第九話 見切り
階段を下り始めて数分、やっと次の階層が見えてきた。
一層から六層までは層間を繋ぐ階段の長さ、つまり層の厚さは今までほぼ均等だったが六層から七層にかけてはやけに時間が掛かった。
なんとなく嫌な予感がする。経験上こういったダンジョンにおける状況の変化が良い兆しであった例が無いのだ。
階段を抜けたアンブラは目を見開く。
第七層は今までの平面的なダンジョンとは違い吹き抜けになっており遥か彼方に地面が見える。落下してもシステム的な即死判定にはならなそうだ。
とは言ってもどちらにせよこの高さから落下すれば当然落下ダメージで死亡するだろう。現実世界の基準で言えば間違いなく数百メートルはある。高所恐怖症の俺には辛いところだ。
中央には不気味な樹洞が口を開けている巨大樹があり、如何にもここに入れと待ち受けている。
足場として用意されているのか巨大樹に向かって巨大きのこと蜘蛛の巣で出来た細い道が続く、かなり頼りない道ではあるが注意して進めば落ちずに渡る事は可能だろう。
だが当然ダンジョンなので敵モンスターが徘徊している、今までも散見された色とりどりの巨大な飛龍達だ。
もしこの細く見通しの最高な道を無防備な状態で駆けようとすれば瞬時に取り囲まれ殺されるか奈落の底に突き落とされてしまうだろう。
今までと違い立体的な階層なので従来の端から端まで丁寧に宝を探すという方法は困難。
見晴らしの良さを活かして周囲を見回して見るが宝箱やギミックのような物は見られない。
とりあえずは中央の巨大樹に到達する事を第一目標とする。
いつも通り隠密を使用した後タイミングを見て全速力で走り抜ける。
遮蔽物の無いこのマップでは隠密を看破出来る超大型の飛龍に見つかった後に逃げる場所が無い。
なので最高のタイミングを見極め祈りながら走破する。隠しステータスであるスタミナがガリガリ削られているのを感じながら一息で駆け抜けようとしたが。
『あぁ、くそっ!』
駆けていた俺の足が空を切る。
足場だと思って着地しようとしていた場所に足場が無かったのだ。巨大きのこと巨大きのこの間には隙間があり足が届かず滑落する。
周囲の飛龍を警戒しながらでなければ足場の縁を掴み懸垂の要領で戻れたかもしれないが鍛え抜いたAGIで全速力で駆け抜けていた為反応が間に合わなかった。
落下しながらも様々な案を考えるがどう考えても今の俺の手持ちのスキルで都合良く元の足場に戻るのは不可能。そして最悪な事に地面までに都合良くクッションになるものも掴む物も無い。
つまり直接着地する事は確定でこのまま何の手も打たなければ即死だ。
いや、俺の場合北の地であるここでならジョブ特性の関係で死なずに済む可能性も0では無いが俺の能力の効果範囲が落下ダメージにまで及ぶかはまだ試した事が無いし正直やりたくない賭けだ。
今日は絶対ダンジョンを踏破するまでは帰らない、そう覚悟してここまで来たはずだ。
それにこのまま何の手も打たずに落ちるのも面白くない。やれる事は全て試してみるべきだろう。
俺は喧しい風切り音が遠く聞こえなくなるほど真剣に地面との距離と落ちるタイミングを見極めるために集中する。地面に触れ落下ダメージがこちらに伝わる瞬間だけ分かればいい。
地上との距離はあとわずか、いや地下だから地上とは言えないのか?
眼下には上からは確認できなかった地龍の群れなどが目視出来たが今はどうでもいい。
後残り数十mと言うところで意図的に手が一番最初に地面に触れられる様に空中で姿勢を変える。
そして着地し落下ダメージが俺に加えられHPゲージが消し飛ばされようとしたその瞬間。
その刹那のタイミングを見切り、銀光と共にスキルが発動。
激しい衝撃で一瞬下半身が宙を舞い外套がバサバサと音を立てる。
ありとあらゆるダメージを無効にしつつその細腕が周囲に爆音と砂煙を上げながら地面を受け止めた。
◇◇◇◇
無事着地を終え被った埃を払い周囲を確認する。
間を置かず隠密を再発動させ最短距離にある大岩の陰に潜み息を潜める。
先程の爆音に釣られ上空と周囲から敵が押し寄せてきているのだ。隠密を使用する前に視認されていた場合この大岩の影に潜んだ事がバレている可能性に気付き再び別の物陰へと移動した。
乱れた呼吸と汗が止まらない、かなり久々に生命の危機を感じた。
HPが消し飛んでも街に戻されるだけだと頭では分かっていても高所恐怖症な俺にはあの空の旅は少々ハード過ぎた。もう一生あんな綱渡りはしないし今後は高所恐怖症を理由に避けていた飛行魔法又は近い能力の取得も検討しようと強く決意する。
「さて・・・・・・ここが最下層なのか下り階段があるのか探らないと」
完全に非正規のルートで下ってしまった弊害だ。しょうがないので最果ての壁際から地道な探索を始める。この階層は完全に上のマップと巨大樹のマップがメインのようで周囲にはかなり殺風景な風景が広がっている。
珍しい虫や鉱石でもあれば採取していくのだがそれすらもなく当然宝箱もない。
正直かなり探索しがいの無いマップで時折遠方に地龍の群れが見えるが草食なのか美味しそうに草を食んでいた。
このまま何も見つからずに終わると思われたが幸いな事に巨大樹の横に祠状の建物と下り階段を見つけ急いで駆け込んだ。
そういえば第七層にはボスが居なかった事に今更ながら気づく。
ただこれに関しては俺が上空から落下して正しいルートから逸れたのが恐らく原因だろう。
本来は巨大樹の樹洞内を探索し要所でボス戦があった筈だ。
という事は正規ルートのアイテム回収やボス戦のドロップ回収の為に後でまた七層は再探索しなくてはならないだろう、今から若干気が重い。
そんな事を考えながら階段を降りていると、周囲の空気が一変し静寂と息苦しさが辺りを包み込む。
俺も少なからぬダンジョンを踏破してきたのだ、この空気には覚えがあった。
ダンジョン最下層、この迷宮の主がすぐそこまで迫ってきている事を肌で感じる。
未知の強敵との一対一の死闘と打ち破った際の莫大な恩恵を期待しつつ俺は階段を下っていった。
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