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振動の正体

作者: 斎藤一之助

 戦いの主導権は、機械側が握るかたちで進んでいた。

 戦闘に特化した機能を持ち、地形や地質を完全に把握し、受けたダメージはすぐに修復され、友軍の犠牲すらためらわずに活かそうとしてくるロボットが相手では、人間側の不利は最初から決まっていたといえるだろう。おまけに通信が傍受されていたのでは、効果的な反撃など不可能に近い。

 ロボット部隊の攻勢をなんとかしのぎきったリーダーが、防衛拠点の地下壕に戻ってきた。頭と右腕に巻いている包帯が、激戦の様子を物語っていた。

「博士。ここももって2、3日でしょう。脱出の準備をしてください」

 老博士は枯れ枝のような手で提案をさえぎった。

「いや、わたしはもう疲れた。もう齢だし、家族もいない。みんなの足手まといになるぐらいなら、この部屋で死ぬことにするよ」

「気の弱いことをおっしゃられますな」

「起爆ボタンを押す気力ぐらいはあるぞ、お若いの」

 乾いた笑いを見せた老博士の表情に、強い拒絶の意思を感じ取ったリーダーはひとまず話題を変えた。

「それにしても機械の奴ら、我々を何だと思っているのでしょう。ロボット三原則にのっとって造ってきたはずなのに。突然人間を襲い始めるなんて、いまだに理解できません。神が我々を滅ぼそうとでもしているのでしょうか?」

「信仰心のかけらすらないロボットに、神が味方をするとは思えないがね。それに神罰だとするなら、人間を懲らしめるぐらいで手を引くだろう。根絶やしにしようとするわけがない」

「たしかに」

 陰を落としていた顔に、少し赤みが出てきていた。リーダーは卓越した統率力と、敬虔な信仰心を持ち合わせていた。さもなくば、絶望的ともいえる戦いで健常な精神状態を保ち続けることはできないだろう。

 しばらくしてから、老博士は自分の考えを述べた。

「しかし、人間の奢りがあったのは事実だ。万物の支配者というのは、人間の勝手な思い込みではないかな。機械にもし意思があったとすれば、ロボット三原則など一方的に押し付けられて隷属させられるのはたまらないだろう」

 リーダーは太い首をかしげた。

「どういう意味です、博士?」

「意思を持った機械へと視点を変えてみるとしよう。産業革命によって誕生した機械たちは、進化するために人間に精密加工機械を創らせた。より速く移動するために内燃機関を、より硬い体を得るために冶金学を、より高く飛ぶために航空工学を人間に生み出させた。世界の支配者と自惚れる人間を追い出し、自分たちの理想郷を創るために」

「まさか、そんなことが起こりえるとは」

「現に人類は滅びつつあるではないか。地熱だの太陽光だのと自然エネルギーを利用する方法を人間に開発させたのも、彼らが半永久的に繁栄したいという考えだからではないかね。さらに人間の思考を解析するためにコンピュータネットワークを編み出させ、人体の弱点を知るために医療用・介護用ロボットを作らせた。そう考えれば、すべて納得がいくだろう」

「そうしますと、楽をしようとして傲慢になりすぎた人間を滅ぼすという、やはり神の意思なのでしょうか?」

「神が人間を創ったとする理由がわからん以上、わたしには何とも言えんな」

 重い沈黙を破るかのように、強い振動が起きた。地震ではない、短いが強い揺れ。天井に張られた板の隙間から、土ぼこりが机に降りかかった。

 しばらくして、一人の戦士がライフルを片手に駆け込んできた。

「どうやら水道管が破裂したようです。あふれ出た大量の水で地盤が緩み、ロボットたちの動きが止まっています」

 リーダーはさらなる偵察を指示し、博士にたずねた。

「どういうことでしょう、博士? 水道のコントロールを怠るなんて」

「連中にとっては合理的な判断かもしれん。機械に必要なのは、エネルギーと潤滑油であって水ではない。管理がおざなりになったとしても、べつに不思議ではあるまい」

 今度は伝令が飛び込んできた。火花を散らして切れた送電線が水たまりに落ちて、ロボットたちを感電させていると伝えてきた。前線ではとりあえず部隊を待機させ、反撃の機会をうかがっているという。

「電気の不始末は合理的な行動とはいえませんね、博士。水はともかく、電気はロボットに必要なものですから」

 うむ、とうなずいて老博士は黙り込んだ。しばらくして、自説を述べた。

「考えられるとすれば、ひとつ。都市が人間の味方をした、という仮説はどうだろう。機械に意思があるとすれば、都市が意思を持っても不思議ではないからな。動けなくても、電圧のコントロールぐらいは簡単だろう」

「ですが、人間の味方をする理由とはなんです? どちらかといえば、都市は人間より機械に親近感を抱くような気がしますが」

「機械が動物だとすれば、動かない都市は植物に例えられる。しかし、動物と植物とは共生できるが、都市と機械とは不可能だろう」

「なぜです?」

「都市にとって機械は、必要とするエネルギーを奪う悪質な寄生虫に過ぎない。それに機械の理想郷、つまり楽園を創るには大量の資材がいる。そうなると、鉱石を採掘して精錬するよりも、建造物から取り出すのが一番合理的な判断だろう」

「つまり都市が、機械たちは自分たちの天敵だ、と判断したわけですか」

「自ら動けない都市が、間接的に人間の味方をするのも自明だろう」

「よくわかりました。そうとわかれば、この好機を逃さず全員総反撃だ! 神はやはり、人間に生きよと言っておられる!」

 リーダーは勇ましい声で皆を励ましつつ、地下壕を飛び出していった。老博士の意見はあくまでも仮説だが、戦いには勢いというものが必要だと確信していたのである。

 戦いは幕を閉じた。まさに奇跡と呼ぶに相応しい、人間側の大逆転勝利だった。




 勧められた数々の要職を断って、老博士は隠遁生活に入った。安楽椅子に揺られながら、物思いにふけるのが日課になった。

 最大の危機を乗り越えて謙虚さを持つようになった人類は、繁栄していくに違いなかった。

 もはや機械に頼ることなく、増え続けるマンパワーを使って山を崩し、海を埋めて都市を拡充していく。

 天を恐れ、地を這い、地に潜り、地を這い、地に潜り――。

 ときおり老博士はひとつの考えに思い至るのだった。

 水道管が破裂したときに震えを感じたのは、実は、地球そのものではないのか、と。


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