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イン・ザ・ユートピア  作者: Sonnet
ドロッピン・ザ・ユートピア
3/6

No.3

 目の前の現実から目を離すことなんてできなかった。

 特に、一度目を背けてしまったという事実があるだけ、罪悪感が俺の頭を支配してうまく動かなかった。眼前に広がる真っ赤に染まった地面。人間が生命活動をするために必要な肉体構造を成していない、肉片に成り代わってしまった何か。一旦目にしてしまうと、もう誤魔化す事なんてできない。


 最後に見た助けを求める手だけが、血塗られずにそこにあった。


「うぉぇ……!」


 見捨てた……

 俺は、見捨てた……!

 罪悪感なんて言葉で表し切れることなんてできないぐらいの感情が湧き上がる。それが、形となって喉の奥から込み上げてくる。思わず口を手で覆ったものの、鼻を突く鉄臭さに、堰を切ってしまったように吐き出してしまう。寸前まで何も口にしていなかったせいか口から溢れ出てくるのは胃液ばかり。

 ……魔法、魔法が使えれば、口を漱げるんじゃないだろうか。


「ウォ……ウォルテス」


 掠れる喉、ほとんど無意識の状態で口からついて出た言葉。

 魔法の『ま』の字も知らない、魔力どころか昔日本に存在していたという陰陽師のように気の存在すら信じていない俺に魔法なんて使えるわけもないだろうに、それでもわずかな希望に縋るように口から出た言葉。

 ――眼前。ほんの数cm目先に、何かが現れた。

 それが何かを理解する前に急激に膨張し始めたそれに、慌てて仰け反った。……気になっただけで、状況の変化についていけない頭に体は、力なくよろよろと動くだけ。

 ぼこぼこと、不格好だけど球状を保とうとしているのだろうそれは、急激に膨張したにも関わらずその反対側が透けて見えた。種も仕掛けもなく、急に現れて宙に浮いていたそれは、バスケットボールぐらいまで大きくなり、それから3秒ぐらいして急に重力を感じさせる動きをした。

 つまり、そのまま地面に落ちたのだ。

 バシャと、球状を維持できなくなったそれは、すぐに大地に広がって吸収された。


 VRを見ているような気持ちで信じられなかった俺は、ただその光景を見ていることしかできなかった。現実逃避も極まって幻の世界にトリップしてしまったかと思うほどに。今の精神状態を、自分でも判断することは難しかった。


「み……水……? ま、まじ、で? ウォ、ウォルテス!」


 呆然自失としていた俺に、ちょっとした希望が持てた。

 いや、ちょっとしたって言うのはさすがに気が引ける。本当は、藁をも掴む勢いで魔法の存在に目が眩んでいた。寸前までに繰り広げられていたであろう惨劇を忘れたいっていう気持ちもある。ただただ、俺は魔法の呪文を唱えていた。

 意識して呪文を唱えたからだろうか。

 同じように数cm前に現れた何かは、そこを起点に大きくなり始め、バスケットボールの大きさに留まることなく大きくなり続けていく。え? と思う間もなく、そのまま大きくなり続け、遂には俺の体そのものを包み込んでしまった。


「うっぶ!? ……ごぱっ!?」


 慌てすぎて、息を吸い込んでおくことも出来なかった。

 まさかの出来事に口から空気を漏らしてしまう。漏れた空気の代わりと言わんばかりに液体が口の中を満たしていく。口の中では満ち足りず、気管にまで入り込んできた液体を拒むことが出来ず、流れ込んでくる。

 やばい……!

 と思った瞬間。液体から解放され、新鮮な空気を吸い込むことがでる。

 ……その前に、気管に入ってしまった液体を吐き出さないといけない。


「ごはっ! げほっ、げほっ……!! げはっ!!」


 ビショビショに濡れた身体のまま四肢を投げ出し四つん這いになる。

 予想外の事態。モンスターに襲われそうになっていた事実と同じぐらいの奇想天外を自身で体感してしまったが、おかげで口の中は綺麗になったし、冷や汗と脂汗で汚れてしまった体には丁度いいシャワー替わりになったとでも考えておこう。

 咳込んでいたが、少しして落ち着いてきた。

 一人で結構騒いでしまったが、さっきのモンスターが戻ってくる気配はなかった。しかし……あのモンスター。画面越しにしか見たことがない奴だったが、身体のところどことに生えていた黄金色の体毛を鑑みるに恐らくゴールデッドベアだろう。

 巨大な躰に全身を覆う体毛。そして、先ほど述べた通り、ところどころにある黄金色の体毛が特色のモンスター。こいつは、ゲームの中でも攻撃力の高いモンスターとして名の高い奴で、とてもじゃないが低レベルのプレイヤーだと何人集まっても敵わないだろう。

 かくいう俺も、しっかりと下準備を整えたうえで戦いに望まなければ勝てないかもしれないぐらいには強いモンスターだ。それが、こんな所にいるなんて……もしかしてここは結構高ランクモンスターの生息地になってるんだろうか?


「いや、待てよ……」


 いまだ震えて止まらない体に鞭を打つようにして歩き出す。

 とてもじゃないが、このままこの場から立ち去ってしまいたい。という気持ちを抑え込んで、先ほどの男性がいた場所へと近づいていく。何か、この周辺について知りえるような、手掛かりになるような物でもあれば良いんだが。

 もしかしたらさっきの水流で持ち物も流されてしまったかもしれない事を留意しつつ、周辺を物色する。


 しかし……何でさっき俺は助かったんだろう。

 ゲームだと視線があっただけで敵対行動をとってくるAIだったはず。理由がわからない。現実に即したものとして考えるなら、単に見逃されてしまったか。それともこの男性が誤ってモンスターの縄張りに入り込んでしまったか。

 いずれにせよ、今の俺の命があって、この男性の命は助からなかったということだけは事実だ。未だに現状を理解しているとは言えないが、本当に運が良かっただけなんだという事だけは身に染みている。モンスターが戻ってくる前に。いや……他のモンスターでもなんでも、害を及ぼしてくるような存在にばれないうちに、何か、何でもいい……! 見つかってくれ!


 そんな、一途な願いが通ったのか、男性の体から少し離れたところ。木々の間から入り込んだ光に反射したのが視界に映り、そちらに手を伸ばした。そこに、一枚のカードのような物を見つけたのだった。


「あ……これ……」


 一度も見たことのない形状をしているそれは、何らかの身分を証明するようなものだった。文字は、もちろん読むことはできなかった。象形文字のような、とても、初見じゃ法則性を見出すことはできない。

 何とか見つけ出した手掛かりがこれじゃぁ……


「読めるかっ! くそっ! ……あ?」


 ほぼ諦めかけていた。

 いや、万に一の確率も俺に運気は無いとさえ思っていたといっても過言じゃない。だが、そこで俺にとっては奇跡が起きたんだ。フェニックスの指輪(本物かどうかはこの際度外視して、そういうものだと仮定しておく)だと判明した謎の事態が、このカードにも適応されたのだ。

 さすがに二回目の事態ともなると、さすがに少し仰け反ってしまったが、今度は冷静にその文字を読み取っていくことができた。


「『ティンバー・ビー(36歳)商人、死亡』……か」


 これは、ギルドカードのような物だったんだろうか。

 それとも、単に身分を証明する物ってだけで、これ以外に特に提示して役に立つというものではないと……? 実際、日本語で書かれてある文字はそれしか書いてない。

 詰んだ。

 この男性が商人だった、と言うこと以外に何も判明しなかった。

 ここからどっちの方向に行けば村だか街だかがあるっていう情報すら載ってない。いや、まぁ……物の流通を把握しているであろう商人からしてみれば、行商をする村同士の道程ぐらいは頭の中に入ってるか。それぐらいの能力がないと、さすがに商人としてやっていくのは厳しいのか?


 いずれにせよ、何とか手に入れることができたと思った手掛かりもパーになったと落胆したところで、腹の虫が盛大に存在を示し始めた。とても、今までの状況からじゃ飯を食べる気にはなれないが……人間が活動するうえでの当然の主張を体がしてきただけ。なんだが……そもそも食べるものすら何もないこの状況で、俺はどうやって生き延びればいいのだろう。


「ガァアァアアァ!!」

「きゃぁあぁあっ!?」

「っ!?」


 またしても絶望仕掛けたところで、またしてもあのモンスターの雄叫びと、そして女性の悲鳴が聞こえてきたのだった。

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