第十二話 記念すべき夜の贄
『マーズ・オンライン』のβテストが始まり14日目。
本日を持ってこのゲームのβテストは終わり翌日以降βテストに関するアンケートを実施し予定通りなら三週間後から本サービスが開始される予定だ。
央都セントラルタウンではこの日『βテストお疲れ様会』というβテスト最後の思い出を語り合うユーザーイベントが開催されるのだとか、実際はβテスト最終日まで熱心にプレイしたやる気のあるプレイヤーをギルドにスカウトするのが目的だろう。あとは思い出作りとか。
ご苦労な事だ、では俺も一プレイヤーとして僭越ながら最後の晩を盛り上げる手伝いをするとしよう。
アンブラは最初から今夜を狙っていたのだ。決行するならこの記念すべき夜以外有り得なかった。
思えばこの都市、ゲリュオンを発つのは何時振りだろうか?
街から出ると言う意味ではカルデラダンジョン攻略以来か?
そういえば七階層を再探索するとか考えていたが結局あの階層には足を向けていない。
実は行く気も無いが、高所恐怖症殺し過ぎるのだあのマップは。
「これも必要になるな・・・あいつは機嫌を損ねているだろうな」
禍々しいオーラを放つ濃紫の剣、もはや部屋を彩るオブジェの一つになりかけていた剣を握る。
この剣にはある妖精が宿っているが初見の時に会話を聞いて以来ずっと呼び出すどころか封印し続けていた。まるで臭い物に蓋をするように・・・そうすれば魔王になどならずに済むと願うかのように。
室内とアイテムイベントリを丁寧に見直し忘れ物がないかチェックする。
チャンスは一度きり、多分今夜を逃せば機会は永久に訪れないだろう。
「行くのですか」
「あぁ、留守を頼む」
「私は連れて行ってはくれないのですね」
「当然だ、こればっかりは俺が一人で成さなければ意味がないからな」
「・・・」
リンカはいつもの変態さも鳴りを潜め静かに問う。
もちろん嘘だ。本当は少しでも戦力は欲しいし彼女は腐っても精霊の女王。
きっと心強い味方になる、だがそれを俺の感情は拒んだ。これは俺の戦いだ。
彼女を残し静かに家を発つ、外にはこの世界に来て初めての雪が舞っていた。
多分テスト的な意味合いもあるし最終日だからというサプライズもあるのだろう。
真夏に雪を降らすのはどうかと思うが、この街を訪れてるプレイヤー達が騒ぎながら眺めていた。
まだ積もり切っていない雪を踏み鳴らしながら街を往く。
この街の誰も知らない、気付いていない。この街の町長を殺し首を挿げ替えた魔王の存在に。
そもそも魔王なんてふざけたジョブがある事すら知らないはずだ・・・今夜きっと思い知ることになる。
4人乗りの小さな馬車に揺らされながら央都へ向かう。
初めて央都からゲリュオンへ向かった時は敵を切り倒しながら走って向かったのだ。
かなりの手間だったが全てが新鮮で時が経つのも夢中で駆け回ったっけ。
あれから2週間しか経ってないなんて嘘のようだ、何やら急速に歳を取った気分だった。
手持ち無沙汰な馬車旅は思い出を回顧する絶好の機会となる。
βテスト初日に央都で出来る事を目に付く限りやり切りすぐに北に向かいゲリュオンでも忙しく走り回った。あの時はゴブリンキングとやり合って手も足も出ずに殺されたっけ。
その日のうちにレベリングの為に更に北上し山脈を越えまだろくにモンスターも実装されていないマップで魔王へと至るクエストに参加しまんまと騙される形で魔王になった。
話を聞き怒りのままに精霊を剣に封印し街に帰ろうとしたら衛兵に八つ裂きにされ何度も殺されながらゲリュオンを制圧、そこを拠点にいくつかのダンジョンを制圧する日々を過ごし今に至る。
俺はこのゲームに何を求めここまで頑張ったのか。
普通のプレイヤーならこんな狭い世界の一地方でしか戦えません生きれませんなんて縛りプレイをネットゲームで強要されればすぐ辞めてしまうだろう。
それは理屈で言えば正しい、ただ俺の感情はそれを決して許さなかった。
何の意思表示もせずに一方的にしてやられるのが悔しかったのか・・・いや、違うだろう。
人の感情なんてものは案外分からないものだ、他人の感情はもちろん自分の感情さえ。
だがここに至って俺はぼんやりとした解答を得る、きっとそれは激しい怒りだ。
俺は多くを望まなかった、ただ自由に縛られずこの世界で斧を振れれば良かったのだ。
ただそれだけ・・・そしてそんなささやかな願いを拒んだこの世界が憎くて憎くて仕方がないのだ。
それは一種の八つ当たりのような感情だった。自覚しても辞められない性質の悪いタイプの。
ループに陥る思考の末考えが巡るにつれて怒りもまた巡り身体を満たしていった。
時刻は午後23時30分、俗に言うゴールデンタイムと呼ばれる時間帯の最終盤に当たる。
ゴールデンタイムとは・・・まあいい、今夜ぐらいはこんな説明省かせていただく。
央都セントラルタウンは街に入らずとも盛況なのが一目瞭然で分かるほどにプレイヤーで溢れていた。
この世界の一つの区切り、βテスト終了の時を思い出を語らいながら待っているのだろう。
央都に着く直前で馬車を飛び降りる、馬車の御者が目を剥くがどうでもいいだろう。
央都に入った瞬間に戦いは始まる為に準備をする、各種バフはもちろん『王軍召還』によってアサシン300弓兵20魔導師20ヒーラー20に指揮官1名だ。
本当はもっと大規模な編成もあるが今回は市街戦だ、あくまで遊撃隊であるこいつらに無駄にコストを裂く必要もない。
そして主力となる『神軍召還』これは最強クラスになるとレベル500に至るまさに邪神級の軍隊を召還出来るようだが今はまだ実装されていないようで最下位の邪神しか召還する事が出来ない。それでもレベル70を越える圧倒的戦力で一体召還するだけでMPも専用の触媒も大量に消費するがここは回復剤をガブ飲みしながら数を揃えるしかない。最終的に12体の邪神が背後に並ぶ。
一体一体がダンジョン最下層でボスとして座していてもおかしくない程の強力な威圧感を放っている。
黄色い体皮に質の悪い動物の皮を巻いて服代わりにしている高さ5mはあろうかという巨人だ。
その目は虚ろでどこか不気味だが味方にするにはこれ以上無く頼りになりそうだ。
やれる事は全てやった、後は成すべき事を成すだけだ。
山羊頭のスカルヘルムに漆黒の一張羅を手早く見に着ける。その姿は誰から見ても魔王だった。
そしてついに二週間ぶりの央都へ足を踏み入れると同時にクエストが更新されけたたましい鐘の音が緊急事態を央都中へ伝える。魔王が央都へ進行し人間の時代の終わりを告げにやってきたのだ。
祝賀会場のプレイヤーは事態を全く飲み込めず右往左往していた。
まずこのゲームには基本的にPVPは存在しない、魔王同士や魔王が央都に進行してきた時のみだけPVPが発生するのだがそもそも魔王の存在を彼らは知らない、彼らが知っているのはこのゲームの最終目標が暗黒神を討つ事なぐらいだろう。名称すら出てこないのだ。
だからクエストが突然更新され魔王を討伐しろと言われても姿も形も全く知らない為逃げ惑う事しか出来なかった、当然逃げる事など出来ないのだが。
攻城戦が始まった以上無責任な退室は認められない。一応ログアウト自体は可能だがこの大事件が起きた際にわざわざそんな手段を取る者は皆無だった。野次馬根性というのもあっただろうし単純に運営のサプライズだと勘違いし祭り気分で参加していた人もいたのだと思う。
そんな浮かれた者達の下へ天から拳が降り注ぐ。
5mにも及ぶ巨人の一撃が可視外から突然振るわれたのだ。
振るわれ宙を舞うプレイヤーはもちろん不幸にも目撃してしまったプレイヤーは顔を引き攣らせる。
彼らは結局何の抵抗も出来ずに屠られる。
無知ゆえに蹂躙され記念すべき夜の贄となった。
読んで頂きありがとうございました!
次の話で第一章βテスト編が終了の予定です。(あくまで予定)




