何故通う美容室
その美容室に入るのは初めてだった。
若い美容師が担当と名乗り、奈々子の腰まである髪を触る。
「ちょっと揃えるだけであまり切らないで」
「かしこまりました」
若い美容師は奈々子を笑わせながらあっという間に髪を揃え、トリートメントを施した。
「綺麗な髪ですね」
「まぁ、ね」
奈々子は会計をし、担当の名刺を受け取った。
皆藤義人とかいてあった。
奈々子はとてもこの美容室が気に入った。
また皆藤を指名しよう。
帰宅した夫に髪を揃えた事を言う。
反応がなかった。
黙々と奈々子が作った食事を食べながらテレビを見ている。
奈々子を見向きもしない。
この長い髪だって夫が好きだから伸ばしてるのに。
奈々子は歯ぎしりしたい気持ちだった。
子供達はもう手がかからない。
奈々子は今日も美容室に行く。
5センチずつ髪を切っているのだ。
夫が気付くまで。
皆藤はいつも笑わせてくれる。
気味悪がっているだろうが顔には出さないプロだ。
しかし今日も夫は気付かなかった。
とうとうショートカットになった時、奈々子は離婚の事を考えていた。
財産はある。孤独はいつだって側にいた。子供達は反対しないだろう。
「離婚するか、、、」
そのときチャイムが鳴った。
奈々子が玄関までいきドアを開けるとバラが50本以上かぶさってきた。
夫が立っている。
奈々子は尻餅をついた格好で聞いた。
「このバラ何?」
「お前が切った俺への愛」
ああ、ダメだ。この人は私をみてなかったんじゃない。
みていられなかったんだ。
奈々子は瞬間的に悟った。
揃えるだけで嫌になる。
それだけの事だったのだ。
こんな人とは暮らしていけない。
「離婚よ」
奈々子ははっきりそういうと、バラを投げつけた。
「ああ、離婚だ」
バラを大事に抱え、夫は言った。
「俺の愛を受け入れないお前なんか嫌いだ」
そういって外へでていった。
捨て台詞なのだろう。
奈々子は子供達を呼び寄せる準備をして、出て行く用意をした。
「しかし髪の毛の長さで愛を計る男はダメね」
クククと笑いがこみ上げる。
結婚した時はそれが愛だと思っていたのだ。
「あーあ」
奈々子は開放の息を吐いた。
皆藤の所にはもういかないだろう。