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イン・ザ・ユートピア  作者: Sonnet
ドロッピン・ザ・ユートピア
1/6

No.1

ティンときた!

「金よし。フェニックスの羽に、プラチナ、それと魔鉱石よし。……よしっ! 頼むぞぉ……作成」


 六畳一間の部屋をディスプレイの光が照らしている。

 外は真っ暗だというのに部屋全体まで届くことのない光量の加減が、ちょうど良いと、一人思っていた。明るすぎるよりも暗めの方が、そして、蛍光灯の人工的な灯りよりも自然の、太陽の方が好きだった。


 カチ、カチとマウスをクリックする機械的な音。それから、ディスプレイに映っている『合成中』という文字に柏手を打つように、2度、手を叩いた。


 俺はとあるMMOゲームをプレイしていた。

 MMO(Massively Multiplayer Online)とは大規模多人数型オンラインのことで、多くの人が同じサーバーに集まって同じゲームを楽しむことができるゲームの事だ。

 そして、俺がプレイしているゲームというのが、ユートピア……何だったか。よくプレイしているんだが、横文字が長すぎて覚えられん。内容は、一人のプレイヤーとして生きること。ただそれだけ。

 あくまで一人のプレイヤーとして生活を営んでいくというのがこのゲームの特色だ。ゲームらしく剣や魔法でモンスターと戦闘をしてみたり、スキルを使って作ったアイテムやらで商売をしてみたり、はたまた一地方や都市で成り上がってみたりと、中々内容の幅が広い。かと言って各種それなりにしか攻撃スキルや魔法が無いのではなく、各種の分野において廃人ができるほどにこのゲームは精工に、重厚に作られていた。


 ぴこんと、合成中の文字が消え、代わりに赤文字で可愛らしいフォントで成功の二文字がディスプレイを彩った。


「っしゃぁっ!! ……はぁぁ……やっと100%か」


 平日最終日の金曜日。

 久しぶりにもらえた2連休の終わり。いつものようにこのゲームをプレイしていた俺は、2500時間以上の時間を費やしてきたこのゲームの時間をさらに更新していた。

 飽きも来たこれはあるが、それ以上に思い入れがあるゲームだけにこうして続けてきたわけだが、ようやく俺は一つの到達点に至ることができた。それが、生産スキルの中でも特に経験値の絶対量が絶望的なまでに高いと(うた)われていた魔工具生成スキルだ。


「しっかし……フェニックスの羽10個かぁ」


 原因の一つとして、生成スキルに必要な費用とアイテムの量が上げられる。費用の方も普通にゲームをプレイしているだけでは到底足りないような莫大な量の費用が必要になるのだが、それは何とか工面できる。問題は武器やアイテムを生成する際に必要となってくる素材の方だ。

 今あげたフェニックスの羽はもちろんSランク素材。しかもSランクの中でも入手が困難だと言われている素材を10個も使って生成しなければならない……わけではないが、これが最もサイト等で纏められている話である。

 実際、このスキルを100%にしたプレイヤーをこの目で見たことなんてないし、まとめサイトじゃあ数人ぐらいいるという話だが……本当の話かどうかなんて信じられやしない。100%になったとスレにほらをついてそのまま消えていく奴は何人も見てきたし。


 はやる気持ちを抑えて魔工具生成スキルの概要を確認する。


「どれどれ……スキルマの恩恵はっと……消費MP半減、作成数最大、絶対作成……うわ、まだあんのか。これなんてチート」


 あるスキルが100%になると、そのスキルに応じた特殊能力が解放されることがある。例えば剣スキルだったら移動力が上昇して回比率が上昇したり攻撃スピードが上がったりだとか、魔法スキルだったら消費MPが半減したり魔法攻撃力が上昇したり、二つの呪文(スペル)を同時に発動する事が出来たりと、中々にチート染みた能力になっている。

 まぁ、そもそもスキルを最大まで育てようとするプレイヤーが極僅かに限られているという現状もあるのだが。


 しかし、魔工具生成スキルを最大にした幸福感を味わうのもつかの間。


「はぁぁ……」


 大きな溜め息を一つ。

 残念ながらこのMMOはあと1か月を待たずにサービスを終了してしまうのだ。そんなゲームを続けるぐらいならほかのゲームをと思う人もいるかもしれないが、愛着のあるゲームだけに途中で止める気にはならなかった。スキルもほぼ最大値に近い状態だったし、どうせなら、と思いつつ続けてきたのだ。

 ゆえに、今となってはこのゲームが終わってしまうという現状が非常に歯がゆくて堪らない。このゲームを通じて仲良くなったメンバーともお別れになるのか……今のうちに違うゲームにでも誘ってみようか。


 ――ピロン。


「ん?」


 なんて他愛無い事を考えていると、聞きなれた電子音が聞こえてきた。

 俺がスキルの詳細覧を閉じた瞬間に届いた1件のメール。絶妙なタイミングでメールしてきたなぁと送り主に賛辞の念を抱きつつ、どれどれと開封してみることに。いち早くスキルマの事に気付いたフレンドの誰かだろうかと思いつつ見た差出人の覧には何も記載されていなかった。


「んん?」


 バグなんて報告上がってたか?

 いや、サービス終了間際のゲームの報告上げる奴なんていないか。


「ま、いっか。それで、中身はっと」


 フレンドからのメールじゃなければ、どうせサービス終了に伴う内容か、運営に関する内容に違いない。その文言を見るだけでも結構くるものがあるんだが……しょうがない。基本的に最近の運営からのメールはアイテムやら終了間際特別サービスやら、本当にゲームの終わりが近づいてきていると実感させられる特別放出をしてくれてるんだから見ないわけにはいかなかった。

 できる限り最後までアイテムを収集したいと思っているのは俺だけじゃないはず。


「えぇっと……何だこれ? 真っ白なメール? いよいよ本当運営も手を抜き始めたか?」


 メールを開封してみたものの、中身は一切何も記載されていない真っ新な状態だった。普通、こんな真っ白なメールを誰かに送信することはできないし、ボトルメールみたいな機能なんてもちろん無いため、俺の元に届くどころか、誰の元にも届くはずのないメールなのだ。


「しっかし、っくぅぅ……! もう眠いし、今日はもう止めにするか」


 座りっぱなしで凝り固まっていた体を伸ばし、ゲームを終了する。

 少し空腹感もあるが、寝る前に何かを食べる気にはならずそのままベッドに体を投げ出すように横になる。明日からまた仕事かと思うと気が重くなるが、それ以上にスキルマになった事が嬉しすぎて口元がニヤけてしまう。

 サービスが終了してしまえばゲームすることもできなくなってしまうわけだが、それはそれ。これはこれ。フレンドに自慢しよぉっと。

 背伸びをして、伸ばしていた両手をそのまま頭の後ろに持って行って目を閉じた。今まで一緒にゲームを楽しんできた仲間たちにどんな言葉でスキルマを伝えようかと考えるだけで、ワクワクする気持ちを感じていた。




 ――――――



 ――――



 ――




「くぁ」


 大きく欠伸を一つ。

 まだ椅子に座ったままだと思っていたが、いつの間にか眠ってしまったんだろうか。それとも、気付かないうちにベッドに移動して寝たか?

 眩しい日差しが瞼を突いて朝を主張してくるが、いくら朝でも起き上がりたくないと生理的現象に身をゆだねていた。少しごつごつしているが、ふんわりとした感触が背中を覆っている。頭を動かして横を向くと、ガサッと耳元で音が鳴り、次いで鼻孔に香ってくる草の匂いが少年時代を思い出させるようで……


「……ん?」


 と、ここで俺は疑問に思う。

 何故、今俺の鼻は草の匂いがしてくると訴えてくるんだ?

 日干ししたばっかりの布団だったらふんわりしているが……草の香りを漂わせるなんてことはないし。そもそもふんわりしているなら俺の背中にあるちょっとごつごつしているこの感触は一体全体どういうわけなんだろうか。

 恐る恐る双眸を開いてみた。

 前面に広がる草原。くさっぱら。そして雲一つない快晴。視線だけを隈なく動かし周囲を探ってみるものの、特に誰もいなさそう。ゆっくりと背中を起こして、今度は全身を動かして周りを見渡してみるが結果は同じ。

 これはもしやテレビ番組のドッキリ企画じゃなかろうか!? なんて、有名人でもなければこれと言ってドッキリを仕掛けられるような交友関係も持ってない。むしろ、こんなだだっ広い草原でテレビカメラを隠せるだけの技術を持ってるんだったら尊敬する。


「え? てか、ここどこ?」


 眠気が覚めた頭でようやく絞り出てきた言葉。

 まさにこれ。俺、今どこにいるんだ?

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