仮入部
3月。
今年中学へ入学する人の中学見学の日。
校舎の4階にある第2音楽室で、リズム感のある曲が鳴り響いている。
片桐奈津は、息を切らしながらそこへ駆け込んできた。
「はあっ・・・はあっ・・・・」
マスクをしているせいか、呼吸がすごくしづらい。
「・・・・っ!!!」
しかし、そんなことすら忘れるぐらい、感動した。
あまりにも素晴らしかったのだ、演奏が。
金管と木管のハーモニー、バスの堂々とした演奏。
そして何より、曲を吹く先輩たちの姿に深く、深く感動したからだった。
『この部活に絶対に入る』
そんな思いが、奈津の心の中ではじけた。
4月。
遂に、中学校へと入学。
もちろん、クラスのことに関して興味はあったが、やはり一番楽しみであったのが部活だった。
奈津は、仮入部期間中毎日吹奏楽部へと通った。
希望パートはsax。
奈津のイメージでは、吹奏楽の王道といえばsaxらしい。
それに、中学見学の時のsaxの先輩が吹いている姿を見て、一番感動したし、素直に「かっこいい」と思えたからだ。
「じゃあ、まずドの音から出してみようか?リコーダーと同じ指だよ。」
そういって、2年生の糸田先輩が左手の中指と親指をくっつけて、「ド」の指を作って教えてくれる。
糸田先輩は、テナーサックス担当。
髪を肩の辺りまで伸ばしていて、和風な顔立ちだ。
優しい感じがしてて、奈津はかわいいと思った。
「B♭っていって、合奏のときとかに音を合わせなくちゃならないんだ。そのときに吹く音がド。ドがB♭なのはサックスだとテナーだけ。ソプラノサックスっていうのもドがB♭なんだけど、基本使わないよ。アルトとバリトンはソがB♭なんだ。」
糸田先輩は、細かいところまで教えてくれた。
そこから運指を教えてもらったりしたし、簡単な曲を吹かしてもらったりした。
5月。
やっと本入部ができるようになった。
もちろん、その日はすぐに入部した。
「やっとあたしも吹奏楽部員なんだ・・」
嬉しさに、奈津から思わず笑みがこぼれた。
その日は「はいはい練習」というものだった。
赤ちゃんが四つんばいになって歩くことじゃなくて、返事をするほう。
1年生がメトロノームに合わせて、順番に大きな声で「はい!」という練習だ。
所々の間に2年生が数人入って、お手本に3年生数人が大きな声で「はい!」と返事をした。
音楽室だというのに、声が響いている。
「じゃあこんな感じで1年もやってみてください。」
「・・・・・・・」
先輩に言われた指示に対しては返事をする、というのが部の決まりだが、不慣れな奈津たちは無言でいた。そこで先輩が
「返事!」
との喝を入れた。
「はい!」
忘れてた、といわんばかりに大きな声で1年生は返事。
「大きい声出せた人は座らせていくから、小さい人には順番にずっと言わせるからね。じゃあ始めまーす。」
「・・・・!、はいっ!」
序々に順番が近づくにつれて、奈津の心臓の鼓動が早くなる。
そして、奈津の順番が来た。
「・・(せーの・・)はい!「ガシャガシャンッ!!」
奈津の順番が来たときに、近くの壁に置いておいたパイプイスが崩れたのだ。
しかし負けじと大きな声を出した。
すると、先輩の手が「座っていいよ」と、下に下がった。
その日はずっとご機嫌な奈津だった。




