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葬儀屋トシと送り屋ユリ(仮)  作者: 村川未幸
2章目
16/28

彼女がいた理由3

少しの間、静かな時間が流れた。すると隣の部屋のベッドで寝ていた男の子がやってきた。


「パパ?」

「……悠人ゆうと?」

「おしっこ」

「あ、あぁ、トイレはそこだよ」

「うん。パパ」

「ん?」

「泣いてるの?」


パパは答えられなかった。また少し静かになって、中井が口を開いた。


「パパはね、今おじちゃんとお話ししててね、面白すぎて泣いてるんだ。それより、いいのか?トイレ?」

「あ、そうだった」


と男の子は急いでトイレに入って行った。


また沈黙が続いた。中井は刃物を拾った。


「生きる理由なんて、いくらでもあるはずです。なぜこんなことを?」

「……沙弓さゆみは、俺の心の支えでした。どんなに辛いことがあっても、彼女の笑顔で救われました。」

「……」


中井は刃物を控室の入り口にある靴箱の上に置いた。


左手がズキズキする。スーツのズボンから、黒いハンカチを取り出し、手に巻いた。


男は話を続けた。


「沙弓は、一人目の子供を産んだ後、鬱になりました。不規則な生活と家事で、自分の心を削り続けていきました。俺は仕事が忙しく、かまってやること、協力することができませんでした。二人目を産んでからは、病院にずっと入院していました。実は明日、退院する予定だったんです」


男は泣き崩れる。中井は、男を見つめ続ける。


「俺が殺したも同然です。俺がもっとそばにいてやれたら……」


その時、男の子がトイレから出てきた。


「パパ、僕、寝るね」

「うん、おやすみ」

「おやすみなさい」


男の子はそう言って、隣の部屋へ戻った。


ドアの閉まる音が、控室に響く。


「悠人はまだわかっていません。ここに寝ている沙弓が、明日になったらたま起きて、いつもの生活が送れると思っている。まだ8才です。理解できないのも無理ありません」


男は、そろそろと故人のお体のそばにいくと、故人の頬に手を当てた。


「もう沙弓は帰ってこない。俺は、彼女に謝ることもできない……」


男は、故人の胸に顔をうずめて、声をあげて泣いた。中井はずっと見つめている。そして、やっと口を開けた。


「子供さんには、きちんと伝えるべきです。お母さんはいなくなったって。でも、心の中でお母さんは生きているって」


中井は、枕飾りの香炉に、新しく線香を立てた。


「沙弓さんはなくなりました。でも、沙弓さんの遺伝子は、お子さんにしっかりと継がれているはずです。そしてあなたも、沙弓さんがいた証人として、これからも生きていくべきです」


中井は立ち上がった。


「すみません、ベラベラと喋ってしまいした……」


中井は一礼する。


「明日、打ち合わせなどがあります。ご親戚の方はいらっしゃいますか?」


男は顔をあげた。


「沙弓の両親が、もうすぐ買い物から帰ってくると思います。他は、明日来るそうです……」

「かしこまりました。私は事務所におります。何かありましたら、内線でお呼びください」


そう言って中井は控室をでようとする。


「あ、あの……」


男は中井を呼び止めた。中井は振り返る。


「あ、あなたは、誰を失ったんですか?」


中井は何も言わず、ただ口角を少しあげた。その時の目は、悲しそうだった。

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