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最終話

雫の夫が買って帰ってきた大量のパーティー用オードブルを、3時間かけて全員で食べ終える。すでに甥と姪は寝室で眠ってしまい、雫夫婦も部屋へ引き揚げて行った。和也たちの両親も「あとは若いので好きにしてくれ」と言って自室へ引き揚げてしまう。

残された若い4人は、お互いにビールを酌み交わす。


「婚約祝いに、乾杯」

「かんぱーい。まさか和也兄があそこでああくるとは思わなかった、人生最大の驚きだったし」

「もういいかな、って思って」


そう言ってはにかむ。その横顔を見ながら鈴は小声で「私は恥ずかしかったですけどね」と呟くが、それすら和也は笑顔で受け取ってしまう。今なら何を言っても許されそうな雰囲気を出しており、一也も無遠慮に色々と質問をし始める。


「あーでも鈴のこと、ちょっといいかなって思った時期もあったんだけどな」

「え、そうなの?全然気づかなかった」

「正直和也兄が目をつけてる、ってだけで面白そうって思うし」


ニヤニヤと言うと、一樹が一也に便乗する。


「確かにな。和也の必死な顔を見れたのは楽しかったな、離婚する日が楽しみだな」

「一樹・・僕たちが離婚する時は、鈴ちゃんに飽きられた時だけだよ」

「で、そこを俺が狙うってこと?」

「ハハ・・冗談は口だけにしておきなさいよ、一也」


ニッコリと笑顔を向けた和也に、一也はブルリと背筋を震わせた。小声で「怖い怖い」と言いながらつまみのピーナツを口に投げ入れる。それを横目に見ながら一樹は突然鈴の方へ背すじを伸ばして向き直る。


「出来の悪い弟だが、最期まで添い遂げてくれ」

「ハ、ハイ。勿論です」

「おー一樹兄の真剣なところ久しぶりに見た。そういえば鈴って、俺たちの両親が再婚って聞いてる?」


初めて聞く言葉に「え、そうなの?」と和也を見ると、その通りだと言うように頷いた。その顔を見て一樹は和也を睨みつける。


「・・言ってないんだな、お前まだ」

「うん。知らないままでもいいなかって、思ったから」

「お前が良くても、日和がダメだったらどうするつもりだ?」


視線が鈴に集まるが、何の話だかさっぱり分からないため首を傾げるしかなかった。その様子を見て一樹は「ハァー」とため息をつくと、面倒臭そうに手元のビールを一気飲みをした。


「おい日和。和也に言うつもりがないなら俺が言っておく。両親は再婚して長いが、俺と和也は父親の連れ子で、雫が母親の連れ子だ。コイツは二人の子供だからまぁどうでもいいんだが」

「どうでもいいて、オイ」

「和也が小学5年生の時に、中学1年生の雫さんが姉になったんだが、その時から雫さんに一目ぼれしてやがったんだコイツは」


その言葉を聞いて、ストンとどこかに何かが嵌った音がした。そして自分でも驚くほどに、その事実を真正面から受け止めることが出来ていた。鈴のなんら変わらぬ様子に訝しげな顔をしているが、鈴が先を促すと一樹は更に続ける。


「血が繋がってないとはいえ、俺たちは家族になったんだ。そういうのを応援するとか、しないとかって話じゃぁないんだが・・当時の俺は初めはダメだとか言ってたんだけどな。そのうち上手い事いけばいいのに、って思って何かと橋渡しをすることが多くなった」


そこまで言って和也の反応を伺うが、あまり動じていないようであった。その態度に少し苛立ちを感じながらも新たにビールを開ける。


「だがあんまりにもコイツが内気すぎたんだ。そこをずっとフォローしてやってたんだが、同い年だしな。つい俺も腹が立って、しょっちゅう喧嘩腰になってたな。あの時は大体コイツが何か言う度にゲンコツ食らわせたな」

「あったね、そういうことが。本当に心配ばっかりかけてたな一樹には」

「・・でまぁ、9歳差で今度はコッチが産まれたわけだが、赤ちゃんに皆の意識が向いちまって余計にコイツが内気に拍車をかけたわけだ。今あの時に戻れるなら、俺ももっと上手い事やれたんだけどな・・まぁどうしようもない。とにかくあそこから度を超えて内気になっちまったんだよ」


懐かしむように言う姿は、弟思いのお兄ちゃんそのものだった。だが本人はそんなことを微塵も思っていないのだろう、緩んだ口元を隠すように頻繁にビールをあおる。


「コイツ、鳥のヒナみたいに俺にくっついてくるんだぜ?双子だから同じ顔がずーっと、どこ行くにも一緒。一時期それでからかわれたこともあったな」

「そうだったね。僕には何を言われてるか良く分からなかったけど、一樹が毎回もっと分からない言葉を使って追い返してたなあ。懐かしい」

「・・和也兄、当時から鈍かったんだな。よく生きてこれたと思ってたけど、正直そこまでとは思ってなかった」


ポツリと呟く一也に、鈴はクスリと笑いをこぼす。それを見て幸せそうに微笑む和也は、本当に一樹の話を「どちらでもいいもの」として捉えていたようであった。鈴自身、あの時とは心の持ちようが全く変わってしまったためか、話を聞いても「昔」の「思い出話」として受け取れた。


「で、そこで雫さんが一計を案じて誕生日にサボテンを送ったんだ。理由は『サボテンって、話しかければ話しかけるほど元気になるらしいよ。サボテンが私だと思って、おしゃべりの練習がんばろ!』だぜ?」

「そんなことまで覚えてたの?一樹はほんと記憶力いいなぁ」

「それ聞いて素直に『ウン、頑張る!』って言うのはお前ぐらいなもんだ。俺にも寄越そうとしたのを断って、それすら持ち帰ったじゃねえかよ」


うんざりした顔でそう言う一樹に「そうだったっけ?」と首を傾げる。


「そうして毎年誕生日ごとに増えたサボテンを、後生大事に育てて育てて育てて・・結局ハタチになると同時に家を出た雫さんには、その事がずっと心配だったんだろうな。マメに連絡取ってくれてたんだが、ある時気付いたんだよ。和也の気持ちが家族の「好き」じゃないことにな」


そこで和也は片手を上げて一樹を制した。そして鈴の顔を隅々まで確認する。


「・・鈴ちゃん、この先も話しても平気?」

「え?うん、もっと聞きたい。和也さんの思い出話、すごく楽しいよ」


鈴の言葉に目を真ん丸にさせると、すぐに可笑しそうにクスクスと笑う。「そっか」と言うと、今度は和也が続きを話し出す。


「それでも僕は、雫さんが好きで仕方が無かったんだ。距離を取られてるのは分かってたけど、それでも定期的に連絡を入れてた。そしたらある日突然、婚約者を家に連れて帰ってきたんだ」

「えっ、突然?」

「そーそ。俺まだ小学生だったけど、この人がお兄ちゃんよーとか言われて超びっくりしたもんね」


一也がここぞとばかりに会話に入ってくる。そして一樹も可笑しそうに続く。


「あの時の和也の顔は傑作だったぞ、完全に失恋した時の顔してたかんな」

「そうだね。でもその顔をしてるのを見た瞬間、雫さんはすごい勢いで僕の部屋に走って行ったんだ。それで部屋のあちこちに大事に置いてあるサボテンを、その場で処分しろって言い出して」

「えっ!?」

「自分で送っておいて処分しろとか、ほんと雫さんは面白い人だよね」


和也が困ったように笑うが、それは面白いとはまた違う気がした。案の定和也以外は「出た出た」という顔をしている。どうやら和也は思っていたよりも天然だったらしい。


「しかも片っ端から窓から庭に投げつけるんだぜ?母さんが滅茶苦茶焦ってホースで水撒くわ、ガッチャンガッチャン音が鳴るもんだから近所から人が集まるわ、もう阿鼻叫喚だったからな」

「・・あー、なんかそれ俺も覚えてる。雫姉の婚約者にずっと抱っこしてもらってたわ」

「最終的に部屋の中のサボテン全部投げて、父さん帰ってきてから「この人と結婚するね」って言って帰ろうとして大目玉だったよ」


鈴にはその時立ち会ったわけじゃないはずなのに、あの温厚そうなお父さんが大声で怒鳴りながら血の繋がりが無いとはいえ娘に対して真剣に叱る姿が目に浮かんだ。そして廃人のように呆然としている和也の姿もチラリと浮かぶが、それは見なかったことにする。


「結局トイレに飾ってた1個だけが無事でね。その後も大事に育ててたんだけど、数年で子供が二人出来てパワフルになった雫さんの事がまだ忘れられなかったんだ」

「あの男勝りのどこがいいんだかって感じだけどな。結局その最後の1個も見つかって、すっげー剣幕でサボテン奪って帰ってったんだよ」


一樹はそう言って笑ったが、きっとその時にもいろんな事が起きたのだろう。和也は遠い目をしていた。


「・・まぁでも、大事に育ててきたおかげで蕾がついててね。その蕾があったおかげで、サボテンは・・ほら、鈴ちゃんが一度買ってくれたよね。あのサボテンだよ」

「そういう歴史があったとは・・マルコポーロ様、さすがです」

「その話、あたしが詳しく話してあげましょう」


ガチャリとドアが開くと、そこには仁王立ちをした雫が立っていた。そして堂々と一樹の隣に座ると、ビールを開けて「かんぱーい」と言って飲みだす。一也が何かを言いかけるがため息をついて言葉を飲み込んだ。どうやらこうなったら誰にも止められないらしい。


「やっぱ蕾つくぐらい可愛がってくれてたなんて、罪悪感がチラっとね・・。露天商してる友達に頼んで、変装してサボテン売ることにしたの」

「・・じゃあ、あの時の弾けたお姉さんって」

「あたしでーす」


イェイ、とブイサインをしている雫に鈴以外が驚きの顔をする。どうやら自身で売りさばいたことは言っていなかったらしい。


「だからあの日、初めてじゃないとかって言ってたんですか」

「そうそう。あとね、あたしはちゃんと「鈴ちゃんを選んで」売ったのよ?」


選んで売るという意味が分からずにいると、和也が続きを言った。


「鈴ちゃんは、雫さんの若い頃の面影があるんだ」

「・・嘘、こんな美人じゃない」

「美人だって!ねぇ美人だってあたし!」


キャーと嬉しそうにはしゃぐ雫を誰も止められずにいるが、これが通常運転のようであった。


「まぁ本音はさておき、本当よ。最初はあたしを忘れてくれるなら誰に売っても良かったんだけど、鈴ちゃん見た時ビビーっときたの。だから多少強引だったけど売ったってわけ」

「多少、というんですか・・」

「細かい事は気にしない!その後はチョチョイと後を付いてって、家を把握してから和也に場所を報告したってわけ」


その言葉でその場の全員が雫を凝視した。


「ちょ・・チョチョイと後を付いて行ったって、それストーカーって言うんじゃないの!?雫姉ってマジぶっ飛びすぎでしょ!?」

「・・日和、今なら口約束だ。まだ戻れるぞ」

「そ、そうだったんだ・・あのあたりで露店してたって聞いてたけど、そうじゃなかったんだ・・」


三者三様、そしてそれを軽く受け流して「ゴメーン」と悪びれる様子も見せない雫に、思わず笑いが出てきてしまう。


「・・そういう姿に、和也は惚れたんだろうね」

「へ?」

「ぶっ飛んだこと言っても、ネガティブなこと言っても、そうやって笑ってくれると自分が許されてる気持ちになるから」


とても嬉しそうな顔をする雫に、なんと返そうか言葉を探していると、和也が続いた。


「雫さん、一樹、一也のおかげでこんなにいい子を嫁に貰えるまで成長することが出来たよ。本当に、本当に皆僕の事を叱ってくれてありがとう」


3人に向けて頭を下げると、鈴の方を振り返る。


「鈴ちゃん。僕の事を見つけてくれてありがとう、傍に居ることを許してくれてありがとう」

「・・私こそ、和也さんの傍にずっと居させて下さい。ありがとう」






翌日から、特に何かが変わったわけでは無かった。同じように仕事をし、週末には和也とデートをする。だがそんな普通の生活がとても幸せなものに感じ、尊く思えるようになった。和也の引き抜きは本当だったらしく、引き継ぎなどで毎日慌ただしく過ぎていく。

鈴は仕事を変えるつもりが無かったため、そのまま在籍することを伝える。和也の家族はそれをとても喜んだが、和也自身はあまりいい顔をしていなかった。理由を尋ねると「なんでもない」と言われてしまい、そのまま12月へ入った。

世の中がクリスマスに浮かれている中、鈴たち事務室のメンバーは年末の締め作業に追われていた。毎日残業をし、毎朝定時に出勤をする。そんな生活に限界を感じ始めた12月の中頃に、和也からデートの誘いがきた。

2週間ぶりになるその誘いに乗らない手はなく、二つ返事で了承する。不思議なことにその週の仕事はとても楽しくすることが出来た。突然やる気になり、仕事の効率が上がり始めた鈴へ皆が仕事を押し付ける中で週末を迎えた。


「お待たせ」

「待ってないよ。・・久しぶりだね鈴ちゃん」

「ちょっとやつれた?ちゃんとご飯食べなきゃ、ダメだよ」


お互い連日の残業で疲れた体で来ていた為か、あまり健康そうな顔色ではない。ただその頬は常に染まっていて、とても嬉しそうだった。


「久しぶりにゆっくりカフェでおしゃべりでも、しようか」

「嬉しい!私、和也さんに話したいことたくさんあったんだ」

「・・僕もだよ。今日の夜、楽しみにしててね」


ディナーの話かと思い「うんっ!」と元気に頷くと、満足そうに鈴の頭を撫でた。そこからはあっという間に時間が過ぎて、カフェでのおしゃべりも気づけばランチを済ませ、デザートの時間になっていた。場所を移動して、そこでもおしゃべりに興じているとあっという間にディナーの時間になる。


「わ、もうこんな時間・・」

「そろそろ行こうか。今日は、見せたいものがあるんだ」

「何々、楽しい事?」


鈴がそう言って和也の手を握ると「内緒」と言って額に口づけされる。あの日家族の前で額にキスをして以来、外でもこうして唇以外の場所にキスをすることがとても増えていた。和也は全く気にしていないようだったが、鈴はまだ羞恥心がかなりある。案の定周りの視線がチクチクと刺さるのを感じて、急いで店を出た。

すっかり夜になってしまっていたが、街灯とイルミネーションが街の中を華やかにしている。とても夜とは思えない明るさに、気分も上がってしまう。


「見て、あの木全部LEDだ!」

「本当だね。もう少し近くで見てみよう」

「そうしよ!」


近づくにつれて、少しずつ人が多くなってくる。はぐれないようにギュッと手を握っていたが、突然その手をグイと上に持ち上げられて腕に掴むように促された。コートを着て更に厚くなった腕に、自分の腕が絡まるのはとても恥ずかしかった。

こういうことだよね、と言うかのように目線を上げると、嬉しそうに目を細めている和也がいた。そのまま少しずつLEDに近づいていくと、青色の鮮やかな光が瞼を閉じても見えるようになった。


「すごい!目閉じてても光が見えるね!」

「・・クク、目閉じて見てるのなんて、鈴ちゃんぐらいだよ」

「え、うそ?皆一回はやるよ、和也さんもやってみてよ」


目を閉じながらそう言うと、和也の気配が消えたように思った。ザワ、と周りに居る人がざわめいた気配を感じて目を開くと、隣に居たはずの和也が居なくなっていた。


「あれ、和也さん・・?」

「下見て、鈴ちゃん」


そこには片膝をついて指輪を持つ和也の姿があった。思わず口元に手を当てると、その左手を自分の手元に導く。


「僕と結婚してくれますか」

「・・ハイ、勿論です!」


周りから拍手が聞こえてきた。徐々に広がる歓声の中、そっとはめられた指輪は薬指にぴったりと収まった。


「楽しみにしててねって、このことだったんだね」

「・・断られなくてよかったよ」

「なっ、断るはずないよ!すっごく嬉しい、ありがとう」


手元に光る指輪をイルミネーションの光に反射させていると、和也がそっとその手を掴んで薬指の辺りにキスをした。


「ディナー、食べに行こうか」

「は、はい」


その日の晩は、仕事の疲れも忘れてたっぷりと和也に愛された。何度も何度も抱き合うと、それだけで最高の気分を味わうことが出来た。

二人は家族になり、そして、二人だけの新たなページが紡がれていくのだ。

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