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葬儀屋トシと送り屋ユリ(仮)  作者: 村川未幸
1章目
13/28

あぁ、お花畑2

中井は何もやることがないので、ベッドで横になった。


天井を見つめる。白い天井。あの時の空みたい。


そう思っていたとき、「あのぉ」と、聞き覚えのある声がした。


中井はふと病室の窓を見た。すると、昨日現れた幽霊が外で手を降っている。


黒いローブのそいつは、窓をすり抜けてベッドの横に来た。


「大丈夫?」中井の顔を覗くように見る。


中井は顔をしかめる。


「ねぇ、大丈夫?」


中井は無視をして目を閉じる。


「ねぇねぇねぇ、大丈……」

「うるさい」幽霊の気遣いを遮るように小声で言った。


「大丈夫?」

「……あれは、なんだったんだ?」

「何って、悪霊だよ」

「……」

「君を欲しがってたでしょ?」

「……」

「今の君の魂は極上物だって。あっちの世界でね、すっごい噂になってるよ。知ってた?知るわけないよね?」

「……」


中井は目をこする。


「あの女の子は昨日からいたよな?なんでその時に始末しなかったんだよ?」


幽霊はふわりと浮かび、反対側の方に降りた。病室の蛍光灯が、チラチラと不安定に光りはじめた。


「さまよう霊は、突然悪霊に変化する。前触れもなくね。いやぁ、僕も昨日の昼に声をかけたんだよ。そしたら、うんともすんとも言わないでずっと泣いてるんだもん。まいったよ。『あー、これ、悪い子になっちゃうかなぁ』って思ったら、本当に悪い子になっちゃったよ」

「お前、悪霊しか扱えないのかよ」

「いやぁ、そんなことないよぉ。僕の仕事は、この世で迷っている霊や悪さわする霊を、あの世の閻魔様のところに送る仕事をしているの。あの世への送り屋的な感じかな?」

「へぇー」

「その為に、この鎌があるんだ。この鎌はね、一振りで霊をあの世へ送る、不思議な力があるんだ。これ、閻魔様からのプレゼント」

「あー、そぅ」

「鎌だけじゃないよ」


と幽霊は、腰にある短刀を取り出した。


「これも、閻魔様からのプレゼントなんだ。それと同じ効果があるんだ」

「ふーん」

「あれ?興味ない?」

「全くない」


中井は布団に潜り込んだ。すると、社長が病室に戻ってきた。


「トシ坊、看護師さんがダメだって」


社長は頭をかきながら言った。中井はかぶっていた布団から顔だけ出して社長を見る。


「ダメなんですか?」

「あ、あぁ。明日きちんと診察して、本当になんともなければ退院できるんだと」


中井は天井を見た。いかにも残念そうな表情だ。社長はそんな社長を気にすることなく続けた。


「あとの事は大丈夫だから。3日くらい休め。それとも何か?俺や由美達を信用してないのか?」

「いえ、そんな……」

「なら休め。お前の責任感の強い気持ちはわかるが、仕事は体が資本だ。だからしっかり休んで、いつものように元気に出社してこい」

「……わかりました。」中井は社長に瞬きで一礼した。


「よし。じゃ、俺帰るわ。よく寝ろよ」

「おやすみなさい」という中井の言葉を聞いて、社長は病室を出て行った。


中井は目を閉じ、ため息をついた。ベッドの横にいる幽霊は、彼の顔を覗き込む。


「ねぇ、ため息ついたら、幸せ逃げるよ?」

「そんな事で逃げる幸せなんて、いらねぇよ」

「もぉ、元気ないなぁ」


幽霊は中井の寝ているベッドの上をふわふわと漂い始めた。


「ねぇ知ってる?憂鬱な気分の時は、むしろ暗い音楽を聴くといいんだって」


中井はもちろん無視。


「心理学的には、気分と反対のものより、同質のものを聞く方が、精神が安定するんだって」

「……」

「もぉー、元気だしてよぉ」

「うるさいっつってんだろっ」中井は勢いよく起き上がった。


「誰のせいでこうなったと思ってんだ。全部あんたのせいだろうが」

「だからごめんって……」

「『だから』って、お前がいつ俺に謝った?」

「え?ほら、さっき……」


幽霊は涙目になっている。それを見た中井は、怒るのをやめた。


「泣いて許されると思ってんのか」


その時、中井の怒鳴り声を聞いた看護師が病室に入ってきた。


「中井さんどうしました?ナースステーションまで聞こえてますよ?」


中井は、あっという顔をした。


「す、すみません。気が動転して……」

「中井さん、ここは病院ですよ。他の患者さんたちは寝ているので、静かにしてください」

「す、すみませんでした」


と中井は軽く看護師に頭を下げ、幽霊をにらんだ。


「やーいやーい、怒られたー」幽霊はそう言うと、自分の頬を引っ張り『べーっ』という顔をしてみせた。


「むかつく。ガキかお前は?」


中井はまたベッドに横になって深呼吸する。


「違いますー。立派な大人ですー。もうフッサフサな大人ですー」

「え?フサフサなの?」

「見てみる?」


そういって、黒い布を下から捲り上げようとした。


「見ねぇよバーカ」中井は苦い顔をする。


「で、お前は何でここにいる?俺に何を望んでる?お前は一体なんなんだ?一発殴らせろ。そして俺の目を返せ」

「ちょ、ちょっと、いっぺんに質問しないでよ。僕の脳内キャパシティがログアウトしちゃう」

「やかましい。こちとら死ぬところだったんだぞ。さっさと答えろ」


幽霊の笑っていたかおは、一変して真剣な顔になった。


「うーん、どこまで話そう?」

「全部話せ」

「えーっ?」

「それが俺に対するお前の義務だ」


一瞬沈黙が走った。そして幽霊は答える。


「じゃあ言うね。僕は幽霊。この世で迷ってる霊や悪さをする霊を、あの世の閻魔様のところに送る仕事をしているの。あの世への送り屋的な感じかな?」

「それさっき聞いた」

「でね、君にお願いしたいことは、…うーん、別にないや。そのままでいいかな。そうそう、最近あの世に来る霊が極端に少なくなってるんだ。たぶん、この世で未練を残している霊がいて、あの世に行くのを拒んでるんだと思うんだけど」

「ふーん」

「僕は君を囮にして、君のそばで霊をバンバンあの世へ送ろうと思ってる。もちろん、君の魂を狙ってる霊がいっぱいいるから、僕は君の命を守る。そのためにも、君には幽霊が見えるようになってもらわないと困るんだ。あ、殴るなら顔はやめて、ボディにして」

「……」


中井は目を閉じた。彼の癖で、考え込むとには、こうやって目を閉じる。が、幽霊の一言で、彼はすぐに目を開ける。


「あ、そうだ。僕に名前をつけてよ」

「はぁ?」

「だって、僕、名前がないんだよ。今後、相方として一緒にいるんだから、やっぱり名前が必要でしょ?」

「いや、まだ協力するとは言って……」

「早く早く早く早く……」


中井は、勢いよくしゃべり倒す幽霊に、思わず困惑した。


「だから、まだ協力するとは……」

「早く早く早く早く……」

「うるさいっ。静かにしないと協力しないからな」

「はーい。静かにしてくれたら、協力してくれるってことで」

「……俺の生活を壊さないなら協力してやる。ただし、死にそうになったり、お前がヘマしたら、相方解消だ。わかったか?」

「うん。わかった」

「……名前ねぇ……」


中井は考える。


「お前さ、男?女?」

「男。」

「女みたいな顔してるよね」

「うん、オカマじゃないかって、よく言われる」

「だろうな」

「君もそう言うの?」

「だって、たまに女みたいな口調になるから……」

「失礼しちゃう。初見からそう思ってたんだね。あぁ失礼しちゃう」


中井は鼻で笑った。


しばらく中井は考えた。その間、幽霊はソワソワしている。中井の周りをグルグル回っていた。


「よし決めた。お前の名前は『ゴース』だ。ゴーストだからゴース……」

「うんわかった。僕の名前は『ユリ』ね」

「お前、聞いてた?」

「うん、ユリって名前、いいね。シビれるね。かわいいね」

「お前、ホントにぶっとばすぞ」

「ぅわーい。僕に名前ができましたー。で、君の名前は?」

「は?」

「だから、名前」

「中井智之」

「ナカイトシユキ?あのね、この世界では本名は名乗っちゃダメだよ。すぐ体を乗っ取られるからね」

「お前、ホントにムカつくな」

「ねぇ、ニックネームは?それで呼ぶよ。

「……トシ」

「トシ?何のひねりもないね」

「よぉし、お前顔出せ。ボコボコにしてやる」

「あはは、冗談だよ」


ユリはまた病室を縦横無尽に回り出した。


「じゃ、トシとユリね。よろしくー。はい、お話終わり」

「……まぁ、聞きたいことはまだあるけど、もう寝るわ。あんたは寝るの?」

「僕は寝ないよ。君をずっと見てる」

「……気味が悪い」

「ははは、酷い言われよう。おやすみ」

「……あぁ」


中井は目を閉じた。ユリは部屋の片隅で中井を見守っている。


外は、風が止み、草木も眠っているのだろう、とても静かな時が流れていく。

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