彼女がいた理由4
控室を出た中井は、ユリを探した。とりあえずホールに行く。
「ユリー」
ホールに入り、辺りを見回す。
すると、ホールの真ん中あたりにユリがいた。対峙しているのはさっきの女性。その女性は、顔を手で覆っている。
「ユリ」
「あ、トシ、どうだった?」
「うん、まぁ、大丈夫だと思う。そっちは?」
「今やっと見つけて、ここまで連れてきたとこ」
中井とユリは、女性の霊の方を向いた。
「沙弓さ……」
「疲れたの」
中井は黙った。
「生きているのが辛かった。子供の声が、頭から離れなくて、いつも眠れなくて。だから首を吊った。でも、次は、1人になるのが怖くて。私、優樹を殺そうと……」
中井とユリは顔を見合わせる。そして女性は続ける。
「死ぬのは、怖かった。でも、生きるのも、怖かったの」
女性は涙を流す。
「生き残るのは、大変だろうね」
ユリが声を発した。
「でもさ、一生懸命生きようとしてる人間を殺そうなんて、勝手すぎると思わない?」
「怖いのよ。これまでも、これからも……」
女性は肩を震わせ、声をあげて泣いた。
ユリは、その女性の肩をそっと抱いた。
「あの世はとてもいいとこらしいよ。だって、行った人が誰1人帰ってこないんだから。ね?怖くない。怖くないよ」
「本当?」
「うん。本当」
「もう、辛いことは、ない?」
「うん。もう辛くない。僕が連れてってあげるよ」
「あの世に?」
「うん。あの世に」
ユリは手を離した。そして、すぐさま腰にある短刀を鞘から抜き、何のためらいもなく女性の腹に突き刺した。
その瞬間、女性の顔が歪む。
「……いって、らっしゃい」ユリは彼女に呟いた。
女性は、ユリを抱きしめる。
「ちょっと…痛いよ……」
「すぐに楽になるよ」
すると女性は光を放ちはじめ、ガラスが割れるように粉々に砕け散ってしまい、その破片は、上へ上へと昇っていった。
残ったのは、ユリの短刀だけだ。
「ユリ……」中井は声をかけた。
「……泣いてるの?」
「……うん」
「……幽霊も、泣くんだな」
「そういうトシだって」
「ち、違う。これは、あの、あれだ。不謹慎だけど、散っていったのが綺麗で……」
「フフフ…命の散る様は、美しいよね」
ユリと中井は目をこすった。
「しかし、うまいことを言うんだな」
「何が?」
「あの世は、いいとこなのか?」
ユリはクスッと笑ってみせた。
「わかんない」
「え?」
「いいとこかどうかなんて、自分の心一つだと思うよ」
「……お前にとっては?」
「……どうかなぁ?」
そう言うと、ユリは短刀を鞘におさめた。
「いってー……」
中井は左手を見た。手に巻いたハンカチは、赤く染まっていた。
「いっけね、手当しなきゃ」
中井は事務所に戻った。ユリは中井についていく。
手当をした中井は、仮眠室で横になった。ユリは、仮眠室の隅で座っている。
横になった彼に、睡魔が襲う。
何日ぶりの疲労感。いきなり重くなった体は、本人の意識でさえ動かすことができない。
「タバコ吸いたいなぁ……」
中井はそのまま眠った。朝まで。ゆりは、仮眠室の隅で、一歩も動かず、中井を見つめていた。