魔法少女チョコミント&ストロベリー(欠番)
好きな人がいる。
気の合う友人という意味ではない。
俺は一人の女の子に、一人の男として惚れている。
はっきり言って、彼女は地味だ。
特に可愛いわけではないし。
特に話が上手いわけでもない。
気が合うわけでもない。
というか、そもそも話したことすらない。
男が女を見る場合、まずは容姿に注目する。
中身が全てだという男がいたら、ソイツは間違いなく嘘つきだ。
外見が気に入らなければ、そもそも近寄ろうとしない。
つまり、中身を知る機会がない。
そんなわけで、特筆すべき容姿を持たない彼女は、あまり野郎どもには好かれていない。
嫌われているわけではないが、恋心を抱かれるには至らないということだ。
俺が汗水垂らして手に入れた情報によれば、彼女はあまり男子と会話しない方らしい。
地味だし何処にでもいそうな子だし、積極的に会話する価値がないと思っているのだろう。
馬鹿め。
野郎ども、お前らは知らないだけなのだ。
俺は知っている。
誰よりも知っている。
彼女の女性らしい魅力を。
彼女の強い心を。
――彼女の秘密を、俺は知っている。
◆
高校三年間、灰色だった青春についに風が吹いた。
受験シーズン手前のこの次期、クラスメイトはなんとなくピリピリとしている。
昼休みを告げるチャイムが鳴ると同時に、俺は教科書を閉じた。
前の授業もそのまた前の授業も、集中できていない。
ただずっと一点を……否、彼女を見ている。
「……」
「……」
「……」
「……」
「何見てんだよ」
目の前でこちらに視線を寄越す友人に対し、俺は言った。
「お前こそ、何を見てるんだ?」
友人の邪魔が入ったことで、鑑賞会は幕を下ろす。
俺は溜息を吐きつつ、人差し指で彼女を差した。
勿論、誰にもバレないように、こっそりと。
「ああ、またか」
「またとは何だ、またとは。後数時間はいけるぞ」
「ごめん、マジきもい」
失礼な奴だ。
コイツは俺が彼女に惚れているのを知っている。
このあっさりとした対応は、そのためだ。
「しっかし、彼女のどこが良いんだか」
「お前馬鹿だな。本当に馬鹿だな」
「いやいや、俺って寧ろ多人数派だから」
「じゃあお前ら皆馬鹿ばっかしだ」
「俺らはお前のことを馬鹿呼ばわりしているけどな」
隣でバカ騒ぎしているクラスメイトを見る。
この節穴どもめ、女を見る目がない。
「何だかんだ言ったって、彼女の容姿が気に入っただけだろ?」
「違う。俺はそんな低俗な理由で彼女に惚れているわけではない」
「じゃあ教えてみろよ。どんな理由で彼女に惚れたんだ?」
「……」
黙り込む俺を見て、目の前の性悪男は不敵な笑みを浮かべる。
違う、俺は決して彼女の容姿に惹かれたわけではない。
しかし、だからと言って、その証拠はない。
正直に……言うか?
いや、信じてもらえる筈がない。
――実は彼女は『魔法少女』なんだと言ったところで、信じてくれるわけがない。
「あ」
「お?」
ピン、と俺の彼女センサーが反応する。
俺が顔を上げると同時に、彼女は教室の扉を開けた。
「悪い、ちょっと用事思い出した」
「何だよ、逃げるのか?」
「……とにかく、俺は彼女の容姿に惹かれたわけじゃない」
「はいはい、分かったから行ってこい」
軽く会釈を済ませて、俺は彼女の後を追うように教室を出た。
廊下の端に、彼女の背中姿が見える。
俺はゆっくりと、息を殺して彼女の後を追った。
やっぱり、予想通り、案の定。
我が麗しの彼女は、校舎屋上へと馳せ参じようとしていた。
足音の響く階段は、前方にいる彼女の存在を隠すことなく俺に伝える。
彼女が何故昼休みに屋上へと向かうのか。
残念ながら、俺が恋文を彼女の下足箱に突っ込んだというわけではない。
悲しかな、彼女にとって俺はアウト・オブ・眼中だ。
俺の名前を覚えているのかも怪しい。
ギィ、と古めかしい音が聞こえた。
彼女がこの階段を上り詰め、屋上へと辿り着いた合図だ。
俺はふぅ、と小さく息を吐き、階段を上る。
冷たくて重い、屋上への扉をこっそりと開く。
小さく開いた扉の先に見える光景は、やはり俺の予想通り。
愛しい彼女と、彼女に牙を向けている、変な化物がいた。
ド派手な衣装は可愛らしさを全力でアピールしている。
仮想パーティでもない限り、あんな衣装に身を包む者はそういないだろう。
地味で大人しかった彼女とは一転。
ド派手な衣装に身を包む不機嫌そうな彼女へと変貌した。
これこそが、彼女の秘密。
確信はないけれど、多分秘密にしているだろうと思しきもの。
彼女は、昼休みの屋上でいつも化物と戦っているのだ。
『グルォォォォォォォォォッ!』
鋭い双眸が彼女を睨む。
獰猛な牙をもってして、化物は毛むくじゃらな体躯を彼女へ走らせた。
迫り来る白い牙。
彼女は手に持つキラキラの杖を前に突き出し……。
「……てい」
『グエェッ!?』
魔法も呪文もくそったれもない。
ドスッ、と鈍い音とともに杖の先端を化物の喉笛に突き刺した。
「……まじかる、びへっど」
彼女が何かを唱えた。
キラリ、と杖が光る。
そして次の瞬間、化物の首は飛んだ。
彼女の得意技の一つ、マジカルビヘッドだ。
ちなみに、ビヘッドとは英語で斬首という意味らしい。
以前気になったので調べてみた。
彼女はブラックなノリが好きらしい。
「終わった」
安堵の息を吐きだし、彼女は即座にコスチュームチェンジする。
杖を天に掲げ、その身を眩い光で包んだ。
後はもう、いつもどおり。
俺は彼女に悟られる前に退散し。
彼女は何事も無かったかのように教室へ戻る。
慣れとは恐ろしいもので。
今ではあんな化物を見たところで、恐怖感を覚えることはなくなった。
なにせ、俺は何度も何度も彼女の戦う姿を見ている。
そして彼女は、そのどれもを圧勝で終えている。
身の危険を覚えることが馬鹿馬鹿しいほどに圧勝するのだ、彼女は。
◆
「で、結局彼女の魅力って何なんだ?」
屋上から帰還を果たした俺を待ち構えていたのは、先程の問答の続きだった。
少し考えて……もう面倒臭いから、そのまま言うことにした。
「しつこいな、お前。んなもん、全部に決まってんだろ」
「具体的には?」
「全部」
あの地味な外見も。
化物に屈しない強さも。
戦う時の衣装の意外性も。
心底嫌そうに呪文を唱える表情も。
全部全部、俺を魅了してくれる。
「やっぱ、良く分かんね」
「はっはっは。お前に彼女の魅力が分かってたまるか」
「うるせぇヘタレ。告白する勇気ないくせに」
「今度するさ」
今度がいつになるかは分からない。
彼女がどういう経緯で魔法少女になったのかも、分からない。
そもそも、彼女は本当に魔法少女なのかすら分からない。
でも、まぁ。
俺と彼女は、まだまだ日が浅い。
今はまだ、遠くで眺めるだけでもいいだろう。
そう遠くない未来。
もし、彼女が昼休みに教室を抜け出さない日があるのなら。
その時こそは、少しばかり勇気を出してみようと思う。
◆
◇
◆
変身を解き、いつもの制服姿に戻る。
粒子となって消える化物の姿を、眼前に捉えていた。
軽いため息。
本日の責務はこれにて終了。
しかし今はまだ教室に戻る気分じゃない。
私は屋上の端に腰を下ろし、空を見上げた。
私は、友達が欲しかった。
更に欲張れば、仲間が欲しかった。
この世界には、魔法少女と呼ばれる者が存在する。
魔法少女とはいわば秘匿されるべき役職名。
私はそれに属していた。
二人ひと組のペアが必須であるにも関わらず、私は一人で活動している。
魔法少女チョコミント&ストロベリー。
現在、ストロベリーは欠番だ。
人員不足が丸出しだ。
一人で魔法少女だなんて、寂しいにも程がある。
かの歴史の長い魔法少女系アニメでも、初代は二人組で始まり、今では五人組で活動しているというのに。
本当に、誰か来て欲しい。
そう思ったら、変な男子が来た。
いつもどおり、屋上で私が敵を薙ぎ倒している時。
私が魔法少女として活動しているところに、彼は現れた。
彼の名前は、その後初めて知った。
特に目立つ点もない、平凡な男子だった。
女子にもマークされていない、普通の男子。
猫の手も借りたいけど、普通の男子はいらない。
そんなことを当時は思いつつ、私は化物から彼を守った。
はっきり言って、とんでもない不祥事だ。
上司にバレたら魔法少女は解任される。
私の大切な収入源が消えてしまう。
でも。
そんな不安とは裏腹に、彼は私のことを誰かに話しはしなかった。
その代わり、彼は事あるごとに私に付き纏った。
私が気がついていないとでも思っているのだろうか。
屋上へと向かう階段。
あそこは足音が良く響く。
私は隠れる必要がないから堂々と階段を上るけど。
彼は付き纏うにしては無用心に階段を上る。
お陰様で、屋上へ行く時には必ず背後からの足音を聞かされている。
「お帰りー」
「ええ、ただいま」
教室へと帰還を果たした私を待ち受けていたのは、恋バナ好きの友人。
恋だなんて、魔法少女の仕事に手一杯な私には、無縁も良いところだ。
「ところで、さっき聞いちゃったんだけど……」
「また誰かの恋バナ? 私あんまりそーいうのに興味ないんだけど」
「えー、でもー……彼のことなんだけどなー……」
そう言って、恋バナ大好き女は一人の男子生徒を指差した。
友人と楽しげに談笑している、例の「彼」。
私の正体を知っている、彼だ。
「……聞く」
秘密を握られているのだ。
彼の動向には常に気を配らねばならない。
恋とかそういうのは、一切関係ない。
「そう言うと思った。実は彼、さっきあんたが教室を出た後なんだけど……」
「うんうん」
「別にあんたの容姿には惚れてないんだってさ」
「……うん?」
え、なにそれ。
それって、私の容姿が悪いってこと?
確かに、私はあまり容姿を気にする性分じゃない。
だから容姿に関しては自信がないのは当たり前なんだけど……。
ちょっと、傷つく。
「よかったじゃん。彼、外見だけで人を選ぶような奴じゃなさそうよ」
ていうか、いつも私を付け回しているくせに。
容姿が気に入らない?
なにそれ、直接言いなさいよ。
「……って、おーい。聞いてるー?」
大体、嫌なら私を視界に入れなければいいじゃない。
私は好きであなたの目に映っているわけじゃないのに。
でも……そうなんだ。
私、そんなに容姿悪いんだ……。
「ねぇ」
「なに?」
「私って、外見どこかおかしい?」
「おかしいってわけじゃないけど……強いて言うなら、その長い前髪をどうにかした方がいいんじゃない? 目元まで伸びてるし、顔の半分隠れてるようなものじゃん」
「分かった。じゃあ切ってくる」
今日は早めに帰って美容院を予約しなくちゃ。
「あんた、無縁どころか絶賛恋愛中じゃない……」
意味不明な言葉を口走る友人を無視。
私は残っていた昼食を時間を掛けて平らげた。
――翌日。
スッキリとした額に違和感を覚えながら、私は学校へ登校した。
まだ授業に余裕のある時間帯。
それでも、彼ならばこの時間には来ていておかしくない。
……ほら、いた。
彼とは毎朝この時間に顔を合わせている。
最も、彼が私のことを見ているのかは知らないけど。
折角なので、ちょっと近づいてみようと思う。
決して、先日の一件をまだ気にしているわけではない。
別に彼どう思われようが私は気にしないし。
この前髪も、別に彼を気にしたわけではないし。
クラスメイトなんだし、挨拶しても怪しまれないだろう。
「……お、おはよぅ」
失態。
何だか、情けない挨拶になってしまった。
何でだろう、急に物凄く緊張した。
ヤバイ、もう帰りたい。
顔が赤くなっているのが分かる。
「……」
やっぱり変な子だと思われたのか。
彼はピシリと石像の如く硬直した。
そして暫し間を開け、途端に「はっ!?」と我に返った様子を見せる。
「あ、ああ。おはよう。その……か、髪切った?」
「え、ええ。ちょっと前髪を切った程度だけど……」
気づいてもらえた。
私が髪を切ったこと。
ちゃんと気づいてくれた。
「あー、えーっと……その、似合ってるよ」
「そ、そう」
ヤバイ、超嬉しい。
ニヤケそうになる顔を、何とか押さえ込む。
容姿を褒められるってこんなに幸せな気分になるのか。
全国の美人さんはこんな気分をいつも味わっているのか。
くそう、死んでしまえ。
「そ、それじゃあまた後で」
手を軽く振って立ち去る彼。
私は彼の遠ざかる背中を、暫くぼーっと眺めていた。
「……私も、教室に行かないと」
彼の姿が見えなくなってから、私も歩き出す。
何だか妙に足が軽い。
今なら魔法でこの街を消し飛ばせそうだ。
「あ」
ふと、教室の入口にいる見知った男子が目に入った。
ご機嫌絶好調の私は、私らしくない気さくな挨拶をする。
「おはよう」
「ん? ああ、おは……よ、う……」
何故か、異様に目を見開かれる。
あれ、もしかして私、何かおかしい?
……そうだとすれば。
私はそんな状態で彼と挨拶を?
あれ、それってちょっと待って。
もしかして、彼の「似合っている」はお世辞?
それで本当は寧ろ悪化しているとか……。
うわ、だとしたら最悪。
死にたい。
目の前の男子を置き去りに。
私は直様お手洗いに駆け込んだ。
ああ、もう。
本当に最悪。
手鏡の一つでも持っておくべきだった。
◇
◆
◇
「おま、ちょ、何だよアレ! 何であんなに可愛くなってるんだよ!?」
「し、知らねえよ! 俺だって驚いてるんだ!」
「女が突然変わるって言うと……やっぱ恋か?」
「……」
「じょ、冗談だって、そう落ち込むなよ」
「……こ、こうなったらもう、今すぐにでも俺の気持ちを……」