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シンクロ率0%の没落令嬢、中身は伝説のエース(65歳) 〜「最近のロボットは軟弱じゃのう」とお茶を啜りながらマニュアル操作で無双する〜  作者: ぱすた屋さん
鋼と翼の聖女:鋼鉄の翼と銀の偶像(アイドル)

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第二十七話:熱力学の鉄槌、あるいは空の終焉

クライマックス…!


 高度三万メートル。

 そこは、生命の鼓動を拒絶する「静寂と死」の領域であった。大気密度は地上のわずか一パーセント未満。空は昼間でありながら完全な漆黒に塗り潰され、見下ろせば地球の輪郭が眩いばかりの蒼い弧を描いている。空気による熱の伝達がほぼ消失したこの極限高度において、太陽の直射を受けるエグゾスフィアの機体表面は百度を超え、逆に影の部分はマイナス百度へと一気に冷え込む。


 その漆黒の舞台の中央に、教皇庁の最終兵器、天空都市『エリュシオン』が君臨していた。都市の基部からは、地上から不当に吸い上げられた数万の命の輝きが、禍々しい紫黒の光となって主砲『終末の劫火』へと収束していく。


「各員、観測データに集中せよ。もはや精神論が通用する高度ではない。ここから先は、純粋な算式と物理法則のみが支配する戦場だ」


 アイアン・パレスの観測室から届くアイゼンの声は、いつもの冷静さを取り戻していた。その響きには、粗野な荒々しさではなく、世界の理を知り尽くした賢者としての静かな、しかし峻烈な怒りが込められている。


「セリナ、そして物理航空団の諸君。リヒターが展開しているあの『奇跡』は、熱力学の観点から見れば、自ら破滅の火種を抱え込んでいるに等しい。いいかね、エネルギーを変換する過程で必ず発生する『廃熱』は、この宇宙において絶対に消去できない『不純物』なのだ。いかに強大な魔法であろうと、第二法則からは逃げられない」


 アイゼンは、空中に浮かぶ熱力学の算式を、慈しみ、かつ厳格に指し示した。



「熱効率 を維持するためには、低熱源 への排熱が不可欠だ。だが、この真空に近い高度には熱を奪ってくれる空気が存在しない。つまり、エリュシオンは巨大な輻射パネルを露出させ、自らの熱を光として宇宙へ捨てるしかないのだ。そこが、彼らが唯一、魔法障壁を張れない物理的な急所となる」


「……了解じゃ、アイゼン。ことわりを知らぬ神の都に、物理の鉄槌を叩き込んでやるわい」


 セリナはエグゾスフィアの操縦桿を静かに、だが力強く引き寄せた。


「フェイ、わしの背後に。レン、サシャ、クラウス! お主たちの磨き上げた理を見せてみよ! 物理航空団、突撃開始じゃ!」


 その号令とともに、十五機の銀翼が漆黒の空を切り裂いた。


 最初に動いたのは、第3小隊長クラウスであった。彼の小隊は電子戦と防御のスペシャリスト。エリュシオンから放たれる無数の自動防衛ビットが放つ誘導レーザーに対し、クラウスは冷静にノイズパターンの生成を命じる。


「第3小隊、広帯域物理干渉波、展開! 魔法の波形に不規則な周波数を重ねろ。SN比を極限まで低下させ、敵の『認識』を物理的に濁らせるんだ」


 クラウスの機体から放たれた電磁ノイズと、物理的に散布された誘電性ガスが、エリュシオンの照準システムを撹乱する。魔法で「敵を捉える」という概念そのものが、物理的なノイズの壁に阻まれ、数千のレーザーが空しく虚空を焼いた。


「今だ、レン! 突っ込め!」


「了解! 第1小隊、加速開始!」


 レン率いる第1小隊は、高高度における「ドップラー効果」と「コリオリの力」を逆算した超高速一撃離脱を仕掛けた。空気の薄いこの高度では、翼による旋回は期待できない。レンはスラスターの噴射タイミングをミリ秒単位で調整し、物理的な弾道を描きながら敵のビットを次々と粉砕していく。


「見ていろ、これが俺たちの『速度の理』だ! 魔法の予知よりも早く、物理の質量で叩き潰す!」


 レンの小隊がビットを掃討し、エリュシオンの直近への道が拓かれる。そこに立ち塞がったのは、リヒターの『ゲイレルル』を筆頭とする教皇庁の親衛騎士団であった。


「異端の徒が……神の都を汚させるか!」


「おっと、そこから先は『筋肉』と『慣性』の時間だよ!」


 咆哮と共に割り込んだのは、サシャ率いる第2小隊。近接格闘を得意とする彼らは、希薄な大気の中でも機能する、高圧蒸気を用いた「瞬間質量移動装置」を機体に搭載していた。


 サシャはゲイレルルの側面に肉薄すると、機体の重量を一瞬で移動させ、物理的な「体当たり」を敢行する。魔法による姿勢制御は、この「予測不可能な物理的慣性の衝突」に対応できず、リヒターの機体は大きく体勢を崩した。


「あんたらの魔法は綺麗だけどさ、この『重みの感触』は知らないだろ! ぶつかれば壊れる、それがこの世界のルールなんだよ!」


 サシャの第2小隊が親衛隊を力押しで分断し、ついにエリュシオンの底部、白熱する放熱パネル群――ラジエーターが露出した。


「……よくやった。……レン、サシャ、クラウス。お主たちの繋いだこの道、わしが結末へと導こう」


 セリナは、エグゾスフィアのスロットルを最後の一刻まで押し込んだ。

 エリュシオンのラジエーターは、数千万度の内部廃熱を処理するために、眩いばかりの白光を放っている。その周囲は、熱による大気の歪みで空間が陽炎のように揺れていた。


「フェイ、準備はよいか」


「はい、師匠。放熱パネルの支持構造、弱点を特定しました。……アイゼン閣下の算式通り、ここには熱応力による物理的な疲労が蓄積しています。……叩けば、一気に崩れます!」


 フェイが狙撃用レールガンを構え、セリナが振動剣を抜く。

 リヒターが絶叫と共に、エリュシオンの主砲『終末の劫火』を強引に発射しようとする。だが、主砲に蓄えられたエネルギーは、出口を失った「熱」に阻まれ、すでに制御不能の臨界点に達していた。


「リヒター。お主は秩序を求めたが、物理の『エントロピー』は秩序を食らい、カオスへと変える。それが、お主が無視し続けた、この世界の公平な意志じゃ!」


 フェイの放った弾丸が支持アームを粉砕し、放熱パネルが物理的に脱落する。

 排熱経路を失ったエリュシオン内部で、マナの連鎖的な熱暴走が始まった。


「終わりじゃ! 熱力学の裁き、しかと受けよ!」


 セリナは振動剣を、都市の「心臓部」である熱交換器の核へと突き立てた。

 破壊ではない。それは、膨張しきった熱の檻に、一筋の「逃げ道」を作ること。

 出口を失っていた数千万度の廃熱が、セリナが開けた穴から一気に噴出し、魔法の構造を内側からドロドロに溶かしていく。




 次の瞬間、高度三万メートルの黒い空に、紫黒の太陽が爆ぜた。

 

 地上の命を薪にして燃えていた、偽りの空中都市が自壊していく。黄金の破片は火の粉となって落下し、漆黒の宇宙を背景に、儚くも美しい「物理の勝利」を刻みつけた。


 爆風に煽られながら、セリナはエグゾスフィアの機首を水平に戻した。

 背後では、リヒターのゲイレルルが推進力を失い、墜落するエリュシオンの残骸と共に、成層圏の下へと消えていく。


「……フェイ。……レン、サシャ、クラウス。……そしてアイゼン閣下、ガッツ。……。全機、無事か」


『はい、セリナ様! 全機、健在です!』

『あはは、師匠……空が、本当の青色に戻っていきますね』


 通信機から聞こえる仲間たちの誇らしげな声。

 セリナは、ヘルメットの中で一筋の涙を拭った。それは、老兵として何度も繰り返してきた勝利の味とは、全く異なるものだった。知恵を共有し、ことわりで繋がり、自らの手で未来を掴み取った者たちだけが知る、自由の味。


「……よし。……帰るぞ。……わしたちの。アイアン・パレスへ。……。そこには。温かい。スープと。……本物の。風が。待っておるわい」


 銀色の銀翼たちが編隊を組み、夕闇の迫る地上へと、優雅に、かつ誇らしげに下降を開始した。

 魔法の神話が終わり、物理の夜明けが始まる。

 高度三万メートルから見下ろす世界は、冷たいが、どこまでも誠実な理に満ち溢れていた。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


本作を応援してくださる方は、ぜひブックマークや下の評価【☆☆☆☆☆】をいただけますと幸いです。


次回お楽しみに。

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