あいつとの再開は、過激だった。
そんな事があったが、2ヶ月間、中井はあの幽霊を見ていない。
石田にもその幽霊について説明したが、「あやだなぁ中井さん、きっと夢ですよ。疲れてるんですよぉ」と言って信じない。
それ以降は何事もなく過ごしている。あれ以来、幽霊らしきものは見ていない。
そんなある日、あの幽霊はやってくる。
それは、中井が、当直な時のことだ。夜中に事務所の電話が鳴り響いた。
仕事の依頼だ。
中井は、寝台車で病院に向かい、ご家族に挨拶をし、ご遺体を家族の自宅まで送っていった。
その家は玄関がなかなか広く、靴の収納棚の上には、とても綺麗な一輪の百合の花が飾ってあって、花の上品な香りが家じゅうに広がっていた。
座敷は20畳ほどの広さで、奥の壁には、滝が書かれた水墨画の掛け軸が飾ってある。
とても勢いのある掛け軸で、滝に流れる水の表現はとても力強く感じる。
中井は気になった。
「このご遺影は……」と掛け軸のかけてある隣の仏壇の上にある、3枚のご先祖様の遺影を見た。
「仏壇の上に掛けられますと、仏様より
ご先祖様が上の位にあると表せられると言われます。できれば、横の壁の上に掛けられるほうがよろしいかと思います」
と、できるだけ当たり障りのない声で家族の方に言った。
お体を座敷に休ませ、「また明日の朝に参ります」と挨拶をすませて、寝台車に乗り、仕事場である葬儀場に戻った。
無事に葬儀場に到着し、事務所に戻る。
中井は事務所のドアを開いて中に入ろうとしたが立ち止まった。
仮眠室からテレビの音が聞こえてきたのだ。
ここを出る時はテレビも電気も消し、玄関の鍵もかけたはずだ。
彼は、止まっていた足をそろそろと動かし、仮眠室の入り口を開け、電気のスイッチをつけた。
中井の目に入ったのは、2ヶ月前に見た、あの幽霊と同じ格好をした人影が、テーブルに腰掛けた姿だった。
白刃の鎌を右肩に立てかけ、黒い布のようなもので全身を覆っている。
何様なのか、まるで自分の家でくつろいでいるような光景だ。
中井は、入り口で口を開けたまま立っている。
言葉もでない。
すると人影は、中井の気配に気がついたのか、仮眠室の入り口を振り向いた。
中井はビクッとした。
『また殺される。いや、殺されかける』と思った。
人影の上唇は少し薄く、血色がない。
肌は青白い。どこからどう見ても顔色が悪く、不健康そのものに見える。
「あ、あの……」と中井がやっと声を出した。
「警察っ」と大きな声を出し、携帯をてにとって『1』『1』『0』を押して、通話マークを押した。
通じない。
画面の左上をみると、圏外になっている。
携帯を諦め、事務所にある固定電話から『1』『1』『0』を押すが、受話器から聞こえてくるのは、不通を知らせる音だけ。
『何でだ⁈』
何度もボタンは繋がらず。すると彼の後ろから、低くて澄んでいるが、ハリのある声で「ムダさ」と聞こえたので、中井は後ろを振り向いた。
「ムダさ。何でって言われたらわからないけど、ムダだよ」と言いながら人影は足音を立てることもなく、中井に近づいていく。
「来るな!」
中井は怒鳴る。
「だからムダなんだって」
「わかったから、こっち来るな」
「何?キレてんの?」
「うるさい。あんた、何なんだよ」
「何って、なんだろうね?」
「……」
人影は小さく笑った。中井は口を一文字に結び、人影を睨みつける。
額からと背中は、変な汗をかいている。事務所には、壁時計の秒針の音だけが部屋中に響いている。
その中で人影と中井は、何の音も立てることなく対峙している。
人影は口角を少し上げ、口を開いた。
「僕の事は、もうわかってるよね?」という問いに、中井は「……ユーレー」と呟くように答えた。
「そう、僕は幽霊。と言っても、そんな悪いことをするような下等な奴とは違うよ。僕は、とっても優秀で、ナイスガイな、とってもすんごい幽霊で……」
「ナルシストでアホな幽霊の間違いだろ?」
中井は幽霊の話を遮るように言った。
「う、うん。あながち間違いではないけどね、言う事が辛辣だね。なんでたろう、涙出てきた」
「お前、この間うちのホールにいた奴だよな?俺を殺そうとしたよな?」
「え、僕、いつ殺そうとした?」
「……」
幽霊は、手で顔を覆い、『えーん』という仕草をしてみせた。もちろん、嘘泣きだ。
その姿をみた中井は、お調子者な奴だと思い、これ以降この幽霊を怖がることはなくなった。
すると幽霊は、覆っていた手を外し、『あっ!』と何かを思い出したように、
「あの時、挨拶もなしに僕を見てたの、君だったの?」といって中井を指差した。
「そうだよ。あんな首を切られそうになればトラウマだ」
「そっかぁ、もぉ、あの時はメンゴメンゴー。僕も初登場でカッコイイとこ見せたかったんだよぉ。それに、あれには理由があったんだ」
「理由?」
「うん、ちょっとついてきて」
と幽霊は、足音を立てずに事務所をでた。
中井も手に持っている受話器を元に戻して幽霊についていく。