ある夏の話
「っぅわあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
真っ昼間の飲食店街。ランチタイムを満喫したサラリーマンやOLたちがそれぞれの会社へ急ぐなか、大音量の悲鳴を上げながら走る青年が1人。
何事かと振り向く人の間を上手くすり抜け全力疾走している。19歳くらいの青年の髪はストレートショート。明るめの茶髪で前髪に一筋、金のメッシュが入っている。
ミツルギ ハジメ
彼の名は御剣 一。
彼が急ぐ理由は即ち寝坊。
一はスピードを落とさず走った。
空は澄んだように青い。
ここはとある都市のとある区である。日本国内であるということだけ言っておこう。
「ごめんごめんごめんごめん!」
飲食店街の端にあるカフェ《Dove》に青年は飛び込んだ。定休日客はいない。奥のボックス席に2人いるだけだ。知り合いだろう。青年が飛び込むと1人は苦笑を浮かべ、1人はため息をついた。
「おぅ、一来たのか」
カウンターの奥から長身のマスターが声をかける。歳は22。コーヒーブラウンのパーマヘアを後ろで1つに束ねている。顎に生えた無精ひげがワイルドだが、灰色がかったたれ目がどことなくセクシーさを演出していた。
「あ、シュウ兄おはよう!」
「最早‘‘おはよう’’の時間帯ではないはずですが?御剣一くん?」
間髪入れずに冷静な指摘をしたのはボックス席のため息をついた青年である。歳は20歳。
黒いミディアムの髪がしなやかに頬をおおっている。銀縁が特徴だ。
「う、ごめんね?ゆうにゃん」
「まったくです。そしてその呼び方はいい加減止めてください。僕には東堂 優という名がありますから」
「えー?だって〜‥‥」
「まぁまぁ、優もそれくらいにしようなァ。ハッちゃんも」
2人を宥めたのは苦笑を浮かべた方の青年だ。優羽と同い年である。金髪をスカイブルーのヘアバンドで上げている。少々たれた目。日焼けした肌が健康的なオーラを醸し出している。
語尾を伸ばすのが口癖のようで、自然と場の雰囲気が和む。
ここで改めて整理しようか。
シュウ兄と呼ばれたマスターは
園田 愁人。
黒髪の青年は東堂 優。
金髪の青年は野々村 尚。
何とも個性的なオーラがプンプンする。
「ほらよ、アイスコーヒー」
「助かったー!走ったから喉乾いてたんだ」
「自業自得です」
「まぁ夏だしねェ」
軽口を叩くうちにグラスが4人に渡る。
「ぷはぁっ!でさ、今日の内容は〜?」
一はアイスコーヒーを半分まですすると優に話を振った。優は革鞄から一枚のチラシを取り出し、眼鏡を指先で持ち上げてから話し始めた。
「ライブイベントの告知です」
「来たーー!!」
「あぁ、忙しくなるな」
一と愁人の反応はいつも寒暖の差が激しい。方やオッサン、方や小学生である。
「対バンかィ?」
「えぇ。ここ周辺の区で活動中のバンドが出演します」
「わぁい対バンだー!」
万歳して喜びを露わにする一を愁人が落ち着ける。優が今にも一を怒鳴りつけそうだったからだ。
ここまできて知っての通り、彼らはバンドを組んでいる。ドラムの尚をリーダーとし、優がギター兼マネージャー、愁人がベース、一がボーカルである。
「期日は8月30日、場所は《ライブハウス紅羽》です。詳しいことは後ほど」
「後1ヶ月半か」
各自手帳や携帯にスケジュールを入れていく。
「集まるのどうするかねェ」
「店もあるしな」
この中で唯一職を持つ愁人は他のメンバーより時間を作るのが難しいのだ。
「それを考えると、やはり週に2、3回合わせられるようにだけして、後は個人練習ですね」
「それなら大丈夫だな」
「ねぇねぇ、曲どーする?」
一はもう既にアイスコーヒーを飲み終え、遠足前夜寝られない小学生のようにウキウキしていた。
「既成か?」
「そうですね‥前回は既成でしたから、今回もそれでいいかと」
「じゃあさ!」
「新曲!作ろうよ!」
一はボックス席から立ち上がり高らかに宣言した。ボーカルの思わぬ発言に一同唖然。今既成という案が出たというのにまさかの「新曲」案である。
「ね、新曲やろ!夏らしいヤツ!」
一は言い出すと止まらないという性格をメンバー全員把握していた。
「新曲‥やりますか?」
「まぁ、俺はいいが」
「俺も〜。で、誰作る?」
「「「「‥‥‥‥‥」」」」
一気に静まりかえる店内。正直面倒事は避けたい・・・という意思は一致しているのだ。
「・・・詩はハッちゃんが書くとして曲だよねェ」
「誰が作曲するかだな」
「そうですね‥とりあえず、一くんに詩を書いてもらってそれから決めますか?」
「おう」
「は〜い頑張るよ!」
「では、また集まるようにしましょう」
優の一言で打ち合わせはひとまず終了。
はてさて、新曲は無事できるのだろうか。
しばらく彼らの活動にお付き合い願おう。