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二話

面接が成功か、失敗かと聞かれたらきっぱりとこう答えられる。


「せっかくの正社員登録の機会だったのになぁ、あぁぁだめだぁ、またやらかしたぁ」

「まぁまぁ。飲んでまた明日から頑張ろう、ね?」

「やっすーん!」


思い切り抱きつくと、靖春やすはるのたわわな胸がぶるんと揺れた。

口の端がひくりと動きながらもそれを受け止める。


「はるちゃん、でしょ?」

「ごめんやっす・・るちゃん」


はぁ、とため息で返事を返す。靖春は元男性である。

胸元のたわわなブツは手術で埋め込んであるものなので偽物だ。

正社員を逃す度に開催されているこの飲み会は、お互いの家を行き来して行われている。

今日は鈴の家で飲んでいる最中だ。

面接が終了して、すぐに靖春に連絡を入れて今日の会を企画したのだった。



「あぁ、やっぱり女の子はいい・・落ち着くわ、このたわわなブツは」

「もーやらしい顔しないの。そういうサービスはしてないのよ」

「いやだー・・ねぇねぇ、お願い!いつものして!」

「ハァ、聞いてないわね鈴は」


靖春は両手で(偽)胸をつかみ、鈴の顔を優しく包み込んだ。

俗にいうぱふぱふというやつである。


「むはー」

「こんなエロ親父にしたのは誰よもう・・」


しばらくすると鈴がムクッと顔を起こす。

靖春が自分の隣を手でポンポンとすると、素直にそこへ座った。

猫足のかわいらしいこたつテーブルの上に置かれているのは酒とつまみである。

そのうちの缶の一つを開けて一つは自分に、一つは靖春の手へ渡す。


「第18回正社員つかみ損ね記念に!乾杯!」

「かんぱーい」


そして二人で一気飲みをする。

どちらからともなく「プハー」という声を立てて息をつく。


「今日はペース早いわね、どうしたの?」

「んー?いや、今回は敗因がはっきりしてるからねぇ」

「圧迫面接だったの?」


鈴はフルフルと首を振る。

もちろん原因は朝一の可哀想な男性である。


「イヤー実はねー」


事のあらましを説明する。

ちなみにサボテンを買った時に隣にいたのは靖春である。


「だぁから言ったじゃないの、胡散臭いから返してきなさいって」

「しょうがないじゃん?買っちゃったんだし、手放しちゃったんだし」

「それより・・その男の人、名前とか聞いてきてないの?」


少しお酒がまわってき始めたのか、頬が淡くピンクになっている。


「あ、えーと、なんだったかな。み、み、みち・・みちや?ミツヤサイ●ーみたいな名前だったんだけど」

「ほんっと名前覚え悪すぎなんだから・・」

「フフフ、褒めてもおつまみしか出しませんよ?」


そう言って目の前にサキイカをぷらぷらさせる。

靖春はそれに無言でかぶりつく。


「いいわねぇ、あなたまだこれから就職だからいろんな人との出会いがあって」

「でもミツヤさんは車通勤みたいだったから、あの人とはもう出会うことがないよ」

「せっかくのイケメン見てみたかったわぁ・・」


ほぅ、と艶っぽい息を吐く。

つい今朝方会ったばかりのミツヤ、もとい光葉 和也の姿は面接中にもチラチラとよぎった。

姿勢を正して面接官に集中するのだが、何度も顔が蘇っては消え、また蘇っては消えを繰り返す。

頭の中にあるのは、次に出掛けるときはどこにいくのだろうか。お礼って何だろう。という面接ではもっとも不要なものばかりであった。

そして気づけば面接が終了して、無意識のうちに退室していた。慣れって怖い!と戦慄したものだった。


「そこいらの女の人より、はるちゃんの方が美人だもんね」

「ありがと、嬉しいから乾杯しよ」

「はるちゃんの美しさにかんぱーい」


再び缶を開けて一気飲みをする。

二人ともほんのり頬が桜色に染まったままそれ以上の変化が見当たらない。


「ね、はるちゃんみたいな色気があったら…面接官悩殺出来て正社員も夢じゃないんじゃない?」

「鈴は無理。色気のタイプが違うわよ」

「ほほーん?」


靖春は不敵に微笑みながらピーナツをかじる。

鈴はワクワクしながら言葉の続きを待っている。


「鈴はね、許した人にしか甘えられないタイプだから色気は無理よ」

「くそー!」


そして二人は再び乾杯をしたのであった。

しばらく下らないことで盛り上がっていると、靖春はトイレへ行った。

鈴がのんびりテレビを見ているとインターホンが鳴る。

「はーい」と言いながらドアスコープを覗くと、黒髪が見えた。

チェーンをかけたままドアを開ける。


「どちらさまで・・」

「こんばんは、今朝はどうもありがとうございました」

「・・こんばんわ」


にっこり笑って立っていたのは和也であった。

チェーンを外してドアを開く。


「一応連絡はしたのですが、返事を待てなくなって取りに来てしまいました。すみません」

「あぁ、あー・・ほんとだ。こちらこそすみません、気が付かなくて」

「いえ僕も気が急いてしまって」


ケータイには登録したばかりの名前のメールが2通届いていた。

面接で踏んだり蹴ったりだったので、即靖春と連絡を取り合ってメールが埋もれてしまっていた。

1通目には今日はすみませんでしたという内容が。2通目には今日の夜8時ごろになってしまうが取りに行ってもいいかという内容が。

そして現在の時刻は午後8:10である。夕方から飲み始めたので、軽く3時間は宅飲みしていたことになる。


「サボテンですね、今持ってきます」

「あ、ちょっと待ってください。これ、良かったら食べてください」


渡されたのは駅ビルの中に入っている洋菓子店のケーキセットであった。

1個500円を超えるものがずらずらと並んだショーケースに、何度か足を止めたことがある。


「えっ、いいんですか?」

「もちろん。日和さんのために買ってきたので・・あ、あの、別に変な意味じゃなくてですね、今朝無理やり話を聞いていただいたお礼というか・・・あっでもちゃんと、後日別でお礼はするつもりで!」

「はぁ、あの・・じゃあすみません。ありがとうございます」


モジモジというか、モゴモゴというか、早口でまくし立てる。

ほとんど流し聞きしながら鈴はちゃっかり貰うものは貰った。

じゃあ、といってサボテンを取りに室内に戻りかけて、振り返る。


「外で立っているのもなんなので、よければ狭いですけど・・玄関で待っててもらってもいいですか?」

「えっ!いや、そんな、でも」

「虫も入っちゃうんでぜひ」

「はい、あの、すみません・・お邪魔します」


おっかなびっくりという感じで入ってくる光葉は、1DKの狭い玄関では窮屈そうに見えた。

それを確認してから部屋の奥にサボテンを取りに行くと、靖春が戻っていた。


「お客さん?」

「あぁ、噂をすればなんとやらってやつ。ミツヤさんだった、サボテン取りに来たって」

「うそ!私も見たいわぁ」


マルコポーロに最後のさよならを言うと、鈴は靖春をつれて玄関へ戻る。


「マルコ・・サボテン、これでよかったですよね」

「ありがとうございます!・・あの、もしかして来客中でしたか?」

「こんばんわぁ、鈴の友達の春です。今一緒に飲んでたんですよ、ミツヤさんの話を聞きながら」

「ミツヤ・・?」


和也はきょとんとした顔をしている。

靖春もきょとんとした顔をして、鈴を見る。


「え、ミツヤさんですよね・・?」

「ぶっ・・!僕は、ミツハですよ日和さん」

「やだぁ・・鈴、また名前間違えて覚えてたの?」

「ぐ・・すみません・・」


人の名前を覚えるのが苦手で・・と鈴が続けると、二人は笑って許した。


「じゃあ僕はこの辺で。よければお二人で食べてください、口に合うかわかりませんが」

「あ、すみません。ありがとうございます」


そこで春はいいこと思いついた、という顔をした。


「光葉さん、よかったら一緒に飲んでいきませんか?鈴と二人でさみしかったんですよぉ」

「えっ、春ちゃ・・」

「とても魅力的なお誘いなんですが、車で来ていますので」

「ざんね~ん。じゃあぜひまた次の機会にでも。鈴の正社員逃した記念飲みなんで、またすぐに招集かかりますよぉ」


え?と和也が声を漏らす。

そして鈴の方を見つめた。


「・・そうなんです、面接でやらかしてしまいまして・・はい・・」

「そうだったんですね・・」

「いつでもいいじゃないの。自分に合う職場が見つかるまでは」


にっこりと鈴に微笑むが、鈴は乾いた笑いが漏れるだけだ。


「それじゃあ、また日を改めて連絡します」


そう言って和也も微笑むと玄関から出て行った。

二人で部屋から手を振ると、少し恥ずかしそうに手を振ってからドアを閉めた。


「鈴・・どこにイケメンオーラが出てるわけ?」

「え?かっこよくない?」

「あんなのダメよぉ、なよっとして、へにゃっとして、男らしさのかけらもないじゃないの」


そして靖春は男というものは、と熱く語りだす。

お酒が入るとより熱く語られるそれらは、何度も繰り返し聞かされてきたことなのだが、一度はじまると止まらないこともよく知っているので黙ってうなずいていく。

夜中になってようやく解散することになった。


「じゃ、私明日も朝から仕事だからこの辺で帰るわねぇ。まったねぇ」

「私も早くそう言えるようになりたいー!気を付けて帰ってねー」


玄関の戸締りをすると、ケータイが光っていることに気付いた。

和也からのメールであった。


「・・今日はありがとうございました。突然おしかけた形になってすみません。次に飲み会をするときは、ぜひ就職が成功しなかった飲み会ではなく、成功した飲み会をしたいです。日和さんならきっと大丈夫ですよ。今度はお礼のご飯のお誘いをしますね。それではおやすみなさい・・か。マメな人だなぁ」


ほんのりと口元が緩んでしまっていることに気付かず、返信を打つ。


「こちらこそデザートありがとうございました。二人でおいしくいただきました。春はあんなこといっていますが、あまり気にしないでください。私も次こそ成功したらいいと思っています。おやすみなさい・・よし。こんなもんでしょ、私も早く寝ようっと」


どうせ明日からも就活生活だ、とそのままベッドに転がると3秒で寝息を立てた。




***




2日経ち、3日経ってようやく次の就職先の面接の予定を入れることができた。

ほくほくしながら靖春にメールをする。


「次の・・面接先が・・決まったよ・・と」


送信すると、さっそくメールが届いた。

早いなぁと思いながら開くと、あれから一度も連絡がなかった和也からのメールであった。


「こんにちは。今週の土曜日の夜に一緒にご飯を食べませんか。19時に●●駅で待っています・・って明後日かぁ。面接終わったら着替えて、そのまま行けばいいかな・・了解です、と」


返事を打ってからすぐにケータイをベッドに投げ出す。

それから時計を確認すると、ちょうどお昼の時間になっている。

再びそうめんを茹でるために台所へ立つと、投げ出したケータイが再び振動した。


「・・?誰だろう」


登録されていない番号からの連絡に首をかしげながら電話に出る。

そして通話が終了すると同時に、ぽてん、とベッドに体を預けた。


「うかっ・・た・・」


呆然としながらつぶやき、10分ほど放心してから次の面接先に断りの連絡をいれた鈴であった。

こうして鈴は【三つ葉製薬】の正社員が決まったのである。

来週の月曜日からの出社に合わせて、いろいろなものを準備することになるので靖春に再び連絡を入れる。

すると仕事中にも関わらず電話で折り返してきた。


「ちょっと!おめでとう!よかったじゃなぁい、私も安心だわ」

「う、うん、ありがとう。この前残念会開いたばっかりなのにね・・ほんと夢でも見てるみたい」

「ふふ、さっそく土曜日にでも飲み会しなきゃねぇ?次は光葉さんも呼ぶんでしょ?」


あっ、と鈴は声をあげる。

土曜日には和也のお礼の招待が入ったばかりである。

その旨を伝えると、靖春は電話越しにもわかる艶っぽい笑いを上げた。


「んふふ・・いってらっしゃいな、私は日曜日にでもデートの内容聞きたいわぁ?」

「デートじゃないって、食事してくるだけなんだから」


どうかしらねぇ~と艶っぽく笑う靖春だったが、誰かが来たらしく早口でもう切るわ、と電話を切られた。

鈴は言いたいことの半分も言えずに、ケータイ片手に立ち尽くしていた。

それもすぐに立ち直ると、来週月曜日からの採用ということで指定された道具をそろえるために、鈴は街へ繰り出した。

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