第一話 悔恨の超吹雪
「……んっ!んッ!?」
ボスッという音を聞いたと同時に、体前方に弱い衝撃を感じた俺――桜崎綾乃は唐突に目を覚ました。
しかし、目を開けても見えてくるのは一面真っ黒。何事かと首を曲げ、頭を上げれば、今度は一面真っ白な吹雪がお出迎えしてくれた。それもただの吹雪じゃない。猛吹雪どころか吹雪すら経験した事ない俺が言うのもなんだが、明らかに猛の範囲に収まっていない。これは――超吹雪だ。
実際、今の俺は殆ど何も見えていない。唯一見えるのは、自分が今うつ伏せの状態で雪の上にいることと、左前方にあるでっかい木の幹だけ。それ以外は白だけだった。
おおよその状況確認が済めば、次に考えることはただ一つ。「何故、こんな所にいるのか」だ。ひとまず、覚えている記憶を回想してみよう。
今日……いや昨日か、は夏休み5日目。課題や受験勉強は夏休み後半にやるから、と早速昼夜を逆転させ、己の使命を全うされない悲しみの勉強机でPCゲームに勤しんでいた。いつもはノベルゲーだが、昨日は珍しくオンライン対戦ゲーに熱狂。そして、朝8時くらいに眠気が限界に達し、そのまま机の上で半ば寝落ちの睡眠を取った。
で、目覚めたらこの状況……か。一番最初に思いつくのは夢って線だが――。
「夢にしては五感がリアル過ぎるよな〜」
試しに手を雪の中に突っ込んでみる。手が冷たい。
夢じゃこうはいか…………待てよ。その時になって俺は漸く、この状況に存在する大きな違和感に気付く。
雪が冷たい。そんなのは当たり前だ。しかし、俺は今、冷たくない。寒くない。目の前が見えなくなる程の超吹雪の中で、だ。
どうやらそれは開けてはならないパンドラの箱の様だったらしく、気付いてはいけないものだった。
「寒ッ!イッタ!?あ、待っイッタちょま!?」
俺の全身が激しい痛みを訴え出す。
考える迄もなく、当たり前のことだが、夏用の薄着パジャマで吹雪に曝されたら寒いどころじゃない。
俺は今まで、気付いてなかっただけ。いや、気づかない様にしてただけだ。脳がこの事態を見越し、痛みを誤魔化していただけだった。
気温が、吹雪が、強風が、俺の肉体に牙を向く。違う、もう噛まれた後だ。
寒さに身を焼かれる中、少しでも熱を得ようと、体はぶるぶる震え、本能のままその場でジタバタと暴れる。しかし、意味はなかった。少しばかり体を動かして得た熱など、この状況の前ではないも同然。
「やばい、どうし、いた、さむい、死ぬ?」
常識がない俺でも流石に知っている。寒さは普通に人を殺すと。
死を意識した俺はどんどん取り乱していく。
「やだ、嫌だ!死にたくない!助け……」
大声を出した事で気付いた。余りの寒さに喉がやられてまともに息が出来ていない。声が出せない。助けを呼べない。
「はぁ、あぁ……立たない……と、だ!?」
立とうとしたがその場で盛大に転んだ。指だけじゃない。寒さでもう腕や足・腹に力を入れられない。呑気に回想している間に、俺の体は使い物にならないぐらい冷え固っていた。もう動けない。
何も出来ないまま時間だけが過ぎていく、その間も体は熱を失っていき、酸素を失っていき、どんどんと死が迫ってくる。
痛い。苦しい。死ぬ。
「なん……で、こんな……あぁああぁ……」
声にもならない慟哭をあげる。その時、頬に微弱ながらも熱を感じた。涙だ。しかし、その涙も瞬時に冷凍され、熱はかき消された。
体から熱という熱が無くなっていくのを感じる。何故こんな目に遭わなくちゃいけないのか。俺が何をしたって言うんだよ。……いや、何もしなかったから、か?
思い返してみれば、周囲に甘えに甘え切った怠惰な人生を送ってきた。
人より恵まれてる自覚はあった。一軒家だったし、塾にも小さな頃から通わしてもらった。好きなもんは沢山買ってくれたし、毎週の様に外食にも連れて行ってもらった。私立の高校にも嫌な顔一つせず通わしてくれた。大学受験の事を話した時、浪人する余裕も全然あると言われた。
家族のことだけじゃない。彼女には恵まれなかったが、友達には恵まれた。いい先生にも恵まれた。特にいじめも特に受けなかった。
親にも縁にも恵まれた。そして俺は、それに甘え、努力するのを放棄した。それがいけなかったのだ。俺より辛い境遇の中でも頑張っている人がいる中、俺は何もしなかった。自身の欲望に従った。
考えてみれば合点がいく。コレは罰だ。今までの怠惰の罰だ。
どんどん、死への恐怖が無くなっていくのを感じた。こうなって当たり前だったのだ。今更気が付いた。
「ごめんなさい……」
そして俺は、超吹雪の中、静かに意識を手放した。
煽り分
後悔は——死ぬ間際に




