表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

日本神話シリーズ

風神から雷神へ

作者: 八島えく

「鹿島」

 いつも憎らしそうに俺を呼ぶその声は、諏訪だ。

 諏訪の社の風神。俺の愛しい好敵手。



 その日、珍しいことがあった。

 諏訪の社に祀られている建御名方――愛情込めて俺は諏訪と呼ぶその神が、諏訪の地から一時的に離れる許可を俺に求めてきた。


 俺――建御雷はかつて諏訪と国土平定を巡って戦ったことがある。

 出雲にいた諏訪の腕を圧し折ってぶん投げ、挙句の果てには諏訪の地まで追い込み、その地から出ないという約束を取り付けた。

 

 この争いがきっかけで、諏訪は十月の出雲会議の時もその地から出ないし、一時的に地を出る時は必ず俺の許可を求める。

 とはいってもこの許可、対して機能していない形だけのものだ。

 よっぽどのことが無ければ俺はいちいち諏訪の申請を確認しないし、というかむしろいちいち許可取らずに勝手にどこへでも行っていいんだけどな。諏訪は真面目だからめったに外へ出ないんだよな。


 そんな諏訪が俺に外へ出る許しを申請してきた。その日の朝、神職に叩き起こされてきんきんに冷えた水で顔を洗っていた時のことだった。

 地面を這ってきたのは一匹の白い蛇だった。俺を見つけると恭しく礼をして、一枚の紙を俺に渡してきた。諏訪が俺に提出した外出許可の申請書。


「ご苦労さん」

 ざーっと目を通してみると、外出時間は珍しく一日。

 いつもの諏訪は長くて半日くらいしか申請しないのに、一日外に出たいなんて今回が初めてだ。つっても、あいつが外出申請すること自体が稀なんだけど。


「……あいつもキマジメなもんで」

 ちっと待ってろ、と蛇をそこに待たせ、俺は一旦社に引っ込む。外出を許可しますよーっていう判子を書類に押すだけだ。

 引き出しん中に適当に放り込まれた判子を預かった紙にぽんっと押す。朱肉の必要のない不思議な判子である。便利なもんだ。


「よう、お使いありがとさん。許可出したから、諏訪んとこに持ってってくれ」

 許可印を押した書類をきれいにたたんで、じっと待っていた白蛇に返す。蛇はすっと頭を下げ、踵を返して社を去った。


 その後はだいぶ暇だった。珍しいこともあったもんだと今日のことを思いながら、俺は社でごろごろしていた。

 たまに訪れる人間にちょっかいを出したり鹿と戯れたり、つまるところいたって平和な半日を過ごしていたわけだ。


 昼飯を食った後は境内を適当に散歩したあと昼寝していた。ごろごろするの楽しい。一度だけふと目が覚めたけど、二度寝してやったり。

 そしてまた睡魔に負けようとしていたとき、神職にまたも叩き起こされた。しかも冷や水浴びせてきやがった。顔を洗うのは朝にすませたっつーに。


 だが神妙な面持ちで、身なりを整えて外に出ろとすごまれたのには首を傾げたものだ。不思議に思っていると来客だということで、ようやくそこで合点がいった。


 俺はほつれた髪を結い直して着物も整える。下駄を履いて社の外へ出た。

 その小さな客人を目の当たりにした時、俺はぽかんとしていた、と思う。


「鹿島」


 俺を誰よりも嫌っているはずの諏訪が、気まずそうにそこに立っていた。


「……な、え、諏訪?」



 あまりにも意外な訪問に、俺は間抜けた顔をしていただろう。ぷっと諏訪が噴き出す音が聞こえた。

「……へんなかお」

「あ?」

「あぁっ、いや、何でもない! 聞き流してくれ……」

「別に気にしてねーよ。珍しいな。っていうか初めてだよな、おまえから俺んとこ来るの」

「そうだな。いつもはお前が僕の方へ来てくれるからな」

「だよな。

 そんで、今日は何の用だ? ここに来るためにわざわざ外出許可をだしてきたのか」

「まあ、それもある。この社に来る前に、ちょっと買い物をしていた。

 それで、これ……」

 諏訪がおずおずと差し出したそれは小さな紙袋だった。くれんの? と聞くと諏訪が頷く。


 中身を確認してみる。

 思わず「お」と嬉しげな声を上げてしまった。


 中身は俺の大好物。色んな漬物が器の中に詰め込まれていたのだ。

 甘い物よりしょっぱいものが好きな俺はなかでも漬物に目がない。たまに食べ過ぎて神職にいさめられることもある。


「おぉぉ……!? どうしたんだこれ? どこで買った? どの辺の店にあった?」

「そ、その……氷川の方で、定食屋を営んでいる人間と知り合って……。ずっとまえ、カグツチ殿がその店で出してもらう漬物が美味いって仰ってたのを思い出して……、お、おまえにどうかなと……」

「俺?」

「漬物、好きだろ? 宴の席とか、他の神の漬物とかも食ってたし……」


 それに、と諏訪が言葉をつづける。


「い、いつもおまえに菓子をもらってたから……それには足りないくらいだけど、


 お菓子と……話し相手になってくれるお礼というか……。


 と、とにかく受け取れ! 毒は盛ってないから、安心して食えるぞ!」

 諏訪は顔を真っ赤にしながら、無理やりそれを俺に押しつけてきた。


「用はそれだけだ! 僕は帰る!」

「ちょーっと待った待った!」

 俺は慌てて諏訪の手を掴んだ。

「ぎゃあっ!」

「変な声出すなっつの。神職に誤解されるだろーが。


 それより、今日一日は外出していい日なんだし、せっかくだからおまえも食ってけ」

「ふえ……!? でも、その、僕がお邪魔しては迷惑じゃないか?」

「全然? ひとりで漬物かじるのは寂しいかんな。

 お茶を入れるから、寂しい雷神の話し相手になってくれよ。菓子はせんべいで我慢してくれな」

 

 俺が諏訪のもとへ訪れた時、持ってきた菓子の毒見という言い訳を使って諏訪は俺を招き入れる。

 今日はその逆だ。俺が寂しいっていう言い訳で諏訪を呼びいれる。


 まあ、あいつは素直じゃないからな。こうして言い訳作ってやらないと、頼みを聞いてくれないから。まあ、俺もよそのこと言えないけど。


「……し、仕方ないな。せんべいで我慢してやる」

「ありがとよ。あ、ザラメ煎餅が残ってんだよ、湿気る前に食ってくれ」

「仕方ない、食ってやる」

 そういう諏訪の顔は嬉しそうだった。


 かくいう俺の顔もたぶん嬉しさで相当緩んでるかもしれない。口元を手で押さえないと、にやけた笑いがこぼれて神職に気持ち悪がられるだろう。


 今日という日はまだ少し時間を残してる。

 それまでは、一緒に他愛ない話でもしてだらだらしよう、諏訪。


 それこそ、漬物と煎餅をかじりながらな。

うちの風神雷神コンビで、たまには風神がお出かけする話でも、っという感じで浮かびました。諏訪君は甘い物好きですが鹿島さんは塩分好きです。特に漬物が。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 日本神話というタグで、どんな硬めの小説があるやらと思ったら、意外とコミカルで良かったです。 [一言] 神さまも、心許せる仲間がいたほうが幸せですよね。そんなことを思いました。ありがとうござ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ