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四話

土曜日。

今日は19時に和也と食事の約束がある。

だが鈴の家の中は悲惨そのものであった。


「ちょ、ちょ、どうしよ、どうしよう」

「落ち着きなさいって鈴。はぁ・・なんなのよこの乙女」


服を出しては着る、出しては着るを繰り返しているうちにとてもではないが見れた室内ではなくなった。

ワンルームしかない鈴の部屋は服で埋め尽くされていた。

もちろん今日の夜に着ていく服を選んでいるためである。


「春ちゃああん、私どうしよう、どれ着ても似合わない気がしてきた!」

「大丈夫だってば・・。ていうか本当に好きなのぉ~?光葉さんのこと」


その瞬間ボッと顔が上気した。

それを見て靖春は「はぁ」とため息をついた。


「本当に好きみたいねぇ・・。別に惚れるポイントなかったじゃない?」

「違うんだって!本当に突然色っぽくなる時があるんだって!」


特にふって笑ったところとか!と続ける鈴だったが、思い出して再び顔が上気した。

その様子を見て靖春はクスリと妖艶に笑う。


「思い出すだけで顔が赤くなるなんて・・鈴かーわいー」

「もおお!からかわないでよ!それより服どうしよう・・」


しょんぼりとする鈴に、靖春は再び「はぁ」とため息をつきながらベッドから立ち上がる。


「これに、これ合わせて。で、この小物持っていけば完璧」

「春ちゃん・・!うわーん!困ったときの靖春様だよ!」

「は・る・さ・までしょ?」


目が笑っていない微笑みを浮かべると、鈴は90度で謝罪した。


「調子に乗ってスミマセンデシタ」

「よろしい。早く着替えちゃいなさいよ、メイクもこれからでしょ」

「うん~~ありがとう~~」


着替えるために洗面所へ移動していった鈴の後姿を見て、靖春は再びため息をついた。


「本当に大丈夫なのかしらねぇ・・」


その後メイクもヘアメイクも終えて、無事に見れるようになった室内。

靖春と手分けをして片づけてようやく片付け、もうすぐ18時になるところであった。


「やばい、もう行かないと・・!」

「はいはい。じゃああたしも帰るわね」

「うう、本当にありがとう春ちゃん」


そう言って鈴は靖春にぎゅっと抱き着く。

靖春も優しく抱きしめると、鈴の頭を撫でた。


「頑張りなさいよぉー?」

「頑張ってくる・・!」


そしてそのまま鈴の家の玄関先で別れた。


待ち合わせ場所は●●駅前であるが、目立つ建物と言えば今いるこの本屋の前しかない。

約束の時間まであと20分ある。

ほっとして壁にもたれかかった瞬間、ぽんと肩をたたかれた。


「日和さん」

「わっ!び、びっくりした・・。こんばんわ光葉さん」

「驚かせちゃったかな?ごめんね、こんばんは」


にっこりとほほ笑む和也に、鈴はなんとなく違和感を覚えた。


「・・日和さん?」

「あの、光葉さんですよね?」

「そうだよ。時間前だったけど・・待たせたら悪いかなって思って」

「そうですか・・ありがとうございます」


鈴も笑顔で答えると、和也は鈴の手を取った。

はっとした顔で見上げると、和也が困ったような顔をしていた。


「この人ごみだから、離れ離れにならないように・・って思ったんだけど、またびっくりさせた?」

「い、いえ・・お気遣いありがとうございます」

「じゃあ行こうか」


そのままスマートに店先までエスコートされていく。

その間も会話が途切れることがなく、はたから見たらカップルのようであった。


「着いたよ、ここだよ」

「わ、きれいなところですね」


高すぎず、安すぎない、だけど個室があると噂のお店であった。

店の中に入ると、個室に案内されて向かい合って座る。


「やっと二人きりで話せるね」

「は、はぁ・・そうですね」


いつもと感じの違う和也に戸惑いながらも、鈴は笑顔で答える。

すると和也は不思議そうな顔で言った。


「ねぇ日和さん。今日の僕はそんなに変かな?」

「いえ、変じゃないんですけど・・なんだかいつもよりも、フランクな感じがして」

「そうかな、僕はいつも通りのつもりなんだけど・・そっか」


一人でうんうん、と頷くと鈴の方へメニュー表を開いた。

全てに写真がついていてとてもわかりやすいのだが、分かりやすいが故に鈴は迷っていた。


「食べたいの、ある?」

「えーと・・なんだか全部美味しそうで・・」

「ははっ、日和さんって見た目によらず食いしん坊だったりするの?」


少し首をかしげておかしそうに言う和也に、日和は顔が上気した。


「そ、そうかもしれないです・・。美味しそうなものは何でも食べてみたいです」

「そうなんだ、ははっ」


目を細めて笑う和也だったが、やはり日和はいつもと違うな、と思っていた。

こんな風にフランクな空気をまとった和也を見たことがなかった。

とはいえ、まだ何度かしか会ったことがないのも確かである。

もしかしたらこのフランクな方がいつもの和也だったのかもしれない、と鈴は思い直す。


「なんでもいいよ、好きなの頼んで」

「はい・・。じゃあ私はこれで」

「あ、ちょっとオーダーの前にトイレいいかな?」


ケータイを気にしながら光葉は言う。

どうぞどうぞ、と言う鈴に笑顔で手を振ってから個室のドアが閉まると同時に着信が入る。


「・・春ちゃん・・?」


不思議に思いながら電話に出る。


「もしもし」

「あ、デート中にごめんねー。ちょっと家の中に忘れ物したから取りに行きたいんだけど、いい?」

「いいよ!鍵はいつものところにあるから・・」


靖春からの電話で、鈴はようやく自分がいつもの調子に戻った気がしていた。

やはり今日の和也は、いつもの和也のようで、そうではないような気がしてきたのだ。

ほっとして電話を切ると、まだ和也はトイレから戻ってきていない。

電話を切ってから10分程して、ようやく戻ってきた。


「す、すみませんでした・・遅くなってしまって・・」

「大丈夫ですよ・・って、光葉さんの方こそ大丈夫ですか?」


和也は肩で息をしているようであった。

そんなに遠くにトイレがあったわけでもあるまいし・・と鈴が思っていると、和也は先ほどと同じように正面に向かい合って座った。


「大丈夫ですよ・・ちょっと、外で電話してきたんです。断りもなくすみません」

「いえ、電話だったらゆっくりしてきてもらってよかったのに」

「いいんです。仕事の電話だったんで」


そう言うと、寂しそうに微笑んだ。


「お仕事、忙しいんですね。この前会社の前で会えたのは、本当にたまたまだったんですね」

「ええ、まあ・・あ。食べたいもの決まりました?」

「はい。これにします」


そのあとは普通にオーダーを済ませ、一緒にご飯を食べる。

お酒で乾杯もした。


「正社員決定おめでとうございます、乾杯」

「ありがとうございます!乾杯」


そこで鈴は気付いた。いつもの和也に戻っている、と。

ようやくなんとなくほっとした自分に気付いて、少しだけ苦笑する。


「どうしました?」

「いえ・・なんだか、さっきまで光葉さんがいつもと違う気がしてたんです。でも、今の光葉さんはいつもの光葉さんだなーって思って」


和也は、少し傷ついた顔をした。


「フランクな僕はずうずうしかったですか?」

「いえ、あんな光葉さんもいいな、って思いましたよ」


本当は苦手だ、と思っていたくせに好きな人の手前そんなことは言えなかった。


「会社では、普段あんな感じなんですか?」

「そうだね・・そんな時もあるかな」

「そうなんですか・・」


鈴は少しショックを受けていた。

あんなにスマートにエスコートし、さらにこういった場所での対応も慣れている。

女性経験の豊富さがにじみ出ていたのが、少しショックだったのだ。


「で、でも、サボテンのことを知ってるのは・・日和さんだけですからっ」


突然少し大きな声で和也が言った。

その顔は下を向いていてよく見えなかったが、耳が赤く染まっているのを見て鈴はとても胸の奥がモゾモゾし始めた。


「意外でしたよー、本当に。あんなにサボテンに執着している人がこの世にいるなんて!って」

「そ、そんなぁ・・やっぱり気持ち悪いですか・・?」


悲しそうに寄せられた眉さえ、今の鈴には頬を上気させるのに活躍した。


「いえ、あんなに大切にされている植物がうらやましいくらいですよ」

「えっ?」

「私、あんまり植物育てるのが得意じゃないんですよ。1ヶ月もあれば枯らしてしまうんです。ほんとひどいですよね」


だから、と続ける。


「あの日、サボテンを買ったときに思ったんです。この子こそ大事に育て上げよう!寿命を全うさせてあげよう!って。結局もとの持ち主のところに帰っちゃったんですけどね・・」


話が終わると顔をテーブルに向けてしょんぼりとさせる。

和也は目を細めてその話を聞き、そして笑った。


「はは・・でも、あのサボテンが日和さんのところに行ってくれて良かった」


鈴が顔を上げると、思い出すだけで胸が高鳴ってしまうあの笑顔があった。

少し顔を赤くしながらも「ええ?どういう意味ですか」と言うと、「んー」と言ってから話を続けた。


「最初は姉が売りとばしたって言った時に、怒りしか湧いてこなかったんですけどね。でも、そのおかげで日和さんに出会えて・・最初はすごく警戒されちゃいましたけど、今はこうやって一緒に食事までできてるなんて。とてもすごいことだと思いませんか?」

「そ・・うですね、本当にすごいと思います。私最初、変質者だと思ってました」


和也は「えぇ!?」ととても意外そうに声を上げた。

鈴がクスクス笑いながら最初の印象を話す。


「だって、ドアスコープから見たらパーマのかかった黒髪しか見えないんですよ?しかも何の話かと思ったら、サボテンの話!それも私が押し売りされたサボテンですよ?もう変質者に違いない、静かにドアを閉めようって心に決めましたもん」

「そ・・え・・あー、そうですよね・・」


口をパクパクさせながらも、初めて出会った日のことを思い出したのであろう。頭を抱えて耳を赤くしている。

それを見て鈴は声を立てて笑った。


「あはは、でも今はちゃんと普通の人だって思ってますよ」

「そうじゃないと困りますから!」

「ふふ・・ちゃんと会社では、内緒にしておきますね?サボテンのこととか」


ニヤニヤしながら小声で付け足すと、和也は顔を真っ赤にさせた。そして真っ赤になった顔を両腕で隠してしまった。


「も・・それ、やめてくださいよ・・」

「え?あ、ごめんなさい・・」


やりすぎたか、と思い鈴が素直に謝ると「ちが、そうじゃなくて・・」と腕に少しだけ隙間を開けて鈴を見る。

そしてしばし口を開けたり閉じたりを繰り返したが、ふぅ、と息をついてつぶやいた。


「・・やっぱ今はそれでいいや」

「?」


鈴がきょとんとした顔をしていると、ドアがノックされてデザートが運ばれてきた。

目をキラキラと輝かせながら並べられるのを待つ。店員が出ていくのと同時に、スプーンに手を伸ばした。


「すっごく、美味しそうですね!」

「そうですね・・はは、そうやってすごく嬉しそうにしてもらえると、僕もこのお店選んで良かったな、って思えます」

「最初に言われた通り、どうせ私は食いしん坊なんですよー」


少しだけ舌を出すと、和也はぎこちなく「ハハハ・・」と笑って流した。

おいしくデザートまで平らげると、すでに21時を回ろうとしていた。


「えっ、もうこんな時間?」

「あっという間でしたね、本当に」

「今日はご飯も、おしゃべりも、楽しかったです。ありがとうございました」


鈴が座ったまま頭を下げると、和也も頭を下げる。


「こちらこそ、ようやくお礼が出来てほっとしました。就職のお祝いまで一緒に出来て良かったです」

「本当ですね。次に会うのは会社ですけど、お手柔らかにお願いしますね?」

「ハハ・・ひ、日和さんさえよければ、あの、またぜひご飯とか・・行きたいです」


少しもごもごしながらも和也は鈴の目を見て言った。

鈴も少しだけ顔を上気させながらも「はい、ぜひ」と答えた。

その後は和也が会計をし、少し揉めつつも店を出た。


「気持ちだけで十分って言ったじゃないですか!」

「僕からの迷惑料として、受け取ってもらえたらそれで十分ですから」

「もー、引きませんねぇ?光葉さんは」


鈴がわざと両腕を組んで和也を見上げる。


「日和さんこそ」


和也は苦笑しながらそれを受け流す。

そして同時に駅の方へと歩き出したが、そこで鈴が「あっ」と声を上げる。


「そうだ。今日光葉さんって車ですか?」

「いえ、電車で来ましたよ。どうしました?」

「タクシー代だけでも出しますよ!」


そう言うとすぐに道路に向かって手を上げる。


「タクシー!」

「ちょ、ひよりさ、えっ、待って!大丈夫ですって!」

「あ、ほらほら。来たよータクシー!」


今日に限ってすぐにやってきたタクシーは、鈴と和也の前に静かに停車した。

奥に自分が乗り、自動ドアに近い方に和也が乗り込む。


「お客さんどこまで?」

「光葉さん、家どこ?」

「・・はぁ。じゃあせめて、先に日和さんの家に・・」

「ダメでーす。奢ってもらうばかりじゃ、申し訳ないのでーす。運転手さん困ってますよ?早く早く」


和也は観念したように運転手に住所を告げた。

そこはオフィス街のすぐそばにあり、とても鈴のお給料では住めないような場所であった。


「さすがですね、大人って感じです」

「そうですか?会社に近い方が都合がいいんですよ、いろいろと」

「私も早くそんなこと言ってみたいです・・」


鈴がうらやましそうに見ていると、和也は少しだけ眉をしかめた。


「日和さんは、ゆっくりそうなってくださいね」

「そうですね?」


首をかしげつつも同意すると、満足そうに鈴に微笑みかける。

そのまま特に会話が続くこともなく、だけど嫌な空間なわけでもなく。和也のマンションの前まで着いた。


「お・・おぉ・・。初めて見ました、こんなに高いマンションを」

「はは、口が開いてますよ。それじゃあ、送ってくれてありがとうございます」

「いえいえ。お互い様ですよ!」

「それじゃあ、また・・月曜日に」

「おやすみなさいー」


再びタクシーが動き出す。

後部座席から振り返ると、和也はまだ入り口に立ったまま動いてはいなかった。

見えないだろうと思いながらも軽く手を振ると、和也も振り返した。


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