彼女がいた理由5
翌日、目を覚ました中井は給湯室にでた。そこには、換気扇の下で煙草をふかしている社長がいた。
「おはようございます」
「おぉ……」
「社長、煙草吸ってましたっけ?」
「お、まぁな」
社長は口から煙を吐く。
「一本ください」
「トシ坊、煙草吸ってたっけ?」
「実は今まで禁煙してました」
中井は煙草を一本もらった。その煙草に火をつけ、煙を口の中で転がし、肺に入れ、吐き出す。
「なんだ、様になってんな」
「ハハ、まぁ……」
煙草の香ばしい香りが、換気扇へと吸い込まれていく。
「これ、セブンスターですか?」
「よくわかったな」
「前吸ってたんで」
「そうか」
2人は少し無言になる。そんな時、ユリが後ろから言ってきた。
「ねぇ、煙吸ってんの?なんで?臭くない?体に悪いよ」
「うるさい」
中井は思わず声をだした。
「ん?なんだって?」
「あ、いや、なんでも、ハハハ……」
中井は慌てた。
そして煙草の火を消し、外へ出た。ユリは勿論ついてくる。
「さむ……」
イチョウの樹の葉は、ほとんど落ちてしまっている。
樹の近くを通る猫は、こっちをみるやいなや、いそいそと走り去っていった。
「トシ、手は?」
「あ?あぁ、もう大丈夫」
「ならいいけど。ねぇ、さっきのは何?」
「煙草」
「煙草っておいしいの?」
「別にうまくはないけど、吸ったら頭がスカッとするんだ」
「ふーん」
中井は深呼吸をした。息を吐き出した時に、足元を見た。そしてユリに問いかけた。
「ユリ」
「何?」
「これ、何?」
中井の足元には、子犬の霊がいる。足のそばで、日本犬のような子犬が、座って尻尾を振っている。
「うーん、どこから来たんだろう?ここの近くで亡くなったのかなぁ?」
「そうなの?」
「わかんない。ちよっと近くを見てみよう」
中井とユリは葬儀場の近くの道路を歩いた。だが、亡骸のようなものは見つからなかった。
2人は葬儀場に戻った。
「いないな」
「うーん、ほんと、どこからきたんだろう?」
「この犬、離れないんだけど」
「とりあえず、無視しよう」
「え、送ってやんないの?」
「うん、かわいいから、しばらくそのままで」
ユリはにっこり笑った。そして犬を撫でる。
「よーちよーち、かわいいでちゅねー。どこからきたんでちゅかー?」
「おい、赤ちゃん言葉になってんぞ」
そうこうしているうちに他の従業員が出社してきた。
みんな、中井の左手に興味を持ったが、中井はごまかした。
朝礼が終わって、みんな仕事につく。親戚も朝からお見えになり、田中と松下が打ち合わせに入る。夕方になり、寺院の進行の打ち合わせを行い、何事もなく通夜が執り行われた。遺族も、昨日よりは落ち着いているようだ。
中井は家に帰った。