あいつとの出会いは、過激だった。
彼が叫んでいる経緯はこうだ。
約2ヶ月前、中井がホールの床を掃除している時だった。
足元が急に冷えだした。
季節は猛暑が続く夏。今日も蝉が元気よくて、7日間の命の存在を猛アピールしていた。仕事場の近くの家にいる番犬も、この暑さには勝つこともできず、大きめの小屋で横たわり、死んだようにぐったりしている。
こんな暑い中にもかかわらず、ホールの冷房は経費を抑えるために切ってある。
軽くいうと、地獄だ。
この地獄の世界が急に冷え、さらに何かの気配を感じた中井は不思議に思い、ふと床掃除用のモップを動かすのをやめ、気配のする祭壇にめをやった。
すると天井から、黒いローブで覆われた、RPGに出てくる魔導師のような姿をした人影が降りてきた。
顔まで黒く、手に持っている大きい鎌は、白刃がギラリと夕日の光に当たって中井の目の中で光り輝いている。
ギョッとして足がすくみ、腰を抜かしてしまった葬儀屋に勤める若者に、人影が言ってきた。
「みーたーなー」
『いやいやいやいや、見たなと言われても……』中井は心の隅で小さく呟いた。
と同時に中井は、この人影が幽霊だと確信した。
上から舞い降りてくる人間なんて見たことも聞いたこともない。舞い降りるというより、降臨と言うべきか。と言っても天使が舞い降りたとは思えない。むしろ、悪魔が降ってきたのだ。
そして何より足がない。
この真夏に肌寒いくらいに冷えだし、何か降りてきたと思えば足がない。浮いている。
こうなれば、幽霊しかない。
「あ…あ、あの…、ど、ど、ど、ど、どちらさまです……」
中井は怖すぎて怯えているし、声も上擦っている。
「うろたえてるねぇ。あのさ、まず基本はご挨拶だろ?お母さんから言われなかった?」
「こ、こんにちは……」
「はい、こんにちは」
『なぜだ?初対面だぞ。いきなり知らない人、じゃない、幽霊に説教されているんだ?幽霊だぞ。えっ、幽霊だよね?うん、足がない。やっぱり幽霊だ。今まで見たことない幽霊が、バッチリ見えているし、言葉も聞こえる。いや待てよ、実は隣の花屋のガキがコスプレして、俺をからかってるんだな。うん、人間だよきっと。幽霊なんかじゃない。だって俺には、霊感なんてないから見えるはずもやい。くそ、このクソガキめ』
中井は色々なことを考え、自分に色々なことを言い聞かせながら立ち上がり、言った。
「お前、花屋のガキだろ?こんなんで俺がビビるかよ。それよりそのコス…その仮装、趣味悪い」
相手が子供だと思った、というより、言い聞かせた大人は、さっきの怯えた姿とは一変して、肩を張ってみせた。
「俺は今掃除してんの。ガキのお遊びに付き合ってる暇はないの。外で遊びな。はい、いったいった」
と言ってモップを持ち直して、床掃除を再開しようとした。
その時、黒いガキは、人の速さとは思えない動きで、中井の首を後ろから刃物で抱えるように押さえた。
『うっ』と体を動かすことができない。まるで石になったように。銀行強盗の人質みたいな姿になっている。
中井はますます恐ろしくなり、息が荒くなっていった。
殺される。もうすぐ殺される。
そう思うと思わず声が出る。
「いやいやいやいや、見たといっても、顔はみてないから……」
「いいから、僕に殺されなよ」
「はぁ?いやぁーっ。ああぁぁぁあー……」
ごきげんよう。と幽霊は小さく言った後、すぐさま持っている刃物に思い切り力を込めて、中井の首を切った。
中井智之は、28才という短い人生に幕を下ろした。