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愛縁気縁  作者: 古都
1/1

遭縁

 

 世は無情である。

 月も終わりかけの23日、午後6時。午前のみの授業を終えてから4hのバイトを終えた後のことである。

 財布を覗けば、小銭入れに38円。5円チョコが7つも買えるじゃないか!と喜べるほど楽天的な完成はしていない。あさってまでジャスト30時間をどう生き延びようか悩んでいるところだ。

 そんなわけで日暮れの公園で、解雇通告を受けたサラリーマンばりに哀愁を漂わせてブランコに座るのだった。




 すべての始まりは、後期始まりの授業の教科書のせいだった。

 大学一年目はコマ数が多い。この就職難、予防線を張って教職までとってしまったのがなお悪い。語学に、一般教養に、教職の専門科目に、と必要になる教科書は多い。それが一冊3000円ほどするのだから、ひとり暮らしの生活を圧迫する。

 一般教養は基本レジュメだろ!と文句つけたくなった。大教室でそんなこと言えないので、食堂で友達相手に演説してみた。下宿仲間は頷いていた。

 とりあえず、一番ごまかしの効きそうな一般教養の教科書だけは買うのを見送った。

 親からお金を振り込んでもらえば?と言う友達もいた。もっともだ。だが、今現在大学受験を控える年子の弟と結婚間近の姉とで、我が家も貧窮に喘いでいる(主に父が)。

 嗚呼、ちゃんとご紹介しておこう。

 我が永見家は、ふつうのサラリーマンの父と手に職持つ力強い母を中心とし、少子化に抗議するかの如くの五人兄弟である。上から社会人三年目の兄、短大卒で社会人2年目の姉、あたし、年子の高校3年生の弟、年の離れた小学4年生の妹となっている。

 まあ、ふつうに考えればお金かかるでしょ。

 一流大学を奨学金もぎ取って出た兄はおいといても、結婚間近で物入りな姉に、一流か二流かわからないが一応有名私大のあたし、私立の高校に通っていてまあたぶん奨学金とってくれそうだが大学に行く弟とこれからが大変になってくる妹。

 実家に帰った時に、すごい速さで暗算を繰り出して家計簿と戦っていた母を見たら、そんなこと頼めるはずがないじゃない。


 そんなわけで、永見家次女、現在空腹です。


 授業数も考えて、前期はそれほどバイトをしていなかった。夏休みにバイトをもう一つ増やし、これでもか!というくらいしたが、それの振込は明後日。昨日はラーメン屋のバイトだったからまかないにありつけたが、今日はまかない無しの派遣業。ホテルの中にあるレストランでウェイトレスをするのだ。時給はいいが、交通費が出ないのが痛い。

 ぐぅーと腹が主張した。

 主張が、「早くなにか食べさせろ」という講義に聞こえてくる。腹の中になにか飼っているのじゃないか、と思えてきた。

 バイトを始めたばかりの時は、疲れがひどくて仕事終わりに何も食べる気にはなかなかなれなかったが、慣れてくると仕事終わりの空腹感がひどい。腹の中の怪物はぐぅーぐぅーぐぅーと盛大に吼えてみせる。

 お腹、すいた………


 公園から家まで徒歩2分。ブランコから振り返れば、二階建てアパート(家賃は月3万6000円。大学にも買い物にも便利な六畳ひとま。北向き、ガスコンロ一口が辛いところ)が赤い屋根の頭だけを少し見せるだろう。 

 変えればいいのだ。少なくともこんなところでぼんやりしているなんて、物悲しすぎる。時折過ぎゆく主婦の目が痛い。不審者を見る感じだが、女子大生の見た目がそれをなんとかごまかしてくれている。しかも、今日は白シャツに黒いタイトなスカートだ。なんだか就活中みたい。中には「落ちたのか~」みたいな同じ大学生の目も見える。あたしは一回生だ!―――だが、さらに悪いのは子供たち。あきらかにこちらの空腹を見越している。中には哀れんだ目をした男の子がいた。少年、君も将来こうなるかもしれない。今はわからないかもしれないが、先のことを考えて、せめて温かい目で見て欲しい。

 だが、部屋に戻っても隠したへそくりも貯めたお菓子もない。勿論、冷蔵庫は見事空である。

 まあ、その空の冷蔵庫が見たくなくて、今、ここにいるのだが。

 もう腹の怪物は吼える力もなくしてきたのか、ぎゅるるるるるるるぅーと怪しげな鳴き声を発していた。うなっているつもりなのだろうか。



 「くすっ」


 ぎょっとした。

 いや、本当に。本当に。

 脇から笑い声がしたのだから。慌てて横を見ると、向こうのベンチに男の人がいた。同じ大学生だろうか? 色つきのシャツに綿パン、やや癖っ毛な茶色っぽい黒髪に黒縁メガネをかけている。まあ、どこにでもいる大学生の服装だ。

 歳は多分、二つくらい上だろう。先輩か? でも、大学生の年齢なんて回生のアテになんてならない。60越えのおじさんだって、大教室にいるのだから。ひとつふたつなら浪人留年休学編入なんかでいくらでもいるものだ。

 青年が近づいてきた。笑いながら。その顔は薄暗くてはっきりしない。公園の電灯はまだついていなかった。


 「あげるよ。腹減ってるみたいだし」

 「遠慮する。怪しい人に物もらっちゃいけないって言われてるから」


 子供か!と言いたくなった。

 でも、この間妹の菜花に「ななちゃんはぼさっとしているから、危ないわ。下手な男にご飯おごってあげるからって言われてもついて行っちゃダメなのよ」と言われたところだ。小学四年生、よくできた妹である。

 世間的にそう悪い評価を受けない兄姉たちが、その実結構どうしようもないダメ人間だからこそかもしれない。あれは外も内も完璧だ。


 「そうだけど、お腹すいたでしょ? 大丈夫、変なもの入ってないから」


 そう言って出されたのは、中華まん。中が何かはわからないが、ほくほくとした湯気が美味しそう。


 「言われたことをそのまま信じるのはよくないから。それに、中華まんの時期はまだ早いし」

 「いつでもコンビニに置いてあるから、年中無休じゃないかな? 俺は夏でも食べるけど」

 「あたしは冬にしか食べないことにしているの! だから、結構。5円チョコ7つで明後日まで生き残ってみせるわ」

 「え!?―――ブッ」


 あ、これは言ってなかったっけ。

 己の失態を今確認する。


 「所持金35円?」

 「いや、38円。チュッパチャップスも買えない。あれおいしいけど、高すぎる」

 「いくらだっけ?」

 「42円。お腹ふくれないから、あっても買わないけど」


 ぼそっとした一言に、青年がまた笑い始める。どうやら笑い上戸らしい。

 呆れて眺めていると、突如落ち着いた青年は「ちょっと待ってて」と言って去って行った。変な奴だ。

 結果を言うと、青年はほんとうに「ちょっと」だけあたしを待たせた。きっとあたしがそのまま公園を出て行こうとしても、ぎりぎり止められるくらいの速さで。


 「はい」

 「なにこれ」

 「コンビニの唐揚げ」

 「知ってる」

 「さ、食べよう」

 「いや、怪しいものが入っているかもしれないって言ったでしょ」


 失礼承知で言う。言われる方からすれば、なんてやつだよ、こっちは恵んでやってんだぞ、と思うかもしれないが。


 「誰も全部あげるなんて言ってないから。半分こ。そうすれば、怪しいものが入ってないってわかるだろ?」


 青年は適当な台を見つけては、コンビニで買ってきた唐揚げと中華まん(なぜか二つ)、さらにチュッパチャップスを並べた。


 「ねえ、お人好しって言われない?」

 「優しそうにみえて強情とか、たぶん腹黒とか、人畜有害な羊とかは言われる」

 「ひどい言われよう。ますます食べちゃいけない気がするけど」

 「食べるまで居座るから。言っただろ、強情って」


 なんだか本当に変な奴だ。

 しかも、人畜有害な羊ってなんだ。人畜無害な狼のほうがわかるぞ。絶対危ない人じゃないか。

 そんなことを考えている間にも、青年は中華まんを半分に割っていた。肉まんと豚まん。なんだその選択肢。ピザまんとかにしてほしい。両方肉じゃないか。

 さらに、紙お手拭きまで出してきた。なんだその手際の良さ。男子大学生とは思えない女子力の高さだ。今はデートのさなかでも、君は彼女でもないんだぞ!





 でも、まあ、食べたコンビニ食はおいしかった。

 空腹は最高のスパイスである。誰が言ったんだったっけ?

 お土産にチュッパチャップスを持ち帰ってから、ふと思った。


 「あれ? あの人、名前なんて言ったっけ?」



合縁奇縁………人が出会い、気心が合って親しく交わることができるのも、理屈を超えた不思議な縁によるものだ(ばーい 明鏡)。

「相縁奇縁」「愛縁奇縁」「逢縁機縁」と当てることもあるでそうです(同上)。


題名は「愛縁気縁」です。ややこしいことに。

たぶん、文字とキーワードで意味はわかってしまうんですけど、この文字を当てた理由はまた今後明かします。わかってるよ、と思いながらもお付き合いくださると幸いです。


古都

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