No.6
鬱蒼とした雑草と木々の合間の連絡道を通って歩いてきた俺とセディさんは、日暮れ前に目的の街、セレンティに到着していた。俺はギルドカードのような物を持っていなかったが、セディさんの御蔭で無事街に入ることができた。まさか、警衛所のような場所が街の出入り口にあるなんて……もうすでに俺の知っているセレンティとは違う面を見せていた。
しかし、何とか街に着けた……これで野宿しなくて済むかな?
それに、あんなことがあったと言っても腹は減る。どこかで美味しいものでも食べて腹を満たしたい。……あれ? そういえば、俺、この世界で使える通貨、持ってたっけ?
サーっと血の気が引いていく感覚。慌てて体中のポケットと言うポケットを弄り、飛び跳ね、そして天を仰ぎ見た。
「ない……」
「どうしたんですか? いきなり。何が無いんです?」
「いや……その、金が、無くてな」
どうしようか、ここは誤魔化しでもして話を流そうかと思ったが、ここで話を流したところで金がない事に変わりはない。それならむしろ、金の当てとか、貸してもらうのは……後が怖いから貸し借りはしたくないが、どうするべきか。
「なんだ、金がないのか。確か、魔工技師だと言っていたじゃないか。どこかで何か作って売れば良いんじゃないか?」
「いや、物を作るための材料はないし、一晩明かす場所もないんだ」
「ふむ……なら、私と一緒にギルドに来るか? ギルドなら、ある程度の物を作る道具もあるだろう。なに、私から話をつけておくから遠慮なく来ると良い」
「は、はぁ……」
渡りに船、とはこの事か。
これで一応一晩を無事に過ごす事が出来そうだ。まぁ、セディさんとギルドに行ったら厄介事に巻き込まれそうだが、熊野郎の事だったらしょうがないので文句なしで付き合うけど。
問題は、本当にアイテムを作ることができるのかという事か。
ぐぅぅと腹が鳴る。
「……」
「ん? 腹が減ったのか。それじゃあ、先に食事にすることにしよう」
「……申し訳ない」
「いやなに、私は命を救われて今ここにいるんだ。食事を一緒にするぐらい何ともない」
恥ずかしい。
まさか腹の音を聞かれるとは。
……早くアイテム作って売っぱらおう。そしたら今度は俺がセディさんを食事に誘うんだ。カッコつかないだろうけど、今は腹が減ってる。セディさんからのお誘いを無碍にして苦しみ続けるのは下策だ。需要があるんだったらポーションなりなんなり作って売っぱらおう。
問題は、それをできるだけの素材と、許可が下りるかどうかなんだが。
それから、セディさんに連れられてきたのは大衆居酒屋のような所だ。
所謂酒場、という場所だ。他のゲームなんかじゃ色んな人から情報を交わしたり、ギルドメンバーを誘ってみたりできる場所になってるが……ここは普通に飯を食うことができるみたいだ。
文字を読むことが出来ない俺は、セディさんにお勧めの食べ物を聞いて注文してもらうことにした。金もないし、セディさんが勧める事を食べるのが一番。そこで、メニュー表を手に取ってみると、例のカードと同じように半透明の説明表みたいなものが目の前に現れた。文字の羅列に目を通し、おそらくメニューの内容なのだろうと当たりをつける。
……やはり、俺は手に取ったものを解析することができる、らしい。
実際のところどうなのかはわからないが、多分、そういう事なんだろう。
店員が持ってきた焼き鳥らしき物を手に、セディさんと一緒に頂いていく。何の肉を使ったものなのかはわからないが、焼きあがったばかりの焼き鳥は凄く良い香りがして、思わず齧り付いてしまったが、その瞬間にジューシーで肉汁がたっぷりと口の中にあふれ出した。しかも臭みがない。タレはかかっておらず、簡単に塩で味付けしただけなのにこの味。
「うまい!」
「ふふ……気に入ったようでよかったよ」
焼き鳥にがっつきながら、ふと通貨のことについて考える。
このメニュー表にもあったように、通貨の単位は『ヴァル』。焼き鳥1本の値段が50ヴァルとなっているから、おそらく1ヴァル2円くらいの感覚なのかもしれない。あくまで感覚だが。
思い出せる限り、薬草1枚が50ヴァル。ポーションなんかは1本200ヴァルで販売されていたはずだ。となると、ギルドに収めるときの値段はそれ以下。半分以上だったら良しとするべきなんだろう。……焼き鳥でこの値段なら、普通の宿の料金は如何ほどのものなのか。
「お、セディちゃん! 食ってるかい!」
「大将。美味しくいただいてます」
「そうかいそうかい! あんたいたいな強くて美人さんが来てくれるとなると嬉しくて嬉しくて……」
数が少なくなってきた焼き鳥を見ながら考え事をしていると、セディさんに誰かが話しかけていた。大将、と言うからにはこの店の店長なのだろうけど……筋骨隆々の逞しい立ち姿で照れているおっさんの姿がそこにあった。とてもじゃないが、ちまちまと焼き鳥を1本1本丁寧にひっくり返し……を続けているような人には見えない。
もしかすると、近くで焼き物をするから熱に耐えるために筋肉をつけているのかもしれないけども。
「それで、この子は?」
「この人はソウリン。私の命の恩人だ」
「初めまして、ソウリンです」
「命の恩人……!?」
ザワ……と店の中が一層ざわついたような気がする。
視線だけを動かして周囲を見回してみると、結構な人がこっちを見ながらひそひそ話をしていた。セディさんには聞こえてなかっただろうが、さっきまでは恋人やら愛人やら、はたまた気まぐれで奴隷、なんて言葉まで聞こえてきていたけども。今となっては命の恩人というワードで沸騰中である。
……確かに俺は熊野郎を寝付かせてセディさんを助けた、事になるんだろうけど……すぐに気絶して倒れてしまったからあまり実感がない。むしろ、あの場所から遠ざけてくれたのはセディさんだ。
「それは、また……坊主、見た目に似合わずすげぇ奴なんだな」
「え、それはまたどういう」
「そりゃお前さん! セディちゃんはこの見た目でAランクの強者だからな! そんな人の命の恩人だってんだからおっちゃん驚いちまったよ! ちょっと待ってな!」
……え?
Aランク?
……Aランクってのは、セディさんの見た目の事だろうか? そりゃ確かに、俺なんかが一緒に食事を楽しんでいて良いのかなってぐらいに美人さんだし、武士然としているところとかギャップでむしろ可愛らしいというかなんというか……いや、ほんと今になって恥ずかしくなってきた!
「すまない……そういえば話してなかったな。私は、一応Aランクの冒険者としてギルドに所属しているんだ。まさか、不意だったとはいえ、あのような事態になるとは……」
「は、はぁ……」
「よっと! こいつは俺からのサービスだ! 坊主、食ってでっかくなれよ!」
ドンと大皿が運ばれてきて、その上には焼き鳥やら野菜やら野菜やら肉やらが乗っていた。それはもう、良い匂いを漂わせているからにはすぐさま手を出したくなる。
――が、その前に一つだけ訂正しておきたいことがあった。
「大将……で良いのかな。俺、坊主っていうほどの歳じゃないですよ」
「何言ってんだ。お前さんの見た目なら、だいたい20歳ぐらいだろう?」
「いやいや、それは若く見過ぎですって! 俺31です!」
「31!?」
一層、ざわつきが大きくなったような気がする。
……そういえば、日本でもそうだ。基本的に日本人の顔は海外の人からすると幼く見えるらしい。逆に、海外の人はよく成熟して見えるのは顔のほりが濃いからであって、薄い顔……と言うのも変な感じはするが、そういうのは童顔のように見えるらしい。
その原理がこの世界でも働いているのだろうか。
店の中にいる人たちの表情は、一様にして驚愕に染まっているなか、俺は一人納得のいかないような表情をしていただろう。




