第六話 魔王様は鍛冶の才能が無いようです
カンカンカンッ!
薄暗い部屋の中に槌を叩く音が鳴り響いている。
部屋の中には錬金・製剤そして鍛冶の道具が所狭しと並び閉め切った室内には熱が篭り蒸し暑い。
だらしなく作業着を着崩した少年は暑さなどまるで気にせず一心不乱に槌を振る。
どうやら進捗は順調とはとても言えなさそうだ、金床の横にはガラクタと化した鉄塊が散乱している。
カンッカンッカカンッカンッ!
時折槌を振るうリズムが変わり素材と槌が奏でる詩が鳴り響く。
油断無く槌を振るいながらも視界左上に表示している動画の解説にも注意を向ける。
どうやら動画を参考に鍛冶をしているようだ。
カンカンカンカンカンカンカンカン!!!
作業も佳境に入ったのだろう、槌を連続で素早く振るう。
少年の頬や鎖骨には汗が伝い祈るような気持ちで一回一回早くされど丁寧に槌を振るう。
パキーンッッ!!!!! ころころころ
「あ・・・」
祈りは届かなかったようだ。
明らかに失敗した事が分かる効果音が鳴り響き徐々に刃の形を形成しつつあった鉱石がゴミとなりころころ金床の上を転がる。
「・・・・・・」
あまりの事に少年は呆然としている。
品質の悪い物しか出来ないだとか、難易度の高い物が作れないだとかそういう事なら諦めもつくが最低級の斧の製造に幾度も失敗し少年の繊細な心にひびが入る。
「工程は間違っていないはず・・・・・・、と言う事はやっぱりステータスか?」
少年は癖のある髪を掻き乱し目を少し赤くしながら考える。
本人は意識していないようだがちょっとだけ泣いてしまったようだ。
アンブラにはどうしても解決したい悩みがあった。
それは【強い斧】を手に入れたいという悩み。
彼はどうしようもない斧キチであり無骨な斧を振り回す戦士がこの世で一番かっこいいと思っていた。
なのでこのゲームでも当然斧をぶんぶん振り回し脳筋路線まっしぐらな予定だったのだ。
なのに手に入らない、強い剣強い魔法強い槍。
どれも貴重な物ばかりだが彼が本当に欲するものは手に入らなかった。
突然だが物欲センサーと言う言葉をご存知だろうか?
これは欲しいと思った物に限って手に入らないというこの世の辛さを表した言葉でMMOはもちろんありとあらゆる世界で語られる。
そんな物があるはず無い、ただ欲しい物が欲しい時に手に入った場合その幸運に感謝しつつもいつしかそれを持っていることが当たり前になるのに対し欲しい物が手に入らない苦しみは毒の様に延々とその身を苦しめそれを持っている者への深い憎しみと嫉妬に変換され印象付けられているだけだ。
物欲センサーの魔の手から逃げ切る手段として俺が行き着いたたった一つの冴えたやり方が【鍛冶】だ。
強い武器が手に入らないなら作ればいいじゃない。
単純明快な解決方法だったがどうやら望み薄なようだ。
「はぁーっ、やってらんねー!」
槌を投げたくなる気持ちには駆られたが本気で投げたらベッドが破損、最悪破壊されてしまうので妥協案として優しく放り投げた後不貞腐れてベッドに寝転ぶ。
目を瞑りこれからやらなくてはいけない事をいくつか思い浮かべながら毛布の柔らかさに甘える。
毛布はいい、どんな寂しい夜も辛い夜も優しく抱きしめてくれる。今は昼過ぎだが。
◇◇◇◇◇◇
とても寝心地が良いとは言えない暑さだったが早朝から腕を振り続けた事による疲労がいい感じのスパイスとなり見事に夕方まで寝てしまった。
長時間ゲームをしているとゲーム内で寝てしまうということは良くある、特に現実世界でカフェイン漬けによって何とか眠気と戦っている人種はカフェインの摂取を長時間断たれ死んだように眠る。
アンブラはどうにか強い意志を持ってふわふわ毛布の誘惑を断ち今日の探索の準備を始める。
今日は先日から作り貯めたポーションを大量に持ち込んで未だ底が見えないカルデラダンジョンの最深部を目指すつもりだ。
本来わざわざポーションを手作りする必要など無いのだが市販の物やスキルレベルの低い薬師のポーションではもはや回復が追いつかないのでわざわざ手間と時間とスキルポイントをかけて自作した。
松明に採掘用のつるはし昆虫採取用の網と虫かご等探索に必要な物を机に並べ指差し確認をする。
今回は最下層に辿り着き絶対にボスを討伐するまで帰ってくる気は無かったので食料も大量に持ち込む。
おやつ感覚でつまむ用のホワイトラビットの串焼き(炭の香りとウサギ肉の焼けた匂いが漂い匂いを嗅いだだけで唾液が口内に溜まる)やがっつり食べる用の土掘り猪の牡丹鍋(猪の濃厚な油が染みたスープに浸された野菜が美味しすぎて最近はこれしか食べてない)を用意した。
武器は歴戦の大斧+14、実はこれより良い斧はいくつかあるが見た目が華美で好みではない上に能力がさほど変わらないのでしばらく更新せず使い続けている。
防具はジョブ特性の関係で防御力をそこまで気にする必要が無いのでカモフラージュもかねて旅人防具で揃えている。旅人防具は隠密等のスキルに補正が入るため『戦うのではなく単純に踏破を目指す』という目的には最適な防具だ。他にもいくつか利点があるが。
投擲用の麻痺針毒針石化針に対飛龍用に龍狩りの大弓と巨大な矢、魔術を行使する際に使う呪術用短剣を2振り。
レアなアイテムを落とす敵を狩る為にスコップと・・・・・・単純な強さで言えば最強の濃紫の剣。
そしてもちろん大量のポーション。市販の物とは違い瓶の中の液体は薄緑色に輝いている。
これだけ用意して踏破出来ないダンジョンがあるだろうか?いや、ない。
何度も倉庫や室内を漁りこれ以上用意出来る物は無いと確信すると呪術用短剣を掲げ魔法によって机の上のアイテムや装備を自身のアイテムストレージに仕舞い込む。
「それじゃあ行きましょうかね!」
再び短剣を掲げ呪文を頭の中で念じる。
すると短剣から淡く青い光が溢れそれと共に優しい風が短剣を中心に生まれカーテンを揺らす。
瞬きする程の間を置いて前回の探索で最後に立ち寄った安全地帯。
カルデラダンジョン地下六階の安全地帯に出る。
俺は何のペナルティーも受けず無事魔法が成功した事を確認するとダンジョン最深部を目指し安全地帯を後にした。
先日なんと1000PVを越えました!励みになります!
ブクマも何件か頂いてしまい嬉しくて台所でスキップしてたら冷蔵庫の角に小指をぶつけてしまいました。