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イン・ザ・ユートピア  作者: Sonnet
ドロッピン・ザ・ユートピア
2/6

No.2

「誰かいませんかっ!!」


 誰もいない、そう感じているからこそ叫び出してしまった。

 だが、叫んではみたが、俺の叫びに反応して出てくる人はいない。

 果たして、俺の叫びを聞いて陰でせせら笑ってる人たちがいるのか。それとも、単純に俺一人だけこんな草原に投げ出されてしまったのか。しかし……こんなくさっぱらの真ん中で寝た記憶なんてないし、そもそも俺の家の近くにこんな綺麗に開けている場所もない。

 つまり、『誰かが俺の家に侵入して、俺が起きないように慎重に家から連れ出して草原に放置した』と言うことになる。もしくは俺が夢遊病をいきなり発症してしまって、誰の目にも留まることなくここまで歩いてきて倒れたのか。

 ありえん。

 さすがにこれはちょっとあり得ない話だが、それ以外にどんな理由が考えられるんだろうか。冷静に、あくまで冷静になって考えた結果がこんなバカげた内容なんだから救いようがない。


「……誰も、いないのかなぁ」


 冷静になっているふりでもしないと、さすがに精神的に参ってしまいそうだった。と言うか、すでに精神的に来ている。仕事でミスってしまった事を上司に相談しないといけない時、ちょうどその時の心境だろうか。誰だってミスをするが、ミスの内容だけに上司に相談するのは少々表情筋が死んでしまうぐらいには心が震えている。悪い意味で。

 溜め息が漏れる。

 頭を抱えたくなる気持ちを抱きつつ、自分の現状を鑑みてみる。すると、やはり就寝前と今では話が違った。身に着けているものからして違うのだ。もしこれが、本当に俺の寝ている間にここまでの状況を整えることができたんだとしたら、その人は暗殺者になることをお勧めするし、それ以上に健やかに就寝についていた俺に罵声を浴びせたい。どんだけ鈍感なんだと。

 とりあえず、何か使えそうなもの、スマホなんてあったらすごくありがたいが……まさか、ここで圏外なんてことはないだろうな? 上半身をすっぽりと覆うローブみたいな服の下を手探りで全身隈なく探してみたものの、それらしい物が一切ない。それどころか、携帯を探すのを止め、いつの間にか付けていた指輪が凄く気になりだした。

 どう表現したら良いものか……すごく高価そうな、宝石の類はとんと無頓着な男だ。高価そうな、とは表してみたものの、これが本当に値の張るものかどうかはわからない。が、この装飾の仕方は、いかにもゲームに出てきそうな感じだなぁとしか表すことはできなかった。ただ、どことなく見覚えがある様なフォルムをしてるのは、俺の思い上がりだろうか。


「なんて名前の……お?」


 ――フォン


 宝石かなと思っていた指輪のすぐ目の前に、半透明なアクリル板のような物が突拍子もなく現れた。それは、何かの支えになっているでもなく宙に浮いていた。当然、いきなり現れたこいつに糸なんかついているわけもなく。結構ガチ目に驚いてしまったため身をのけ反った瞬間、動いた腕(正確には指輪だろうが)にくっついているかのように動いたのだった。

 その板の中央に記された言葉。『フェニックスの指輪』という文字が、脳髄を刺激して、一気に沸騰させた。まさか、とは思うまい。じゃなきゃ、このいかなまじ手品で、マジックで出てきたのか全く分からない半透明な板の存在も説明できまい。

 

 ――俺は、ゲームの世界に入り込んでしまったのか?


 どうして? なぜ?

 考えてもわからないことが堂々巡りのように頭の中をリフレインしている。決して出ることのない回答を求め、出るはずがないとわかっているのに、何か……何か……何で……!

 目の前にある指輪に反射して綺麗に煌めく日光が今は鬱陶しかった。


「――うわぁぁあぁあっ!?」

「ッッ!?」


 突然の叫び声に、俺は身体を硬直させてしまった。

 叫び声が聞こえてきた方に顔を向けると、木々が生い茂っているところの奥から人影が見えてきた気がする。何故そんなところから人がこっちに向かってくるんだ? と思っているのも束の間、その人影の後ろにはもっと大きな影がちらついているのが目に映ってしまった。


「ガァアァアアァァアッ!!」

「ぅあっ!? うぁあぁぁっ!?」


 遠目でもわかる。

 声の低さ、見た目からして男性らしき人物の後ろにいるそいつは、ひたすら走っている人影よりも二回りぐらい大きいシルエットをしていた。そういえば俺は、このゲームをディスプレイ越しにデフォルメされたモンスターの姿しか見てなかったが……こうして実物を遠目でも一目見れてわかることがある。

 とてもじゃないが、現実問題どうこうできるような相手はないような気がすることだ。

 草原のど真ん中に突っ立っている俺には隠れる場所なんてどこにもない。

 いや、そもそも野生のモンスターを相手に隠れたところで見つからないという確証がどこにある? あいつが犬みたいに鼻の利く奴だったら、そもそも隠れた所で意味は無い。つらつら考えている最中に近づいてきたシルエットが、外見でわかる特徴に、引っかかるものがあるような気がした。

 頑張って手と足を動かして逃げていた男性だったが、すでに目と鼻の先まで迫っていた熊のように大きな体躯をしたモンスターが迫っていた。男性の目には、俺の姿が映っているに違いない。こんな何も遮るものも無いくさっぱらのど真ん中にいるんだ。こっちから見つけられて向こうが見つけられないわけがない。


 がっと、足元に伸びていた木の根っこに躓き、倒れてしまった男性の表情は、呆けたように口を開けていた。


「た、助け、助げでっ! しに、しにだぐ、なぁっ!?」

「ガァァァアア!!」


 追いつい間際に振りあがっていた腕が一気に振り下ろされた。

 太い腕、鋭い爪。結果は見なくてもわかっていた。思わず両目を閉じて惨劇を見ないようにしてしまった俺だが、それでも音だけはリアルなまでに聞こえていた。モンスターの雄叫びにも似た咆哮に混じって小さく届いた呻きにも似た声が、耳にこびりついて離れない。思わず、両手で耳を塞いでしまった。

 必死で逃げようと土を掴んでいた右手が印象的で、目を閉じていても鮮明に思い出される。水音の混じった殴打音が近くで響いているせいもあってか、小さく、弱弱しく、それでいて必死さがあったその右手が妙に鮮明に、目の前に迫りくるようだった。


 どれぐらい時間が経ったのか。

 気付くと、うるさいぐらいに鳴り響いている心臓の音しか聞こえなくなっていた。体感的には数分経ったような気もするが、実際にはそんなに経ってないだろう。恐る恐る耳を塞いでいた両手を離した。風の流れるに従って流れる草の音だけが聞こえてくる。

 ――助かった?

 ゆっくりと両目を開ける。こうして意識があるということは、まだ生きているという証。もしかしたら、俺も魔法が使えるようになっているかもしれない。まさか、残忍な人間のように、俺が目を開けるまで虐げることを我慢してましたなんてことは無い、だろう。


「……ふぅぅ……ま、さか……ね」


 目の前に広がる風景には何もいなかった。

 さっき見たモンスターもそうだが、必死に逃げいていた男性の姿も無くなっていた。そもそも、俺が見ていた男性の姿も幻だったんじゃないかってぐらいに平和な光景が広がっていた。

 何も無いのが一番。

 どうせ、これも行き過ぎた海外テレビの影響を受けた演出の一つだろうと高をくくり、少し前に進んだところで、真っ赤に染まった何かを見て、呆然と立ち止まったのだった。

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