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イン・ザ・ユートピア  作者: Sonnet
ドロッピン・ザ・ユートピア
5/6

No.5

 ──上下に揺れているような感覚に、意識が浮上する。

 妙な暖かさに包まれているような、でも背中はちょっと寒いような。昔、子供の頃にこんな言い得ない感情を抱いていたような、なんとも言い難い感覚に苛まされるように、ぼんやりと身動ぎした。


「ん? 目が覚めたのか」

「え? ……えぇ?」


 声を掛けられたのを切っ掛けに、俺は目を開けた。

 が、何故か俺は誰かに背負われていた。

 まだ覚醒仕切ってない頭でもわかる。今の声質的に、俺の事を背負っているのは女性だと。妙に高い声の男性だったらそれはそれで嫌だ。何てったって、この歳になっておんぶしてもらうなんてねぇ……周りに誰もいなさそうだから良いものの、恥ずかしさに頬が熱くなってくる。

 それにしても、何故俺は今背負わされているんだっけ?


「……あ! そ、そうだ、あの熊野郎!」


 暢気なもんだった。

 まさか自分の命を何とか瀬戸際でどうにかしたという事態に陥っていたのに、寸前まで思い出せないとは。最後の記憶だと、盛大な鼾をかいて就寝めされた熊野郎の姿を見て安心しきったところだったが……まさかそのまま意識を飛ばしてしまうなんて。


「あぁ、ゴールデッドベアの事か? 私の剣では止めを刺せそうになかったら、あのままにしておいたよ」

「そ、そうですか……。それで、どうして自分は今背負わされているんです?」

「さすがに命の恩人をあのまま野晒しにしておくわけにはいかなかったんだが、生憎(あいにく)、ここまで乗ってきた馬車は壊されてしまったし、背負うしかなかったんだ」

「そうだったんですか……」


 と、言うことは、この人があの時俺が助けることのできた女性ということになるのだろう。あの時は慌てていて女性の事を注視できなかったが、良い人そうで良かった。あのまま放置されていたら、熊野郎の方が先に目を覚ましていたかもしれなかったし。

 ……そういえばこの女性。さっき止めとかなんとかって言ってたか?


「も、もう自分で歩けますんで!」

「そうか? あれだけの魔法を使ったんだ。魔力欠乏症とまではいかないが、まだこのままの方が良いのでは」

「だ、大丈夫! 大丈夫ですから!」

「ふむ……そこまで言うのであれば」


 痩せてるとは言え、男性一人担いで普通に歩いてたのか。10kgでも俺は厳しいぞ。

 恥ずかしさはあったとは言え、こうして正面に立って女性の表情をのぞき込んで、その凛とした表情に見惚れてしまった。あの時は土で汚れていたと思うが、どうにかして土を落としたのだろう。これで化粧の一つもしてないんだったらかなりの美貌だ。

 そして、先ほどから気になっていた腰のぶつ。剣だ。まさかの帯剣である。真っ直ぐな鞘を腰にしている事から、日本古来の刀のような曲刀などではなく、直剣なのだろうと当たりをつける。しかも、それなりに使い込んでいるように見える。


「えっと……お名前を聞いても?」

「む? 私としたことが。名前を言い忘れているとは。私はセディ。セディ・パール。一応、『永久の訪れ』というギルドに所属している。見たところ、貴方もどこかしらのギルドに所属していると思うのだが」

「あー……いえ、特にこれと言ってギルドには所属してません」

「なんと!?」


 本当の事を言えば、俺はギルドに所属している。

 だが、実際にゲームのような世界の中で自我がはっきりしているという不可思議な現状に巻き込まれているこの状況で、安易にギルドに所属していると言って良いものなのか俺には判断できなかった。もし仮にギルドがあったとしても、本当に知っているメンバーで固まっているのかなんて、わかりゃしないんだから。


「俺はソウリン。ソウリン・ハヤシ……で良いのかな? 一応、魔工具を作ることを専門にしてる、かな」

「おぉっ! 魔工技師! 中々珍しいですね! 何年かギルドにいますが、魔工技師にお目にかかったのは貴方で2人目です」

「え」


 唖然。

 確かに俺がゲームとしてプレイしていた時からマイナーなスキルとして見られていたけども、それでも有力なアイテムを作ることができるスキルとして注目はされていたはずだ。

 なのに、実際には俺を含めて2人……? いや、まさか。この人も言っていたみたいに、単にそういう職に就いている人が表に出ていなかっただけだろう。


「あ、そういえば、これ」

「む? ……あぁ、やはり」


 ふと、カードの事を思い出した。

 懐にしまっていたカードを手に、それを真っ直ぐセディさんに渡した。俺が熊と相対する前に拝借した、例のカードだ。


「ビーさんはお亡くなりになってしまったか……無理もない。あのモンスターだ。逃げ切れなかったのか。ちなみに、これはどこで?」

「あの近くにいたら、突然、悲鳴と一緒に飛び出てきて。あまりに唐突過ぎて、自分は隠れてしまったんですけど……その、目の前で」

「ああ……それは、また……」


 もしかすると、あの人も助けることはできたかもしれない。

 が、あくまで希望論でしかないのも確かだ。あの時はまだ、魔法の魔の字も思い浮かばなかったのだから。人に出会い、熊に出遭ったからこそ、あの時俺は魔法を使えたんだ。それは間違いない。


「それで、今どこに向かってるんです?」

「今はセレンティに向かってる」

「セレンティ……」


 聞いたことがあるとか、そんなレベルじゃない。

 このゲームの冒頭、一番最初にいる街の名前がセレンティだ! まさかこんな所で懐かしい名前を聞くことになるとは……しかし、だとなると、一層気になることがある。何故最初の街にあんなモンスターが出てきたのかだ。


「何故、と言った顔をしているな」

「あ……」

「それを確かめるために私はセレンティに向かっていたのだが……まさかあんな所で出くわすとは思ってもいなかった。私が乗っていた荷車は横から攻撃されるし、御蔭で武器も飛んでいくし……そうでなければ、もう少しやりようはあったのだが」

「な、なるほど」


 特に動揺は見られなかった。

 俺にしてみれば死ほど感覚的にも遠いものはないんだが、この世界の中ではそうでもないのか。それほど、モンスターでもなんでも、生と死が密接になっている事を考えると怖気が走る。もしかしたら、俺があの場所で死んでいたかもしれなかったんだ。


「しかし、あのモンスターの存在が確かなものになってしまったからにはギルドメンバーとしての役目を果たさねばなるまい」

「……あの熊を討伐するんですか?」

「そうだ。そうしなければセレンティの今後にも響くだろう。何せ、他の街との連絡道をしっかりと確保しなければならない。……どれだけの犠牲が出るかわからないが、やるしかあるまい」


 犠牲て。

 確かに複数人以上での討伐が推奨されているモンスターではあったが、前もって準備をしておけば、犠牲なんて出さずに熊を討伐することはできるはずだ。もしかして、最初の街だけにここにいる人のレベルは低いのだろうか。

 ……それにしても、犠牲を強いるかもしれないと言われて無視できるだけの精神は持ち合わせてないし、さっきの感じからすると俺も熊野郎をどうにかする事が出来るだけの力はあるかもしれない。いや、あるだろう。これでもし魔工具を作成できれば、より心強い。

 そうじゃなくても、今は街に行って俺の知っている街かどうかを確かめるべきだろう。


「俺も、一緒に街に行きます」

「そうか! どうせなら貴方の手を借りたいところだったんだ。もしそうなったらよろしく頼む!」

「は、はい」


 一緒に行くと言った瞬間、セディはすごく嬉しそうな表情を浮かべて手を取ってきた。こうして彼女の顔を見続けていると、少し、美人に見えてきた。笑顔が可愛いというかなんというか。今までこういう経験もなかったから、そう勘違いしているだけなのかもしれないが……

 しかし、女性に頼られるってのは気分の良いものだなぁと、暢気な事を考えていた。

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