あぁ、お花畑
と思った中井は、はっと目を覚ました。
彼は、事務所の中に設置されている仮眠室で……
いや、ここはどこだろう?
中井はあたりを見渡した。一面お花畑だ。空は真っ白く、ただ花たちがそよ風に花びらや葉をなびかせている。
中井は歩き出す。行く当てもなく、ただ、歩く。どこの方向もわからないまま歩くが、歩けど歩けど景色は変わらない。
ただ遠くに誰かいるのか、人影が見える。
その人影は近づく度に大きくなっていく。
その人影の姿は、色白で血の気のない顔。切れ長の目で、エメラルドグリーンの瞳はとても澄んでいて、見つめていると吸い込まれそうだ。
真っ白なタブリエドレスに真っ白なズボンは、白に近いきめ細かな肌と同調している。
中井は、その顔をどこかで見たことがある。だが、誰なのか思い出せない。
立ち止まった。
その顔がはっきり見えるところまでで立ち止まり、中井は声を出そうとするが、声が全く出ない。
すると、向こうの人影が話しかけてきた。
「ムダさ。君はこっちにはまだ来れない」
茫然とする中井。向こうの人影は少し微笑み、さらに言った。
「ごめんね、これ、心臓、返すよ」
人影は、どこからか心臓を出し、中井の方に向かってくる。
彼の目の前で立ち止まり、手に持っている心臓を中井の胸に押し当てた。
すると心臓は、中井の胸の中に埋まっていく。
その瞬間、人影が消え、中井の目の前が真っ暗になり、中井は思わず目を閉じた。
と思った中井は、はっと目を覚ました。
彼は花畑に…あれ、ここはどこだろう。
どうやら中井はベッドに寝ている。
そのベッドの横には、石田…えっと、苦々しい顔の社長がいる。
「よぉ、起きたか」
中井は起き上がる。
「……ここは?」
「病院だよ」
「え?」
「……倒れてたんだよ。心停止の状態でな」
「……」
社長の話はこうだ。
通夜の準備から戻ってこないことを心配した阪口がホールにいったら、中井が祭壇の前でうつ伏せで倒れていた。
すぐに救急車を呼び、病院に運んだ。その途中で脈がなくなって、心肺停止になった。
病院について医師が蘇生をおこなったが戻らず、もう臨終かと思われた時、脈が戻り、呼吸を再開したそうだ。
「……あの、施行は?」
「無事に通夜は終わった。明日、予定通り本葬だ」
「そうですか、ご迷惑をおかけしてすみません」
病室はしばらく静かになった。そして社長は開口した。
「トシ坊、しばらくは休め。施行は俺たちがやるから」
「はい?」
「ここ最近忙しかったからな、疲れもたまってるんだろう」
「いいえそんな、俺、元気です。なんともないから、施行をやりたいです」
「トシ坊、お前わかってんのか。心停止だったんだぞ。無理は……」
「無理はしません。やらせてください」
トシ坊は責任感が異常だ。
「……無理はするなよ。分かったか?」
「はい、ありがとうございます」
「じゃ、病院に言ってみる」
そういって社長は病室を出て、ナースステーションに向かった。