに対する殺意によるものと思われます。また、殺意には嫌悪も含まれるため、それが該当したものかと。
うん。それで、旦那様ってなに?
エル:本来、名称<怨讐ノ鮮血殺刄>は装備者を殺意に駆り立てますが、マスターの殺意に塗り替えられ、人格に相当するものが一部蘇り、マスターを上位者と認めたようです。
そうなの、君。
『そうでございます旦那様』
旦那様……。そういや、高貴なとこの娘なんだっけか?
それで旦那様呼び?
さっきまでのおどろおどろしい声と違って、澄んだ綺麗な声だし、悪くない。
エル:……。
勿論、エルが一番だ。
それを疑うことはないぞ。
エル:……了。
エル、この娘の詳細を。
エル:……表示します。
<怨讐ノ鮮血殺刄>
ランク:エクストラ
スキル:<痛撃膨激><人豚殺行><精神白失>
とある令嬢のもつ自決ナイフに、狂おしい程の狂気と呪いにより、残留思念が魂となり宿ることで呪いの武器と化した。
意思もつ武器であり、負の側面の強い呪いの武器。
その呪いと怨嗟が続く限り、より強くなり更に負を撒き散らす。
<痛撃膨激>
本来は痛みを打ち消す作用が有ったのだが、怨嗟により逆転。
肉と心、魂に痛みを与え倍増させる力を得た。
<人豚殺行>
人の形をした存在。
特に人族、オーク種の肥えた男性に対して、殺害時強大なボーナス。
<精神白失>
白き鞘のスキル。
鞘は決して無くなることはなく、刀身と一対で有り続ける。
持ち主の精神を白失化させる……筈が個体名:レッドに歪められた。
敵対者の精神を狂わせる力を持つ。
ほうほう。エクストラか。
いや分かってたけど。
スキルも良いものだし、これからサブ武器として使えそうだ。
正しく懐刀だな。
『お気に召されたでしょうか?』
おう。良いぞ。
そういや、お前の名前は?
ああ、ナイフのではなく、お前の人格の話だ。
『ひゃい!? ワタシの、ですか? ワタシは私であったものの感情、意思、魂の一部ですので、名前は有りません』
じゃあ俺がつけよう。
……イフだな。
『イフ……ですか?』
ああ。ナイフってのもあるが、if:イフだ。
様々な未来を作り、様々な敵の未来を狩り尽くす。
畏怖させるって意味もあるぞ。
『旦那様……。ありがとうございます。ワタシはこれからイフと名乗ります』
うん。
まあとりあえず、殺し以外ではしまっとくね。
『はい。ご迷惑にならぬよう、静かにしております』
よし、これでいいな。
まさかの、呪いの武器を言葉だけで従えてしまったが結果オーライと行こう。
良い武器であることに変わりはない。
明日は奴隷市。
エル、また今日も頼むぞ。
エル:了。マスター。
……あれ? イフさんがやけにヒロイン度高い。
最初のヒロインはこれから出すのに……!
イフがさらっと改心(?)したのは、<意識投射><教導><変異誘発><凌駕する唯一者>
そして<人間ヲ嫌ウ者>の効果です。
普通の人間。普通よりもかなり強い人間でも取り込まれます。
英雄手前、高位の聖職者、元から精神ヤバい人じゃないとレジスト出来ません。
勿論人外なレッド君なら関係ないね!




