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十一話

「あ、オハヨー」

「おはようございます。あ、道庭さんですか!」


会議室のドアを開けると、そこに居たのは研修中に会った道庭みちばだった。一週間きっちり昼ご飯を食べた後、それから今まで一度も会うことがなかったのだ。相変わらず前髪を横でピンで留めていて、分厚い眼鏡をかけていた。


「そ。おひさー、研修終わったんだね」

「そうなんです。無事に終えることが出来ました」


ブイサインを作ると、道庭は拍手をしてくれる。


「俺今日ちっと作業あるからここ来たけど、邪魔かな?」

「大丈夫ですよー、コピーとってまとめるだけなんで」

「おおー、精が出るねー。日和ちゃんファイトー」


ガッツポーズで応えてコピー機へ向かう。そして60部コピーをかけてから、伝票の整理を始める。


「え、伝票の整理もするの?」

「事務は人手が足りてないんですよー、縁の下の力持ちってやつです」

「ふぅ~ん?大変じゃん」


そこからは淡々とお互いに仕事を消化していく。たまに休憩がてら飲み物を飲むときだけ、少しおしゃべりもした。お昼が近づいてきたが鈴は構わずにコピーと伝票整理を続けていると、手元に影がかかった。

顔を上げると道庭がニコニコしていた。


「ね、お昼食べに行こうよ」

「もうそんな時間になっちゃいましたか?うーん・・もう少しできりがつくんで、先食べてきてください」

「えぇー、じゃあ俺も待ってるし。ね?いーじゃん」


結局仕事のきりがついたころは、20分が経っていた。鈴がグッと伸びをすると、隣に座っていた道庭も一緒に伸びをした。


「お待たせしました、社食行きますか?」

「んー、どこでもいいなら外行こうよ」

「外ですかー?私場所知らないですよ、ついていくだけでいいなら・・」


道庭は「んじゃ正門に5分後ね」と言って会議室を出て行った。鈴は昼休憩を届け出るために、一度事務所へ戻って行く。途中で一樹に会った。


「こんにちは」

「これから休憩かい?」

「はい、お誘いされたので行ってきます」


一樹は「そう」とだけ言うと、鈴とそのまますれ違った。

いつもより覇気が無いなぁと思いながらも事務所のドアを開けると、神木は昼食に出ているようでいなかった。仕方なくテーブルにメモを置き、ネームプレートを外に移動させると事務所を後にした。


「お待たせしました」

「待ってないよー、じゃ行こうか」


そこにあったのはブルーのスポーツカーであった。驚いて次の言葉を継げずにいると、道庭はニヤニヤしながら車を撫でまわす。


「僕の大事なハチロクたんだよーん」

「は、はちろくたん?」

「そっそ。彼女ですが何か?」


キラリと眼鏡が光る。鈴は「ははー・・」と感心とも呆れともつかない返事をするが、道庭は全く気にしていないようであった。

そのまま助手席に鈴を押し込むと、さっそく食事処まで運転を始める。


「フフフー。僕の彼女、いい音出してるでしょー」

「ずっとドゥドゥドゥドゥ言ってますね、スポーツカーっぽくていいですね」

「だろー?俺のハチロクたんのエンジン音が分かるなんて、日和ちゃんいい趣味してるねぇ」


どう考えても適当な返事だったのだが、それでも機嫌よく運転する道庭はハチロクたんの美点を延々と解説しだした。いつまで続くのかな、と不安になった頃オフィス街を抜けて、とあるご飯屋さんへ入った。


「いらっしゃいませー、お二人様ですか?禁煙席、喫煙席、どちらがよろしいですか」

「二人だよー。禁煙でおねがーい」

「ご案内しまーす。ご新規二名様ご案内ですー」


ファミレスだった。どこへ連れて行かれるのかと財布を事務所で見てきたが、ファミレスでよかったと心底思った。通された席は窓際で、昼時を少し過ぎようとしているのに店内はまだまだお客さんであふれていた。

鈴はメニューを渡されたが、ランチセットに決めているので眺めるだけにする。


「あー超おいしそう、ハンバーグ食べたい」

「いいですねー、今日はランチもハンバーグみたいですよ」

「日和ちゃん決めたー?」


はい、と即答すると道庭は眼鏡で小さくなった目を見開いた。


「はっやっ!女子なのに!はっや!」

「ランチにするんです、ゆっくりご飯食べたいじゃないですかー。道庭さんこそ早く決めてください」


先ほどから必死に鳴るのを抑えているお腹が、そろそろ音を立ててしまいそうであった。道庭は「ゴメンゴメンー」と軽く謝るとすぐに呼び鈴を押した。


「ところで、なんであんなところで作業してるんですか?」

「えー?なんとなくー」


ランチが来る前にドリンクを取りに行き、戻ってきたと同時に聞いてみる。道庭はテーブルまで持ってくる前に一度空にし、再びコップに足されたのはメロンソーダだった。鈴はウーロン茶である。


「・・もしかしてデスクないんですか?」

「んなばかな!あるっつの。何、仕事出来無さそうに見える?」


ニヤニヤしながら氷をクルクルする姿は、まるで女子だ。空になったのなら取りに行けばいいのに、と思いながら鈴は「うーん」と唸る。


「だって初対面でお茶こぼすし・・しかも大事そうな書類に」

「んーなのよくあるって、な?日和君」


ハハハと言いながら氷を回すスピードを上げる。それを見た鈴は、思わずクスッと笑う。


「面白いですね道庭さん」

「初めて言われたわんなこと。あ、飯来た」

「お待たせいたしましたー、本日のハンバーグランチお2つですね。鉄板お熱いのでお気を付けください」


あつあつのハンバーグを前に、道庭の眼鏡がモワッと曇る。眼鏡の宿命なのだが、おもむろに眼鏡を外してしまう。


「え、外しちゃうんですか?見えないんじゃないですか?」

「いーのいーの、そんなことより飯!だろ?」


ニッと笑うと、どことなく誰かに似ていた。あれ、と思う間もなく「いただきまーす!」と道庭がハンバーグに食らいついた。


「あっちぃい!!」

「でしょうね!水水!」

「ふぅ・・ちょっと負傷したけど、まぁおおよそ出来立ての味は愉しめたな」


フフンと満足げに鼻を鳴らす道庭に、今度こそ鈴は声を立てて笑った。


「アッハハ!何それ、道庭君おかしいよ」

「ちょ、ひどくねそれ。俺的には出来立てっていうのはだな・・」


そこから怒涛のように出来立てについて持論を展開すると、気付いた時には鉄板ハンバーグなのに冷めてしまっていた。それに気付いた瞬間の道庭の顔を見た鈴は、再び声を立てて笑うのだが、途中でハッとした顔をする。


「休憩時間!あと10分!」

「うは、新入社員のくせに遅刻とかマジおもしれー」


道庭がパクパクとハンバーグを口に入れながら器用にしゃべる。そしてあっという間に完食すると、伝票をパッと掴んでレジへ走った。


「急げー鈴ー」

「えっ、ちょっ、道庭君!」


慌てて追いかけるが、鞄を片づけてレジに追いついたころには支払いが終わってしまっていた。愕然とした顔で道庭を見ると、ブイサインをしてニヤニヤと笑っていた。

車に戻るまでも、車に戻ってからも、車で移動中も、ずっと自分の分は出す、奢る、とすったもんだの末に「明日も昼飯行こう」ということで落ち着いた。


「じゃあそういうことにしときますけど・・っていうか、途中で完全に私のこと呼び捨てしてましたね?」

「うお、ばれてる!ちなみに俺は一也いちや(ハ・ア・ト)でいいから」

「誰が呼ぶか!」


ペチンとギアの部分に置いてあった手に突っ込みを入れると、一也はニヤニヤしながら「怒られたてへぺろー」とまるで意に介さないようであった。

そのまま正面玄関で下ろしてもらうと、急いで事務所へ駆け込んだ。ドアを開けると神木が少し困った顔でこちらを見てくる。何事かと思って近づくと、何かの書類でもめているようであった。鈴に見られないように若干紙を端に移動させると、笑顔で迎える。


「あの・・休憩から戻りました」

「あ、はーい。じゃあそのまま業務に戻ってねー」

「分かりました」


鈴がその場から移動すると、再び神木が困ったような顔をして書類とにらめっこする。

柳瀬がポツリと漏らす。


「本人が書いた・・とか、無いですか?」

「にしては筆跡が似てないし・・それにこんなこと書くような子じゃないでしょ?」

「さーどうかねぇ。女ってこえーからわかんねーよ」


氷上はコワイコワイ、と呟きながらデスクに戻って行った。他の面々も困惑を隠しきれないような顔をしていたが、とりあえずいたずらだろう、ということで一旦終えることにした。


「この紙のことは、本人には伝えないように・・お願いね、皆」


会議室へ入っていくと、そこにはすでに道庭が待っていた。

片手をあげて「よう」とだけ言うと、すぐに自分の資料をチェックし始める。鈴も自分の仕事を再開させ、おおよそ2時間かけて資料をまとめ終えた。部数のチェックを終えてからグッと伸びをする。

お茶休憩も挟まずにまとめていたことに気付き、椅子に腰かけてお茶を飲む。


「すっげー集中だったね」

「ん?何言ってるの、道庭君もでしょ」

「まーね。集中力にかけては誰にも負けてないから」


グッと親指を立てると、その指にはたくさんのタコがついていた。思わずしげしげと眺めていると、得意げな顔をする。


「集中しすぎて、指酷使すること多いんだ、俺」

「それは胸を張って言うところじゃないから」

「手テクのいい男ってすげーいいと思わない?」


ハイハイ、と軽く流すと会議室のドアがノックされる。振り返ると、神木が立っていた。


「あ、神木さん」

「日和さん、ちょっといいかな」


頷くと神木に連れられて休憩室へ連れて行かれる。仕事の進行度を聞かれるものだと思っていた鈴は、首を傾げながらも黙ってついていくのだった。

連れて行かれたのは屋上の社員食堂だったが、神木がホットコーヒーを淹れてくれた。紙コップが二つだけ並んだテーブルを挟んで、神木からの言葉を待つ。


「今日から本格的に仕事始まったばかりだけど、辛い事とか、無い?」

「とんでもないです。たくさんお仕事させてもらえて、本当にうれしいです」

「・・そう、そうよね。ところで今日の仕事の量は、捌けそうかしら?」


時間を見ると3時30分になろうとしている。今からやれば伝票の整理も終わりそうだ。


「そうですね、資料のコピーとまとめは終わったので、これから伝票の整理をすれば5時頃には終われそうです」

「そうなの?日和さん、前のバイトは何をしていたんだったっけ」

「あ、一応事務のバイトをしてました。友達の家の臨時で1か月みっちり仕事覚えさせてもらってて。ただその後、友達のお兄さんが結婚してお嫁さん連れて帰ってきたんですけど、その方がその道のプロだったんでお任せして退職しちゃいました」


それでもその1か月の間に叩き込まれたことは、伝票の整理や入力が主だったので本当に今日の仕事に生かすことが出来ている。そのことに心底鈴は安堵している事に気が付いた。


「そうだったの。伝票の整理を任せてしまったけれど、簡単にしか手順を教えていなかったから少し心配していたのよ。でも心配はいらなかったみたいね」

「わ、ありがとうございます・・!」


にっこりとほほ笑む神木に、思わず顔が紅潮していった。恐縮しながら何度かお辞儀をすると、やんわりと神木がそれを止めた。


「伝票の整理が終わったらまた事務所に戻ってきてね、他の人の仕事を何か頼んでしまうかもしれないけど・・」

「全然平気です!むしろ皆さんで定時退社、ですもんね」

「そうそう、その意気でよろしくね。それじゃあコーヒー、また一緒に飲みましょ」

「あ、ご馳走様でした!」


神木は再びにっこりとほほ笑みながら食堂を出て行った。鈴はぬるくなったコーヒーを飲みながら、ケータイで靖春にメールを送る。


「マジ、眼鏡美人、神・・っと送信。さーて伝票整理頑張りますか」


紙コップをごみ箱へ捨てると、鈴も食堂から出て行った。

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