第113話:セイレル鉱山──激突その5
17日目:セイレル鉱山
イフを右手に、リチャードと切り結ぶ。
イフの力が増し、リチャードから盗んだ技術を発揮できるようになったため、互角に近いやり取りが出来るようになった。
とはいえ、剣の技術でそうそう勝てるわけがない。
あちらは才能に溢れ、努力の出来た元英雄。
加えて、アンデッドの体質。
その剣の腕は、尋常ではない。
だが、こちらもまた、尋常ではない。
異常であると言うべきだ。
俺の持つスキルの中で、アルティメットスキル<凌駕する唯一者>がある。
このスキルは成長系スキルの最高峰。
成長すらも加速させる、究極の名に相応しい力を持つ。
そして、有る2つの条件により更に成長を加速させ、飛躍し、進化と見間違うようなレベルまで達する。
その1つの条件は、魂の衝動。
俺の迸る感情、それをスキル<凌駕する唯一者>に捧げる。
荒れ狂う感情は、成長の燃料となり、冷徹な思考が保たれ。
その成長速度は永続的に加速する。
そしてもう1つ。
このスキル名は、凌駕する、と銘打たれている。
この凌駕するとは、何かを越えるということ。
何かを越えるときにこそ、その効果を最大限以上に発揮する。
普段は一瞬前の自分。
10秒毎に2倍になるような無茶なことはまだ出来ないが、一瞬毎に成長力と成長速度が上がっていく。
そして今回は、明確な越える対象が有る。
リチャードという、強者。
そして、その壁は絶対に越えられない壁ではなく、俺という異常ならば一足飛びに越えられる壁である!
リチャードの剣筋は、既に見極めた。
あとは、適応するだけ。
身体を、作り替えろ。
リチャードの剣術を、俺の身体で再現し、そして改変する。
より、俺の身体に、精神に、魂に噛み合う剣術に変えていく。
力の入れ方、繋ぎ方、抜き方。
リチャードの剣術は、高いレベルで纏まっている。
だがそれは、リチャードという個人にカスタマイズされた剣だ。
俺とエルは、リチャードの剣から、汎用的な技術を盗み、個人的な技術を盗みながら、改変、化合、分離、変質、派生を作り上げていく。
その動きはもう通じない。
一振り毎に、加速する。
一振り毎に、差はつまる。
一振り毎に、形勢は変わっていく。
「ア?」
そして1度越えてしまえば、逆転した形勢は、取り返しのつかない速度で開いていく。
俺の身体には、傷はない。
さっきまで無数に付けられていた切り傷は、ある時を境に減り始め、今はもう掠り傷1つ増えることはない。
対して、ずっと攻め続け、生なかな攻撃は捌き、魔術は鎖により弾いた為にダメージのなかったリチャード。
今や、身体中に切り傷と、魔術痕が刻まれる。
鎖は断たれ、身体の傷はアンデッドの修復力でも治しきれない速度で増える。
それでもなお、絶やさず燃える憎悪と、止まらない剣。
──だが通用しない。
もう、お前の剣の全ては暴きたてた。
エル:個体名:リチャードの剣の才能、スキル・称号に現れたものを解析完了。<凌駕する唯一者>に統合します……。完了。以後、剣に関する成長は更に増大します。
ずっと非推奨非推奨言ってたエルさんも認めてくれて、やってくれた。
身体中の腱を、骨を、関節を切り飛ばし、<回復魔術>の応用で、修復を止める。
あっちでギャーギャー言ってるリッチは無視だ。
剣を持てなくなってなお、憎悪を武器に、噛み付いてくるリチャードの額に、短剣状に戻したイフを叩き込む。
<畏怖恫導>
リチャードの精神に干渉する。
イフのスキルだけでなく、俺の<精神魔術>と<意識投射>、そして恐ろしく汎用性に富んだ<愛撫>スキルを並列発動し、<契約術>を起動しリチャードの魂を確認しやすくする。
『私はただ剣を極めたいだけなのに』『私ヲ裏切ッタ全テの人間二死ヲ!』
リチャードという個人の魂は、アンデッド=リチャードの中に全て存在している。
アンデッド特有の変質の仕方をしておらず、歪な変質の仕方。
そして魂全てが存在しているという異常。
これは、<不断ナル復讐ノ連鎖>で縛られていたからか。
本来、アンデッド化の際にあらかたの魂は抜け、残った残留思念や、分離した魂が変質するものなのに。
リチャードの内部は、精神分離してる訳ではないが、極端な二面性を持った状態のようだ。
それは、ただ剣を振っていたいというリチャードの本質。
もう1つは、リチャードが成長していく上で形成し、環境によって歪みきった憎悪。
極端なまでの二面性は、リッチ=ウォーレスの拙い呪術による副作用か。
では、どちらもリチャードである感性に語りかける。
俺と共に有れば、どこまでも剣を追求できる。
俺と共に有れば、人間に復讐し殺戮できる。
魂に僅かでも干渉したからこそ、リチャードの歴史と感性をエルが拾い上げ、俺へと送ってくれる。
剣を振っていたいだけなのに、干渉してくる環境。
環境故に生まれた憎悪。
そのどちらにも働きかけ、誘導し、統合させていく。
リチャードの魂に繋がれた鎖。
リッチ=ウォーレスに繋がる鎖。
これを強引に、繊細に断ち切り、リチャードを操られる存在ではなく、個人としてのリチャードとする。
『貴方が私を剣の限界へと、人間ヘノ復讐ヲ叶エテクレルナラ。
私は貴方と共に行こう。貴方とならば、私は更に先へ行けそうだ』
リッチからラーニングしていた<死霊魔術>、魔物を操る大元とある神与の迷宮創造、最後に<契約術>で新たにリチャードを縛る。
このまま輪廻の輪に還ることも出来たリチャードは、しかし現世で剣の追求と人間への復讐を行うことを決めた。
誘導したけれど、良い結果だな。
リチャードの精神世界から戻り、リチャードの額からイフを引き抜く。
ちなみにこの間、俺の主観で20時間程、実時間で刹那程。
凄く疲れました。
まっ、剣の技術と、リチャードという札を手に入れる事が出来た。
「貴様! リチャード二何ヲシタ!」
リチャードの身体は既に修復し、俺の後ろで控えている。
リチャードとのつながりが消失して焦っているのだろう。
『ご苦労だったな、みんな。
後はアイツを殺すだけだ』
あんな小物は要らねぇ。
元々、自分で創造した魔物以外は使役する気はなかったが、リチャードは特別だ。
この異常なる男は面白い存在だった。
特にその憎悪が。
「クッ! コウナッタラ────」
させねぇよ。
リチャードに割かれていた枠がなくなり、死霊を呼び出そうとしたのだろうが、遅い。
リチャードから盗んだ加速法で一気に肉薄。
リチャードの剣を改変した剣術で、イフを振るう。
イフに呪詛を込め。
リッチの頭蓋に。
絶命の一撃を叩き込む。
『<紅之呪殺撃>』
呪っていうのは、こうやるんだよ。
「ア゛─────!!!!!」
きたねぇ悲鳴だな、色んな意味で。
凌駕、という言葉が一番好きな言葉です。
ゲームネームとかにも時折使うほどです。
本当は別のプロットの主人公ネームだったのですが、こちらで使われました。
レッドという名前は使いやすくてビックリです。




